外傷体験5-1
『無事かいマスター、団長?』
『ちょ、ロクちゃん待ってよー! こんな格好じゃアンタレスちゃんの前に出ていけないにゃ~』
立ち尽くすアンタレスの前にハードロックとファストクロウが降り立つ。砂埃と血に塗れ、肉片らしき物体も所々にこびり付いている。
『貴様ら、よくもそんな情けない姿で主の前に出てこれたものだな。雑魚相手にふがいない。恥を知れ』
部隊長であるルサルカが部下たちの姿を見て怒気を宿す。それをアンタレスが手で制した。
「よせ、ルサルカ。お前たちがどういう状況で戦ったにせよ、俺たちを無事に助け出してくれた。それは賞賛に値する」
『勿体なきお言葉でございます』
『よっしゃ、アンタレスちゃんに褒められたにゃ。これでミーもちゃんと使える子になれたにゃ』
『こら、はしゃぐなよクロ。また団長にどやされるぞ』
ルサルカが首を垂れ、それに合わせるように部下のアクーラたちも頭を下げる。そんな礼節と忠誠心を示すMFDたちを前に、アンタレスは複雑な心境を抱いていた。本来ならアクーラたちはバックアップのみで、戦闘への参加は考慮されていなかった。それが何らかの理由でリナが戦線に投入し、結果だけ見ればそれは実を結んだ。
だが609部隊は一度動けば一切妥協はしない。手段を選ばず任務を全うする。倒壊したひまわり荘、その周囲から立ち込める黒煙、爆発四散したトラックと燃え盛る無数の家屋。見境なく破壊をもたらし、最低限の人命のみを保証する。
その圧倒的な暴力からアンタレスは目を逸らすことはしない。自分の部下であり、一部である彼女たちの行為全てに責任を持つ。それでもいつか、機械としてのMFDではなく、心を持った仲間として、破壊のもたらす意味を諭す必要性を感じていた。
アンタレスが真剣な面持ちで彼女たちに向き直る。
「早速だが色々と教えてもらいたいことがある。まず逃げた犯人たちの足取りだが、誰か追跡に出ているのか?」
『ああ。プロフェッサーの指示でグラウが生対と合同で追跡を開始した。例のステルス装甲とジャミングで難航しているようだけどね』
「リナも仕事が早いな。ロクとクロはここに来る前に何かと交戦したのか?」
『そうにゃ! あの虫けら、ハルマゲドン三体がひまわり荘で待ち伏せてたから血祭りにあげてやったのにゃ! ミーとロクちゃんがド派手に暴れて陽動しているうちに、団長がアンタレスちゃんを救出するって算段だったのにゃ』
「キメラボディは出てこなかったのか?」
『我々が見たトータス以外は確認できておりません。おそらく敵の脱出をほう助しているものと思われます。無論、この付近に潜んでいることも十分に考えられます』
三体のアクーラたちが交互に疑問に答えていく。その報告を頭の中で整理しながら、アンタレスは的確にすべきことを導き出す。
「分かった。なら俺たちはこの付近の安全を確保しつつ、救援が来るまでマリアさんと子供たちを警護する。クロは周囲を哨戒、ロクは切り落とされたトータスの腕をリナに届けてくれ。ルサルカと俺でこの場を維持する」
『待ってくれマスター。それなら君は僕と共にプロフェッサーの元に向かうべきだ。君は背中を負傷しているし、それに乗じて敵が襲ってくるとも限らない。トータスの腕だって、解析に回すなら君が立ち会った方が手掛かりが掴みやすいはずだ』
「いや、俺なら大丈夫だ。もう傷口は塞がり始めているし、これ以上犠牲者を増やすわけにもいかない。心配には及ばないさ」
『……とてもそうは見えないけどね。でもマスターの指示に従うのが、僕らアクーラの絶対使命だ。その役目、全うさせてもらうことにするよ』
アンタレスの背中、破れた服の間にわずかに見える白い鱗を見つめながら、ハードロックが首肯で応えた。
「そう言ってもらえると助かる。頼んだぞロク、クロ」
『了解』
『合点承知にゃ!』
二体のアクーラがエイ、グライドモードに変形し、各々の任務に向かって飛び去っていく。それを見計らったように、ルサルカがアンタレスの前に進み出た。
『主。新たな任務の前にお耳に入れておきたい情報があります。実は』
「警察は俺たちの救出作戦には加わっていなかった、という話か?」
『……流石ですね、主』
「お前の言いそうなことだし、察しはついていたよ。周囲にそれらしき部隊が展開していなかったし、敵が撤退したのにこちらへ来る素振りもない。そもそも彼らを巻き添えにしてしまうような状況で、リナがお前たちを寄越すはずがない。で、それがどうかしたのか?」
『いえ、お判りいただけているのであれば、特に何もありません。誠心誠意、我々が御身をお守りさせていただきます』
アンタレスの推察に感服した様子でルサルカが低頭する。その様子を横目で見ながら、アンタレスはため息を漏らした。自らの不甲斐なさを憎み、大勢の人間を巻き込んでしまったことに愕然とし、現実を受け入れられないほどに動揺している。いかに平静を装おうと、それは覆せない。
警察はもはや当てにならない。彼女の遠回しな警告が、先ほどのピエロとの会話を思い起こさせる。
――警察はあんたらを見殺しにする。楽しみだぜ。人の悪意が人を殺す。人の想いが絶対的な力に貪り喰われる。
確信めいた声色でピエロは警察のアンタレスに対する不信感を指摘し、その発言の通りに警察は人質もろともアンタレスの命を見捨てた。事実だと認めたくはなかった。だがそれを現実だと認識した時、意外にも驚くことはなかった。
これまでの日本での活躍、WHOからの要請とはいえ、日本における対バイオテロの主導権を奪い、警察の面子をことごとく潰してしまった。存在意義を奪われた人間からすれば、それだけでも妬み、怒り、憎しみを抱く理由になる。
だが今回の事件は違う。ピエロによってアンタレス個人に狙いが定められ、陰謀に巻き込まれた多くの人間が命を散らすことになった。例えアンタレスが使命を全うしても、その業は拭えない。喪われた者は、もう二度と帰っては来ない。
(俺は所詮、つまはじき者でしかないのかもしれない。だからと言って、こんなことがあってもいいのか? 牧本さん、溝口さん。俺は……)
「あ、あの、アンタレスさん、大丈夫、ですか?」
「っ! マリア、さん」
じわじわと抽出される失望と怒り。それらを押しとどめたのは、守るべき女性の手の温もりだった。




