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外傷体験2-1

 トーキョー郊外。住宅がまばらに広がる閑散とした地帯が、今や戦場のど真ん中、ホットスポットと化していた。

「A班、B班、準備できてるわね! ちょっとC、D班、展開遅い! 人の命がかかってるのよ!」

 生対の作戦指揮トレーラー内で江村が叫ぶ。目の前のディスプレイに表示された無数の視点カメラが動き回り、19式と20式から成る複数の部隊が路地を邁進していく。犯人の通告、タイムリミットまであと十分を切っていた。

 始まりは突然だった。首都高速道路に黒いアヴィスーツたちが襲撃をかけたのと同時刻、郊外の民家に血塗れの女性が駆け込んできた。

 助けてください! 子供たちが、職員たちが化け物に!

 全身の服が焼け焦げ、顔面が殴打されて鬱血していた。その女性は近くで営まれている孤児院、ひまわり荘の職員を名乗り、突如として現れた大男が子供を人質に取りながら、職員たち分を次々となぶり殺しにしていったとわめきだした。

 通報を受け、現場を見に行った警官二名は、そこで驚愕の光景を目の当たりにした。民宿を改築した建物の門に大型トラックが突っ込み、玄関付近に職員のものと思われる死体が散乱していた。どの死体も四肢の一部が切断され、そこから引きずったような血の跡がトラックのコンテナの扉に続いている。

 おぞましく、死の臭いが立ち込める空間。その中で警官が吐き気を堪えつつ無線で状況を知らせる。そして次の指示を仰いだ直後、首筋が急激な熱を帯び、肉体から解き放たれて地面に転がった。薄れゆく視界に、黒い外骨格を従えた燕尾服の男が映り込む。自分の体だったものから無線機をもぎ取り、嬉々とした様子で声を吹き込んだ。


「ハロー、ハロー、無能な警察の諸君。君たちにパーティーの開催をお知らせしよう。とっておきの殺戮ショーだ。とくとご覧あれ」


 ひまわり荘から周囲百メートル四方に、生対のアヴィスーツ部隊の配備が完了した。襲撃を生き延びた護衛部隊と千住新橋で待機していた部隊が合流し、溝口と江村の指示によって的確に再編、迅速に行動を開始した。あとは突入のひと言だけで、人質とアンタレスたちの救出作戦を実行できる。

「溝口さん、準備完了しました。いつでも行けます」

「分かった。突入部隊の装備は第三兵装だな?」

「はい。流れ弾で人質を傷つけないよう、ヒートランスを主体とした近接戦闘装備で固めてあります。それでも状況はまだ完全に把握できていません。溝口さんはこちらで引き続き、作戦の総指揮をお願いします」

「もどかしいが、ここも戦場には違いないからな。サポート頼むぞ、江村」

「了解です!」

 現場から離れた位置に停められた指揮車両で、溝口は注意深く付近のマップを見つめる。起伏の少ない地形、遮蔽物となる建造物が少なく、視界は開けている。攻める側にとっては不利で、待ち構える側にとっては絶好の場所だった。近隣の警察と連携して住民は全員退避させたが、戦闘による被害が大きければ、民家をはじめとした生活基盤をことごとく破壊してしまう。

 敵の正体が分からず、闇雲に攻めれば何が飛び出してくるかも分からない。だが考える時間が長ければ、アンタレスたちの身に危険が迫る。難しい状況だった。

 それでもやるしかない。溝口が意を決し、号令をかけようとした直前、車両のハッチが勢いよく開け放たれた。

「ちょっと待て。無駄に隊員たちの命を散らして、アンタレスまで殺すつもりか? そんなこと私は許さないぞ」

バイクのヘルメットを脱ぎながら、リナが溝口の元まで歩み寄る。

「あっ、リナちゃん、お疲れー。缶コーヒーなら365ダース分そこに……、って気分でもないか。大丈夫なの?」

「……何とか、自制できるほどには。でも正直、自分の不甲斐なさにはらわたが煮えくり返って、あんたのデカメロンにコークスクリューパンチをかましてやりたい気分だよ」

「ちょ、ひど。私まだ今日は何もしてないんだけど」

 江村の気遣いをリナがぶっきらぼうに返す。普段の余裕からではない。息は荒く、白い肌から汗がにじみ出ている。平静を失いかけていた。そんな彼女の目前に、一本の缶コーヒーが差し出される。

「リナさん、まずは落ち着け。我々はおろか、君でさえあの襲撃は予見できなかったんだ。誰のせいでもない。今我々には悔やむ暇もなければ、江村に当たり散らす暇もない。今アンタレスを助けだすには、君の力が不可欠なんだ。しっかりしろ! 君は彼のパートナーなんだろ!」

「……すまない、溝口さん。江村……さんも悪かったな」

 溝口の叱責に、リナが体を震わせながら目を伏せる。アンタレスとマリアを守ると誓いながら、ほとんど何もできずに敵の術中にはまってしまった。怒り、憎しみ、やるせなさ、どす黒い負の感情が彼女の中に渦巻き、こびりついて離れない。

 それを溝口の手からふんだくった缶コーヒーで強引に押し流した。一気飲みに驚く江村と、笑みを浮かべる溝口。喉を鳴らし、砂糖漬けの黒い液体で胃を満たし、空になった容器をゴミ箱に投擲する。余計な感情を捨て去り、頬を手で叩き、気合を入れ直したリナが溝口たちに向き直った。


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