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BW-0325事象<開腹処置>※2-1

「またあの夢か……、くそ」

 仮眠をとっていたアンタレスが悪態をつきながら身を起こす。シリアの大地を疾走する軍用トレーラー、内部に設置された仮設ベット脇のドリンクを手に掴み、一気に飲み干した。

 敵が拠点にしていた迎賓館の地下で見た生体兵器、今回のターゲットであるハルマゲドンは実在していた。アンタレスたちのチームは逃げた目標を追跡しつつ、補給のために別動隊とのランデブーポイントに向かっている。

 荒れた大地を疾走する車体が小刻みに揺れる。それに合わせて中に積まれていた物資が震え、ハンガーに収められたキメラボディたちが装甲を鳴らす。戦いに飢えているのか、傷ついた体に不満を漏らしているのか? 静寂の中で聞こえるかすかな物音は、今のアンタレスにとって不快なものだった。

 ふと、横のベットで未だに眠り続ける仲間、ボアに目を向ける。かつて上官に騙されて大量の女子供を殺害し、薬物へとおぼれながらも、その贖罪のために今回の作戦に参加した。その過程で過去のトラウマが刺激され、錯乱しながらアンタレスへと襲い掛かった。

(俺がいたから、彼もこうなったというのか……)

 ボアが纏うキメラボディ、ライノを自身の能力でハッキングし、敵に洗脳された子供たちを返り討ちにした。ボアは当時気絶していたが、彼にそれをさせてしまったことは間違いない。ボアも、あの子供たちも、アンタレスがいたから傷ついた。命を失った。

 ――お前は誰も救えない。破壊しかもたらさない。お前の抱く希望は、私たちにとっての絶望にしかならない。

 夢の中の囁きが、再びアンタレスの聴覚を刺激した。頭を強く振り、幻を追い払う。握りしめた拳からにじみ出る血と汗を無視し、ベッドからゆっくりと立ち上がる。

(言われるまでもない。俺はいつか死ぬ。だがそれは俺の罪を清算してからだ。それまでは、まだこの世界にいさせてくれ)

 許しを請うように、目を閉じて佇む。体内に宿る女神、ヴィーナスの祝福が手についた傷を瞬時に癒していく。この加護がなくなった時こそ、彼の戦いは終わり、真の眠りにつくことを許される。

「だからー、さっきからずっと言ってるでしょ。私は本当に何も知らないんだって!」

 唐突に響いた女性の声で、アンタレスの意識は現実に引き戻された。トレーラーの後部、ハッチ付近のブリーフィングスペースに人の気配がする。手の裂傷が塞がったことを確認しつつ近づいていくと、もう一人の仲間であるヴァイパーと、黒い肌の少女がテーブルをはさんで話し合っていた。

「……そうは言ってもな。あんな場所にずっと閉じ込められていたんだ。何かを聞いたりとか、誰かの姿を見たとか、何故ああなったのか? 心当たりはないのか?」

「オジサンもしつこいなぁ。本当に知らないんだって。一週間前にボランティアでシリアの空港に来たら、急に変な連中に襲われて、気付いたらこんな変な所で目覚めたの! その間のことなんて何も覚えてないんだから!」

 凄腕のスナイパーであるはずのヴァイパーが、ただの少女を前にたじろいでいた。淀みのない、真っ向からの否定に取り付く島もない、困り果てたような表情を浮かべている。

「どうしたんだ、ヴァイパー? 何だかえらく立て込んでるみたいだが」

「……アンタレスか。体はもういいのか? 顔色がまだ優れないようだが?」

「ちょっと目覚めが悪かっただけさ。それでこの子は?」

「お前たちが地下で助け出した少女だ。見ての通り、かなりお転婆でな。……俺にはどう扱っていいのか、まるで分からないんだ」

 ヴァイパーがため息を吐き、アンタレスが不貞腐れた様子の少女に視線を向けた。十代と思しき外見、黒髪のボブカット、意思の強さを秘めた灰色の瞳がまっすぐこちらを見つめる。細身だが体躯の肉付きは良く、艶やかな髪と相まって蠱惑的な魅力に溢れていた。だがアンタレスが彼女を初めて見た時の衝撃、ほとばしった電流を今は感じない。

 まかせてくれ。アンタレスがヴァイパーに目配せし、少女の向かいの席に座る。

「はじめまして、かな。君は覚えていないかもしれないが、俺ともう一人で君をあの場所から助け出したんだ」

「何? それでお礼でも言えばいいってわけ?」

「そういうわけじゃない。ただ君のことが知りたいだけだ。俺の名はアンタレス。君のことは何と呼べば?」

「…………カローラ」

 顔を逸らし、ぶっきらぼうに少女、カローラが名前を告げた。

「そうか、カローラ。君も目覚めたばかりだとは思うが、体の具合はどうだい? もし体調が優れないようなら、少し休んでから」

「最悪な気分。変な場所にいたって聞かされて、しかもそれを聞いたこの場所が得体の知れない傭兵がいっぱいいる空間。あんたの顔にゲロ吐きたくなってくる」

 カローラの攻撃的な態度に、ヴァイパーが露骨に顔を歪ませる。だがアンタレスは表情を変えず、まっすぐに彼女を見つめる。

「手厳しいな。でも気持ちは分かるよ。我々もできれば君を一刻も早く安全な場所に送り届けたいと思っている」

「信じられない。金のために人殺しして、他所の国を土足で踏み荒らして、我が物顔でふんぞり返る連中のことなんて」

「確かにそういう傭兵もいる。でも我々は違う。信じてくれというのは難しいと思うけど、ここにいる連中はみんな、自身の信念に従って行動している。外道もいるが、理由もなく人を傷つけるような奴はここにはいない。……それに相手を信用できないという点では、俺たちのほうも同じだ」

「どういう意味よ?」

「先ほど聞こえた話では、最低でも一週間、君はあの地下空間にいたことになるな。だがあそこには人を喰らう化け物が潜んでいた。それなのに何故君は無傷でいられたんだ? とっくの昔に喰われていたかもしれないのに?」

 憎悪を纏うカローラの表情に動揺が走る。

「そ、それは、例えば私の入ってた箱が固くて食べるのをあきらめたとか、そもそも私に気付かなかったとか? 箱に入ってたんだし」

「いや。箱には外傷は何一つ見当たらなかったし、密封されてもなかった。箱の中の物音も、匂いもただ漏れの状態だったんだ。暗闇に潜んでいた生体兵器、ハルマゲドンは死体はおろか、武装した俺も見境なく喰らおうとするほど貪欲だった。あれほどの嗅覚と聴覚を持つ奴が、簡単に君をあきらめるとはどうしても思えない」

「じゃあ、あんたもしかして私がテロリストの仲間だって言うの!」

「それもないな。さっきの君の目、傭兵だけじゃない。戦争そのものを嫌ってる。俺はそういう目を幾度となく見てきた。そんな君がテロリストなんかと手を組むとは思えない。それだけは信じられる」

「…………」

 カローラが沈黙する。責めるのではなく、信じようとするアンタレスの気持ちが、彼女の中に伝播していく。

「俺は君を疑っている。でもそれは今回の件と君とが偶然じゃない、何らかの必然でつながっている可能性があるからだ。俺はそれを解明したいだけだ」

「……そんなこと言われたって、私だってワケ分かんないよ! ホントに突然で、いきなり根掘り葉掘り聞かれて! 私、どうしたらいいか分かんなくて!」

 彼女が感情を爆発させる。懐疑心からの拒絶。嫌悪する存在からの逃避。それを受け止めたうえで、アンタレスが優しく語りかける。

「何も知らなくていい」

「えっ?」

「知らないなら知らないで、それでもいい。言いたくないなら隠してくれてもかまわない。でも嘘だけはつかないでほしい。俺は君を信じたい。君も俺を信じて欲しい。今はそれだけを望んでる」

 無論、アンタレスは謎の電流の事も含め、作戦に関するあらゆる情報を知りたいと考えていた。だが彼女の抱える秘密、過去を無理やり暴くつもりもない。彼自身も、決して他人には漏らせないトラウマを抱え込んでいる。それを他人に知られる恐怖は、アンタレスとて同じだった。

 ぷっ、と突然カローラが吹き出した。小さく笑みを浮かべ、上目遣いでアンタレスを見つめる。

「……ホント、バカみたい。オジサン、もしかして私のこと、口説いてんの?」

「いや、そういうわけじゃないが。それと俺はまだオジサンというほど年は食ってない。この隊じゃ二番目に若い」

「へぇー、それでも若い子には興味ないんだ? 年上好き、もしくはロリコンとか? ちょっとショックかも」

「何を言い出すかと思えば。君もあと数年たてば立派な女性になる。俺が口説きたくなるくらいのね」

「じゃあやっぱり私に興味あるってことじゃん。紳士ぶってるけど、実際はむっつりスケベ、オジサンエッローい」

「っ、だからオジサンでもエロくもないって言ってるだろ! 何なんだ全く」

 思わず素で反論してしまったアンタレスにカローラが笑い出す。ヴァイパーですら、アンタレスの子供じみた反応に吹き出していた。それを恨めしそうに見やるアンタレスの視界に、カローラのまぶしい笑みが映った。爽やかで、太陽のように明るい。先ほどまでの態度が氷解し、本来の彼女が垣間見えた。自然とアンタレスの口元にも笑みが浮かぶ。

 束の間の温かなひと時、突然、トラックが何の前触れもなく停車した。

「よぉ。お楽しみのところ悪いがちょっといいか? 少し雲行きが怪しくなってきた」

 運転席から出てきたストームが、アンタレスに向かって手招きをした。


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