外傷体験2-2
「ぷはっ。待たせたな。今、襲撃犯、黒いアヴィスーツの襲撃地点と離脱後の行方を牧本さんに調べてもらってる。気がかりなことはあるが、今はとにかくアンタレスたちの救出だ」
「それは我々も同じだ。だが先ほどの言葉、無駄に命を散らすとはどういうことだ」
復活したリナに溝口が疑問を投げかける。
「それはこいつが教えてくれる、どうだグラウ?」
≪はい、マスターリナ。スキャンした結果、施設に突入した大型トラックから三つほどの生体反応を感知しました≫
「うわぁ、グラウちゃんだ! 何だか凄い久しぶりな気がする。今どこにいるの? この作戦が終わったらなでなでしてあげたいんだけど」
≪は、はぁ、プロフェッサー江村。私は今、救出部隊の五十メートル後方に待機しています。不測の事態に備え、狙撃による援護を命じられています≫
江村の突飛な発言に、スターライトバレットに属するMFD、グラウが困惑した様子で返答する。
「私が指示しておいたんだ。あの大型トラック、積み荷が怪しいのは見え見えだし、中身も相当なブツと考えておいた方がいい。今回の犯人はイカれた快楽主義者の気があるからな。警戒するに越したことはない」
「その口ぶりだと、積み荷に見当はついているみたいだな」
「まぁな。当たりと外れと大外れ。どれから知りたい?」
リナが不敵な笑みを浮かべて溝口に問いかけた。いつもの調子に戻ったとはいえ、マイペースが過ぎる。そんなリナに呆れつつ、咎める様子もなく彼が答えた。
「……順に教えてくれ」
「釣れないなぁ。なら単刀直入に言う、当たりは私たちがまだ未確認のアヴィスーツ、あるいは生体兵器。外れはハルマゲドン。やっかい極まりないが、成長速度からいってまだ第三形態。あんたたち生対でも十分対処できるはずだ。問題はこいつ、大外れのやつだ」
リナが携帯端末を取り出し、メモリを挿入する。立体投影装置によって空間に映し出されたのは、四体のアヴィスーツのデータだった。それを見た江村があっ、と声を上げる。
「アメリカ国防省試作型アヴィスーツ、キメラボディ。盗み出された四体全てのデータだ。二年前のものとはいえ、性能は半端ない。あの高速道路での襲撃を見る限り、近代化改修まで施されてる。正直、うちのグラウでもキツいかもしれない」
「ちょっと、リナちゃん大丈夫なの! それペンタゴンの機密情報でしょ? もしバレたらかなりマズいことになるわよ」
「だからどうした? そんなものクソ喰らえだ。その機密情報とやらのせいでアンタレスたちが捕まり、多くの人間がその巻き添えをくった。大丈夫、この端末はスタンドアローン、あんたたちにハッキングの痕跡は漏洩しない。迷惑はかけないさ」
機密を知った人間の末路を知る江村が、リナを心配そうにのぞき込む。だが返ってきたのはリナのまぎれもない覚悟だった。その真剣な表情に江村が固唾を飲み、溝口は静かに首肯した。投影されたデータに目を走らせ、彼なりの分析を始める。
「高速道路での襲撃、そして今回のひまわり荘の占拠。その目撃情報を統合すると、現在稼働しているのはこのライノ、ホッパー、トータスというやつで間違いなさそうだ。トラックの中の生体反応とも数は合う。だがライノとホッパーは消息が分からない。また後ろから襲われたら、救出作戦どころではなくなってしまうぞ」
「だからこそのグラウだ。もし邪魔してくるようなら即時に迎撃する」
「だが一体だけだぞ。君たちのところにはまだ稼動しているMFDがいるはずだ。ハルマゲドンの卵を捜索している連中をこっちに回すことはできないのか?」
≪ご心配には及びません。彼女たちがいなくとも、この身が砕け散るまで任務を全うします。それよりも、もう時間がありません。早急に作戦を開始する必要があります≫
溝口の疑問を遮るようにグラウが進言した。その様子に違和感を覚えつつも、溝口は時計を見やる。タイムリミットまで残り七分を切っていた。考えている暇はなかった。
「いいだろう。君に我々の背中を預ける。準備はいいな、江村」
「はい! っと、何よこんな時に」
ついに作戦が開始される。その直前、通信のアラーム音が鳴り響く。インカムで応答した江村、その顔色がみるみる険しくなっていく。
「はぁ! 作戦中止? どういう事よそれ! 人質を見殺しにしろって言うの?」
彼女の怒りが空間に響き渡った。
「何よそれ、犯人の詳細が不明瞭だからなんて言ってる場合じゃないでしょ! どこの指示よそれ! 警備局? ふざけんじゃないわよ!」
江村がインカムを目の前のディスプレイに投げつけた。溝口が慌てて駆け寄り、彼女を必死になだめる。
「落ち着け江村! 何があった?」
「……警備局からの指令です。救出作戦を即刻中止するように言われました。敵の正体が未知数で、闇雲に行動すれば部隊の装備の損害が広がるからって……」
「何だと……」
「今後は命令があるまで待機しろとのことです。なお命令を無視した場合、関わった全ての人間に刑事的責任を捉えると通告されました……」
消え入りそうな江村の声、拳を握り込み、じっと感情を抑え込んでいる。あり得ない指示、救うべき命を捨てさせ、脅しまでかけてきた。溝口にも江村にも、その意図は分かっていた。アンタレスの抹殺。彼を亡き者にし、責任を全て擦り付け、日本の警察の威信を取り戻す。
これが日本国民を守るべき警察の所業なのか? 溝口が壁を叩き、出口へと向かう。
「おいおい、どこに行くつもりだ、溝口さん」
それをリナが体で遮った。
「決まっている。私ひとりでもアンタレスたちを助けに行く。責任は私が全て負う」
「落ち着けよ。そうはいかないだろ。ここであんたが勝手をすれば、あんただけじゃない。江村さんやあんたを慕っている連中までブタ箱送りにされてしまうぞ。いいのか?」
「だからと言って、くやしくないのか君は! アンタレスを見殺しにしてもいいのか!」
溝口がまくしたてる。絶望と怒り、焦燥感が激しくシェイクされ、マグマのごとく噴出する。
「……良くないから言ってるんだよ、おっさん」
「っ!」
リナの言葉、一瞬で場が冷え固まった。突き刺さり、そのまま穿たれてしまいそうな怒気、オーラが全身から発せられている。快活な彼女からは想像もできないような、冷たい表情に溝口がたじろぐ。
「日本に来てから、自分たちの事しか考えてない多くのクズを相手にしてきた。だがあんたらは違う。外様である私たちを認め、アンタレスの使命を肯定してくれた。気持ちは嬉しいし、頼もしいよ。だがあいつのためにあんたらが傷ついたら、あいつは自分のことを責めるはずさ。無論私も同じだ。だから今はこらえてくれ」
「リナさん……」
彼女の抱く想いに溝口の胸が熱くなる。リナが優しくうなずきかけ、江村の方に向き直った。
「江村さん。さっきの指令とやらにスターライト・バレットの行動に関して言及はなかったな?」
「え、えぇ、特には」
「ならいい。もうひとつ、周囲の住民の避難は本当に完了しているな? 誰も巻き添えになる心配はないな?」
「それは大丈夫だけど、なんでそんなことを聞くの?」
リナの質問の意図が読めず、江村が首をかしげる。ただひとり、リナがしようしていることを察したグラウが声を上げた。
≪マスターリナ。まさか609、彼女たちを実戦投入するつもりですか? お止めください! 下手をすれば人質やマリアさんまで!≫
「それはないな。連中はアンタレスの意にそぐわないことは絶対にしない。せいぜい周囲が焼け野原になるだけだ。お前は不測の事態に備えて待機していてくれ」
≪しかし!≫
「いいな?」
≪……イエス、マム≫
グラウが渋々といった様子で引き下がる。そのまま通信を終え、リナがため息をつく。
「おい、どういうことだ? その部隊はそれほどまでに危険な存在なのか?」
「さぁ、どうだろうな。ある意味、人命は奪わないだけで、中身は生体兵器とそう変わらないかもしれない。そういう風に育ってしまった」
「どういう意味だ?」
怪訝な表情の溝口から顔を逸らすように、リナが携帯端末を取り出した。
「……見てれば分かるさ。私やグラウがあの猛獣どもの投入をためらった理由がな」
ショートカットコマンドで通信回路をつなぎ、その先にいた三匹の獣が鎌首をもたげる。
「リナから609へ。聞いていたな、お前たち。噛み砕いてこい。アンタレスに歯向かうもの全てをな」
金属の牙が、爪が、本能が軋みを上げる。濁流を裂き割り、宙を舞い、獲物に目がけて進撃を開始した。




