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BW-0325事象<接触感染>※1

 それはまぎれもなく街だった。荒れ果てた大地、どこまでも続く焦げ茶色の地平線の向こうに、ひっそりとそびえたっている。風に舞った砂埃が空間の中で揺らめき、その存在を抉り拭い去っていく。ダマスカスからそう遠くない、名前すら忘れ去られたゴーストタウン。そこにに向かって、二つの砂塵がもうもうと立ち込めていた。

 ひとつは白銀の鉄塊だった。頭部センサーマスクの大型ブレードアンテナ、黒いラインの入った分厚い装甲を全身に纏い、両腕には直径三百ミリほどの巨大な棒が装着されている。装甲内部の大出力ブースターは絶え間なく火を吹き、地面を焦がしながら三メートルの巨体をホバーさせていた。

 突撃特化型キメラボディ・ライノ。アメリカ国防省の開発した試作型アヴィスーツの内部から野太い男の声が響く。

≪それにしても本当によかったのか、アンタレス? お前、ストームの奴が気に食わないんだろ。なのにこうして作戦に従って、奴のご機嫌を取ろうとしてる≫

≪決してそういうわけじゃないさ、ボア。ただあんなものを見せられた以上、この作戦をおりるわけにはいかなくなったってだけだ。それにこいつの力だって、まだあきらめたわけじゃない。奴の思惑通りなのはしゃくだが、今は作戦を完遂させることだけを考えようと思う≫

≪そうかい。だが感情に流されて、俺に迷惑をかけるのだけはやめてくれよな。どうもお前はキレると手が付けられなくなるっぽいからな≫

≪分かってる。俺もあんたも、こんなところで死なせるわけにはいかないんだ≫

 仲間であるボアの問いかけに、もうひとつの砂塵、サーバルを纏ったアンタレスが答える。だがその形状は、前回の戦闘の時から大きく変貌していた。

 センサーマスクの視界を覆うように四つの射撃補助型カメラアイが溶接され、両椀には対生体兵器用にカスタマイズされた狙撃銃、ドラグノフが握られている。背部のジェットパックは肩部に移植され、スペースの空いた背中にはロケット推進式バズーカユニットが二門、増槽と共にマウントされていた。

 Hサーバル。ホッパーの予備パーツを使い、現地改修の施された異形の胎内で、アンタレスは出撃前のブリーフィングのことを思い出していた。ストームから突き付けられた新たな事実、未知の生体兵器の存在を――。



「さて、お二人さん。あんたらには今から、このポイントにある街に侵攻してもらう。ここに潜伏していると思わしき敵勢力を排除してくれ。ハルマゲドンの存在の確認も忘れずにな」

 トレーラーの後部、アヴィスーツ格納スペースの一角でストームが口を開いた。壁のボードに張られたダマスカスの地図にマーカーで印をつけ、小刻みに叩く。そこには何も記されていなかったが、手書きで街のような輪郭が描き足されていた。

「おいおいストームさんよ。お前アンタレスに散々絞られたのがこたえてないようだな。俺はポジティブな人間は好きだが、騙されてたことに関してはイラついてんだぜ」

「悪かったと思ってるよ。だが結局やることは変わらないだろ? それにキナ臭い任務だってことはあんたも分かってたはずさ。なぁ? ボア」

 スキンヘッドの大男、ボアからの指摘にストームはおどけた調子で答える。ボアの黒い肌、ステロイドで増強された筋肉が震えるが、道化師じみた男はさして気にしていないといった風に、別の方向へ視線を向ける。

「何か言いたいことがありそうだな、アンタレス。ヴァイパーの看病もいいが、根を詰めすぎるとあんたまでぶっ倒れちまうぞ」

「……敵の使用火器と保有していると思われる装備、生体兵器の有無、そちらは全部把握してるんだろ? だったら、それを伝えたらどうだ? データを持ち帰りたいんだったら、仲間の命は大切にしろ」

 ストームのほうを見ることなく、応急ベッドの傍に腰かけたアンタレスが言葉を投げる。ベッドに寝かされたヴァイパーはアンタレスの医療的措置によって命の危機から脱したものの、いまだに意識が戻らず、予断を許さない状態が続いていた。

「おいおい、さすがにそこまでは俺も知らないぞ。だが戦車がお釈迦になった以上、敵にはもうアヴィスーツが数体と数十名の戦闘員しかいないはずだ」

「ずいぶん曖昧な言い方だな。お膳立てした勢力の詳細も把握できていないのか?」

「よしてくれ。装備の横流しはいくつもの仲介人を通じて行われてるし、そこに何かが付け足されていった可能性だってあるんだ。それに俺だって作戦に従事している以上、お偉方が全てを知らせてくれる道理はない。結局、あんたらより少し情報を知ってるってだけで、条件的には何も変わらない。イーブンな立場なんだ」

 ストームが両手を広げ、困ったような仕草をする。直後、鋭い視線を向けたアンタレスを制して口角をつり上げた。

「それに、現地の住民や武装勢力を立派なゲリラに仕立て上げるのはあんたの古巣、CIAの得意技だろ。それも時たま制御不能になって、飼い犬の手を噛んでくるんだから、ざまぁないって話だとは思うけどな」

 思わずアンタレスの右手が懐の拳銃にのびそうになる。すでに見限っていたCIAの文句は構わないが、どこまでも人を見下したような態度が気に食わない。体中に憤怒が駆け巡り、それが脳にまで達しようとした時、もう一人の男の声が鼓膜に響いた。

「二人で盛り上がっているところに悪いが、アンタレスとしてはどうなんだ? この任務、続けるつもりはあるのか?」

「正直、乗り気はしないな。さっきの戦車のこともある。きっと今回も俺たちの想像を超える何かがあるはずだ。今度こそ本当に死ぬかもしれない」

「まぁ、そうだろうな。お前がビビってるなんて言うつもりはねぇよ。俺だってくたばっちまうかもしれねぇ。それでも、俺はおりるつもりはない。例えひとりでだって続けるつもりさ」

「何故だ? 命をかけるほど大事なものがあるっていうのか?」

「そうさ。お前やヴァイパーと同じだよ。俺にも欲しいものがある。それだけのことさ」

 アンタレスの疑問にボアは淀みなく答えた。決意の宿ったブレることのない瞳。アンタレスはそこに自分と同じ使命感のようなものを垣間見た気がした。そんな彼の想いにうなずきかけようとして、耳障りな声に横やりを入れられた。

「そういうことさアンタレス。ボアには前金で10万ドルも払ってる。ただの傭兵じゃ早々稼げないような額だ」

「分かってる、ストーム。金の分はきっちりと仕事をさせてもらう」

「ならいいんだけどな。あんたにはライノを存分に暴れさせて、俺もお上も満足させるようなデータを取ってもらわないと困るんだよ。でなきゃ成功報酬は出せないだろうし、何よりあんたの世話してる……」

「もういい、やめろ! それ以上言うとお前の舌を引っこ抜くぞ」

 ストームの言動をボアの怒りが押し潰した。目をギラつかせ、目の前の人間を睨みつけて威圧する。そんなブルドッグのようなボアの唸りに、アンタレスは違和感を覚えていた。黒い肌に浮かぶ汗、筋肉のこわばり、呼吸の乱れ。怒りだけではない。わずかながら怯えの色が見え隠れしていた。

 この部隊の面々は、良くも悪くも様々な事情を抱えている。ストームもアンタレスも、そしておそらくはヴァイパーやボアも同じはずだった。アンタレスにはそれを追求する権利はないし、するつもりもない。例えボアが金がらみの問題を抱えていたとしても、そのスタンスは変わらない。

 だが名ばかりの指揮官に知られたくない秘密を握られていた場合、それは個人の問題だけでは留まらなくなる。ボアにとってのタブーがストームに掌握されていた場合、脅迫されて意のままに操られる可能性があった。ストームにアンタレスを引き込むことをあきらめた素振りはない。ボアを使い、仕掛けをうってくることは十二分に考えられた。

 孤立するのは危険だが離脱してみるか? アンタレスが考えを巡らせようとして、もう一人の仲間の姿が頭をよぎる。ヴァイパー。今アンタレスがここを離れれば、彼の命は損なわれてしまうことになる。消えかかったろうそくの灯を、嵐の中に放り出すようなものだった。

 葛藤がアンタレスの中でひしめき合う。そんな彼の目の前に、一通の封筒が差し出される。

「そうそう、悪いなアンタレス。あんたに渡しそびれていたものがあったんだ。本当は作戦開始前に見せなきゃいけなかったんだが、大した内容でもなかったからな。ちょっと見てみてくれないか?」

 白々しい。アンタレスが視線で言葉を発し、重要機密と印の押された封筒を開く。中に入った数枚の写真を掴み、取り出して視界に収めた瞬間、アンタレスの全てがその画に釘付けになった。

 薄暗いラボ、サソリのような白い巨体、銃器が散乱する演習場、赤くべっとりと染まった甲殻、床に飛び散るピンク色の物体、何かの上半身と下半身、何かのちぎれた四肢、黒いすすのついた鋏、極彩色の目がこちらを見つめ、無数の牙が微笑みながら人を喰らう。

「ストーム、何なんだこれは?」

 無表情で、淡々とアンタレスが問う。

「何って、それが俺たちの探してる化け物、ハルマゲドンだよ。うちの諜報部が入手した、確かな筋の情報だ。そいつは間違いなく実在する」

 写真が宙を舞い、ストームの胸ぐらが締め上げられる。

「貴様、俺を騙したのか!」

「ちょっと待てよ。まさかあんた、ハルマゲドンの存在はでっちあげだと思ってたのか? そんなこと俺たちはひと言も言ってないぜ。実際には存在していて、それがシリアのどこかに運び込まれたらしいってだけの話だ」

「なら何故ハルマゲドンの存在そのものをはぐらかした! 何故はじめから実在すると伝えない!」

「それはそうだろ。今の状況がそれを物語ってると思うけどな。写真を見ただけで頭に血が上って、らしくもない暴力に身を委ねてる。生体兵器が憎いんだろ、アンタレス? これまでずっと見てきたが、やつらに対する執念が半端ない。あんたは表に出さないようにしてたみたいだが、隠しきれないほどにじみ出てたぜ」

「……そうかもな。だがそれは君には関係のないことだろ」

「それはないだろう、アンタレス? 前も言ったが、俺たちの利害は一致してる。これからもいい関係を築けるはずさ。だから今回の作戦もやってくれるよな? 未知の生体兵器を野放しにしといたら、どんな悲劇につながるか分かったもんじゃない」

 何もかもお見通しといったように、ストームが微笑みかけた。忌々しい童顔につばを吐きかけたくなる衝動を抑え、アンタレスがストームの胸ぐらにかけていた手を放す。

 脳裏に浮かぶ紫色のもや、その奥に人影がよぎる。ウイルスに身を焼かれた父、その灰を浴びて復讐の女神、ネメシスと化した母、それらのデータが転用され、世界に生体兵器が蔓延することになった。だから生体兵器が憎かった。消し去ってしまいたかった。それが使命であり、義務だった。

 そんなアンタレスの執念がストームに読み取られ、ハルマゲドンの存在証明を隠匿させることになってしまった。離反しかけた時、強大な生体兵器の存在を明かすことで精神的に拘束するために。

 鎖でつながれる様な不快感、勝ち誇った顔を浮かべるストームを苦々し気に睨みつけ、アンタレスはただ、全身にたぎる血液の奔流に身を委ねるしかなかった。

 

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