表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/52

外傷体験3

 高度200メートル。雲と太陽で彩られた青いキャンパスの中を、三つの物体が飛行していた。横に広い、平らな体から突き出す棘のような輪郭はエイを思わせる。だが象の鳴き声のようなジェットの噴射音と、日光を反射するオウラメタルの装甲が、それが単なる生物でないことを証明していた。

 やがて群れは二つに分かれ、直進する一体から離れるように二体が降下を開始した。なだらかな山間部、まばらな住宅街、孤児院ひまわり荘、その門に突っ込んだトラック。瞬く間に距離が縮まっていく。そして接触する直前、トラックが爆散、炎上しながら付近の住宅に降り注いだ。

『おいクロ、君は何をやっているんだ! あれではマスターのいる建物にまで被害が及んでしまうぞ。もっとしっかり考えてから撃つんだ』

『うへぇ、ごめんにゃロクちゃん。いよいよデビューできると思って張り切ったら、ついつい撃ちすぎちゃったにゃ』

 この場に不釣り合いな少女たちの声が響く。二体のうちの一体、クロと呼ばれたほうが発射した無数の魚雷が、トラックの周囲一帯を焼き尽くしていた。

『ま、まぁ、優しいアンタレスちゃんならきっと許してくれるにゃ。それに出だしは派手な方が、ファンの子猫ちゃんたちの心も鷲掴みにできるってもんにゃ』

『それはクールな考えじゃないな。僕たちは誇りある609マリーンズのアクーラだ。文字通り、サメのごとく獲物を冷静に、獰猛に喰いちぎる。ほら、早速敵のお出ましのようだよ』

 爆心地でホバリングするエイたちの視線の先、燃え盛る民家の中で三つの影が揺らめいている。ヒレの生えた長い胴体を支える二本の脚、折りたたまれた前脚をなめまわす円口、頭についた小さな複眼とその付近に発現した極彩色の器官。ハルマゲドン第三形態、それよりも更に成長を遂げた黒い悪魔たちが、襲撃者たちに飢えと殺意を向けていた。

『えぇー、ただの虫けらじゃん! てっきりキメラボディとかいうのが相手だと思ったのに、これじゃ拍子抜けにゃ。くっそ汚い下水にまみれてた時と何も変わらないじゃん!』

『落ち着けよ。たとえ相手が害虫でも、一応はマスターを苦戦させた相手だ。あれを簡単に蹴散らせないようじゃ、僕たちの実力もその程度ってことさ』

『もう、分かったにゃ。さっさと捻り潰してアンタレスちゃんに褒めてもらうにゃ。じゃあ、パパっと衣装替えしちゃうかにゃ』

『了解だ。ハードロック、及びファストクロウ、ラプターモードに移行する』

 ロク、通称ハードロックの掛け声とともに、二体の装甲から閃光がほとばしった。胴体に収納されていた脚部が展開し、関節部付近に装着されていたブースター付きミサイルポッドが背部に移行する。両翼を構成していたAGウェポンバインダーが分解、肩部と椀部を形成しつつ、埋め込まれていたヘッドパーツが伸長し、センサーユニットとバイザー型カメラアイに光が帯びる。

『じゃじゃーん、これこそスターライト・バレットの新星MFD、アクーラ6のクロちゃんことファストクロウと!』

『同じく609部隊、ハードロックことアクーラ9だ。といっても、お披露目するはずの警察連中は逃げ帰ってしまったけどね』

 エイから二足歩行の恐竜へ。銀色にマゼンタのライン、頭部に一対の耳型センサー、椀部に電磁クロ―ユニットを備えるアクーラ6。同じく銀色に蒼いライン、前方に大きく伸びた頭部ブレードアンテナ、椀部にガトリングライフルを装備したアクーラ9。変形した最新鋭MFDたちが地面を噛み締め、鋼殻の咆哮が軋みを上げた。

 直後、三体のハルマゲドンがハードロックたちに突進する。前脚をたたみ、必殺の拳を振り上げると同時に針のついた尾を獲物に向ける。それを見たハードロックが後方に大きく跳躍し、距離を取ろうとする。

『は! そんなコケ脅し、このクロちゃんには通用しないにゃ』

 逆にファストクロウはその場に留まり、電磁クローを稼働させてファイティングポーズを取った。そこに伸びた尾が三つ、彼女を突き刺さんと殺到する。それを体を傾けただけでいなし、本体へのカウンターを狙う。

『クロ! 後ろだ!』

 ハードロックの警告、反射的に跳び上がり、射出された無数の針が体を掠めていく。あのまま動かずにいれば、ボディは無残に貫かれていた。

『ちょ、あれって成体にならなきゃ使えないはずでしょ! 何してくれちゃってるにゃ!』

『油断するな。相手はこれまでのハルマゲドンとは違う。成長が異常なだけじゃなく、フェイントをしかける狡猾さまで持ち合わせてる。瞬殺するのは流石に無理だ』

 ハードロックの元に着地するファストクロウ。休む間もなく、彼女たちに伸びた尾が振り下ろされる。

『ならロクちゃん、派手にぶっ放してくれにゃ。剥げた塗装の借り、たっぷり返してほしいにゃ』

『いいだろう。それが一番クールな戦術だろうね』

 それをかわしながら、ハードロックが前方に大きく跳ぶ。空中で体を回転させてハルマゲドンたちの後方に着地し、両腕に搭載したガトリングライフルを構えた。視線の先、悪魔たちがこちらへ振り向く。その一帯に向けて金属の嵐をまき散らした。フルメタルジャケット弾の咆哮、エジェクションポートから排出される無数の牙、硝煙とマズルフラッシュが空間を侵す。

 黒い甲殻、民家、標識、停められた一般車両、あらゆるものが飲み込まれ、炎上し、破砕されていく。だが肝心のハルマゲドンの外殻にはひびが入るのみで、肉にまで銃弾が届かない。前脚でたくみに銃弾を逸らし、ダメージを最小限に抑え込んでいた。

『ちっ、こいつらどこでそんな知恵を』

 思わずハードロックが悪態をつく。そこに憎悪をたぎらせた一体のハルマゲドンが、唾液を滴らせながら猛進してくる。ガトリングでけん制しつつ、神速の拳を紙一重でかわしていく。

『ロクちゃん!』

 援護に向かおうとするファストクロウの前に、別の個体が立ちはだかった。体中にひびが入っているものの、飢餓と殺意が欠落した様子はない。瞬時に尾の針を無数に射出し、跳び上がって拳を引き込む。

『あーもう、邪魔くさいにゃ。そんなにキャットファイトがしたいなら、ミーが手本を見せてやるにゃ』

 飛んでくる針を電磁クローで叩き落し、上空の敵に魚雷を打ち込んだ。命中、爆発し、周囲に黒い甲殻が飛散する。だが頭部のハイリアクトセンサーは敵の存命を知らせていた。煙の向こう、赤い筋肉がむき出しになったハルマゲドンがファストクロウの目前に迫り、右ストレートを叩きこんだ。音速を超え、ビリビリと空気が振動する。

 摩擦で自身の前脚すら焦げ付くほどの一撃。しかしそれよりも早く、脚の付け根に電磁クロ―が食い込んでいた。高圧電流が悪魔の細胞を焼き切り、行き場を失った拳が吹っ飛んでいく。もう一撃、ハルマゲドンが左の拳を叩きこもうとするが、それも続けざまに放たれたアッパーによって引きちぎられた。

 悪魔が絶叫し、激痛によがる。屈辱を晴らすべく、禍々しい円口で敵を飲み込もうとする。その首がファストクロウの頭によってかち上げられ、ボディが無防備になる。容赦なく右腕の電磁クロ―がねじ込まれた。

『はい、お疲れ様でしたー』

 肉に食いこんだクローから青白い電流がほとばしった。白煙を噴き上げながらハルマゲドンの全身が震え、ありとあらゆる細胞が破壊されていく。間もなく結合力を失った筋肉が爆発四散し、跡形もなく消失した。

『うへぇ、虫けらの肉片でボディが汚れちゃったにゃ。ロクちゃんー! 大丈夫?』

 爪に焦げ付いたハルマゲドンの肉塊を振り落としながら、ファストクロウがハードロックに呼びかける。

『問題ない。じきに片付くところさ』

 ガトリングを連射させながら、離れた位置にいるハードロックが答えた。相手と一定の距離を保ったまま銃弾を放ち続け、一方的にダメージを与えていく。攻撃を受け続けたハルマゲドンは疲労とダメージの蓄積によって満足に動けず、前脚でガードすることしかできない。堅実かつ有効な戦術、対生体兵器のセオリーを正確に実行している。

『味気ないけど、これでチェックメイトさ』

 敵の甲殻を剥がし、勝機を見たハードロックがトドメの態勢に入った。身をかがめ、背部のミサイルポッドから魚雷を射出しようとする。狙いを定め、ハッチを開いた瞬間、突如としてハルマゲドンが防御の構えを解き、彼女の元へ突進した。

 銀色のオウラメタルと黒い甲殻が交錯する。ハードロックの左肩の表面が抉れ、黒煙を噴き上げる。瞬時にハルマゲドンが反転し、続けざまに拳を叩きこむ。右、左、尾、左、頭。不規則かつ手数の多い攻撃にハードロックが姿勢を崩し、前のめりになる。悪魔の口元が歪み、唾液を滴らせながら渾身の左アッパーカットを繰り出した。

『馬鹿だな。追い詰めたと思ったのかい? 本当に終わったのは君の方さ』

 ほくそ笑むようなアクーラの美声が響き、白銀のボディが弧を描く。バランスを崩したと見せかけて放ったサマーソルトキックが、ハルマゲドンの体を大きく吹き飛ばした。即座に立ち上がり、反撃しようとする悪魔の両腕を金属の猟犬が喰いちぎる。正確無比なガトリングの射撃、筋肉が露出した個所を次々と穿ち、最後は苦しみ悶える円口へとありったけの銃弾を叩きこんだ。

『ロクちゃんやるにゃ~。でもそんな回りくどいことしなくても、ぶん殴れば一発じゃん』

『それだとパーツの損耗が激しいし、長く戦えないだろ? 君は確かに強いが、一本調子じゃすぐに息切れしてしまう。そうなれば、あっという間に敵の餌食さ』

『にゃにを~! だったら最後の一匹もさっさと倒して、ミーの強さを証明してやるにゃ!』

 発奮したファストクロウが周囲を見渡す。だが肝心の獲物の姿が見えない。

『あれ、どこいったにゃ? もしかして逃げた?』

『いや、すぐそこにいるだろ?』

『へ?』

『君の真下さ』

 ハードロックの言葉と同時に、ファストクロウの足元に潜行していたハルマゲドンが飛び出してきた。砕けたアスファルトと共にファストクロウが宙に放り出され、伸びる尾の餌食になろうとしている。

『ぎにゃー! クロちゃん言うのが遅いにゃ! どうにかするにゃ!』

『それくらい自分でどうにかできるだろ。まぁ、僕も近接格闘くらい試してみてもいいかもしれないな』

 ハードロックが脚に力を込め、敵に目がけて疾走する。対空迎撃の構えを取っていた悪魔の懐に滑り込み、ガトリングの砲身を後部に回す。そのままフリーになった両腕の爪を黒い甲殻に叩きこんだ。ひび割れた部分を粉砕し、追い討ちのキック、頭突きを続けざまに食らわせる。悶絶し、丸裸になった相手に組み付きながら、全身の装甲を波立たせる。

『その身に刻め。僕たちの、アクーラの恐ろしさをね』

 鱗状に装着されたオウラスケイルアーマーが超振動し、接触していたハルマゲドンの全てを貪り喰らった。けたたましい音、血しぶきが舞い、わずかに残された甲殻が筋肉もろとも削がれていく。アクーラの抱擁の中に全てが飲まれ、原形ひとつ残さずに解体された。

『クールな響きだ。ガトリングといい、このオウラスケイルといい、重厚かつ痺れるサウンドが狩人の本能をたぎらせてくれる。これだけでも、僕が生まれた意味があるというものさ』

『なーに語っちゃってるにゃ。クロちゃんの全身、虫けらの血と肉片まみれで汚いにゃ。おまけに臭いし、そんなのクールと程遠いにゃ。あー、ミーも帰ったらシャワー浴びないと』

『何を言う。君に僕の美学を否定されたくはないな。それに任務はまだ終わっていない。団長がマスターを救出するまで、シャワーはお預けだ』

『はぁ、やっぱりそうにゃるかー。二人とも早く帰ってきてね~』

 燃え盛る民家、砕けたアスファルトの道路、生垣や塀にこびりつくハルマゲドンの肉片。地獄絵図と化したトーキョー郊外で、二体のMFDが無邪気に語らう。それを恨めしそうに見つめる生体兵器の首が、彼女たちに踏みにじられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ