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外傷体験4

 爆発音がひまわり荘のすぐ外で響いた。建物がビリビリと振動し、子供たちが悲鳴をあげる。それを愉快気にピエロが眺める。

「始まったか。良かったなアンタレス、あんたを助けに来てくれるような連中がいて。だが奴ら相手に勝てるかな? 何と言っても、こっちには幸運の女神さまが付いてるんだからな」

 マスクの奥から笑みを漏らし、倒れ伏すマリアを見やる。全てを見下すかのようなピエロの態度にアンタレスが憎悪のこもった視線を向け、違和感に気付いた。建物の上部、凶悪な気配と電動ノコギリのような駆動音がかすかに聞こえる。その意味を瞬時に理解し、叫んだ。

「みんな伏せろ!」

 その言葉と同時に部屋の真ん中の天井が崩れ落ちた。長テーブルが真っ二つに割れ、舞い上がったほこりと破片が視界を塞ぐ。その中をひとつの影が蠢き、アンタレスの拘束を解き放った。

「誰だてめぇ!」

 異変を察知したピエロが懐から取り出した自動拳銃、グロックを侵入者に向けて放つ。だがその弾が体表に触れた直後、けたたましい音と共に千切れ飛んだ。振動する鱗状の装甲が天井を切断したように、金属の猟犬を貪り喰う。

『無駄だ。そんな鉛弾では、私に傷のひとつもつけられん』

 凛々しい女性の声が室内に響く。粉塵が止み、侵入者の姿があらわになり、その場にいた全員が息を飲んだ。金属の体を持つ、体長二メートルほどの恐竜。銀色の装甲にオレンジのライン、シュモクザメのように左右に張り出した頭部、両腕に蛇の頭を模したユニットを装備している。バイザー型のカメラアイが赤く瞬き、二本の脚を踏み鳴らしながら、全身のオウラスケイルを軋ませる。

「ルサルカ。まさか、お前が救出に来たのか?」

『はい。609のアクーラ1、このルサルカがこれより主をお守りし、主に歯向かうもの全てを噛み砕きます』

 抑揚のない、それでいて確たる意志のこもった言葉を紡ぎながらアクーラ1、609部隊の隊長がアンタレスに向かってこうべを垂れた。

「は。まさかおニューのガラクタが遊びに来てくれるとはな。面白くなってきたじゃねぇか!」

『……確かに面白いな。全身ガラクタまみれの塵芥でも、主と同じ空気を吸って生きていられるのだから』

「んだと。機械のくせに言ってくれるじゃないか」

 ルサルカの挑発にピエロが怒るが、すぐに平静を取り戻す。

「まぁ、いいさ。お前もスターライト・バレットのMFDなら、この状況でどうするべきか分かるよな? アンタレスも動くんじゃねぇぞ」

 そう言ってピエロが指し示した場所には、子供たちに武器を向けるトータスがいた。泣きじゃくる人質たち。その中のひとりである少女を踏みつけ、右腕のレーザーで狙いを定めた。ピエロもグロックをアンタレスのほうへ向け、行動をけん制する。

 救助が来たとはいえ、敵側の優位に変わりはない。額に汗を浮かべるアンタレスに対し、ルサルカに動揺した様子はない。ピエロたちを一瞥し、淡々と告げた。

『どうするべきか、か? 決まっているだろう。主の命を守りつつ、主が守ろうとしている者も守る。例えそれが、無価値なものであってもな』

「ルサルカ、止せ!」

 アンタレスがルサルカの行動を制止しようとする。それよりも早く彼女が両腕のユニットを開き、稲妻状のレーザーを照射した。トータスに直撃した光線が頭部と右腕の装甲を抉り取り、飛び散った火花が脅える子供たちに降りかかる。

「っ! 何しやがるんだあの馬鹿は!」

 ルサルカの行動に思わずピエロが叫ぶ。AGS、反重力制御装置を応用した引力光線によって照射部分の重力子を操作し、空間そのものにトータスの装甲を引き裂かせた。人質を傷つけないよう威力は抑えられていたが、子供たちまで巻き込んだ攻撃にピエロも動揺を隠せない。

 ダメージでのけぞり、人質から脚を外したトータスが反撃に出た。両腕のレーザーユニットをルサルカとアンタレスに向け、六本の光線を放射する。

『そんなもので主に傷がつけられるとでも?』

 膨大な熱量を帯びたレーザーの前に、ルサルカは余裕を崩さない。外で戦うアクーラたちと同様、両腕に装着されたAGウェポンバインダーを前方に構え、結晶状のバリアーを展開した。空間中の光子、フォトンを操作して生成した防御壁が、レーザーを敵目がけて反射させる。自身の攻撃でトータスの黒い装甲が蒸発し、咄嗟に攻撃を避けたピエロの燕尾服とマスクを焼く。

「がっ、くそ! どんな手品を使いやがった。ここはひとまず引かせてもらう」

 未知の力とためらいのない暴虐、ルサルカの戦いにピエロが戦意を喪失する。部屋を横切り、窓ガラスに向かって疾走する。それを援護すべくトータスが右腕のユニットからレーザーカッターを展開し、ルサルカに特攻をかけた。

「させるか!」

 ピエロを逃がすまいとアンタレスが飛びかかり、組み付こうとする。だが視界の端に映ったピエロのマスクが欠けた部分、火傷によって白く変色した皮膚と、嘲笑うかのような瞳が、アンタレスの脳裏に強烈な衝撃を与えた。

「お前はまさか……!」

 二年前、シリア、かつての仲間たち、何重にも見えていた影がひとつに集約しようとしている。思考がピエロのひじ打ちによって中断された。体が宙を舞い、子供たちの足元に転がり落ちる。その隙に、ピエロが窓を突き破って逃走した。

『主! よくも屑の分際で!』

 傷ついたアンタレスを見て、ルサルカの声に憤怒が宿る。目の前に迫るトータス、レーザーカッターを展開する右腕に狙いを定め、両腕の武器に力を込める。突き出される光の刃、その発振部に左腕の頭で噛みつき、右腕の頭から引力光線を放出した。プラズマ状のレーザーが孤を描くように湾曲し、トータスの右肘の付け根に直撃する。そのまま重力子、グラビトロンによって引き裂かれ、白い液体を滴らせながら吹き飛んだ。

 トータスが激痛に悶え、全身の武器を乱射する。左腕のレーザーバルカンが床を穿ち、背部のガトリングとレーザーキャノンが天井に風穴を開ける。無数の光線、そのひと筋がトータスが踏みつけていた少女に牙を剥く。肉を焼き、骨を溶かす。その一撃を少女を抱えこんだアンタレスが受けた。苦悶の声、背中が黒煙を吐き、肉の焦げた匂いが充満する。

 その混乱に乗じてトータスが外に飛び出し、ブースターに点火して離脱をはかる。それを追おうとするルサルカをアンタレスが呼び止めた。

「くっ、ルサルカ! 天井が崩れる。みんなを頼む!」

『主、私におつかまりください。外に誘導した後、敵を追撃します』

「奴らに構うな! 俺だけ助かっても意味がない。今ここにいる人間を助けられるのはお前だけなんだ。それが俺たちの使命のはずだ」

『……仰せのままに』

 自身が傷つき、敵が目前にいようと、他者の命を優先する。そんなアンタレスの姿をルサルカが見つめ、感情を押し殺して使命に応えた。轟音と共にトータスが飛び立ち、度重なる攻撃で脆くなっていた天井が崩落する。下敷きになればアンタレスもマリアも、子供たちの命はない。膨大な質量の奔流をバリアを展開したルサルカが受け止める。その状態でバリア表面に反重力を作用させ、瓦礫を周囲に弾き飛ばした。

 もうもうと煙が立ち込め、折れ曲がった梁に残骸がこびり付いている。変わり果てたひまわり荘、その中心に佇むアクーラ1によってアンタレスたちへの脅威は破壊された。だがその余波は物理的に、そして精神的に、巻き込まれた人々を蹂躙した。


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