BW-0325事象<感染経路>※2
広大な砂漠で狩りが行われている。一台の軍用トレーラーを三台のトラックが追い立て、徐々に距離を詰めていく。錆と砂まみれの車体にボロきれのような装甲板が貼られ、わずかに見える隙間にはかすれたひらがなと漢字がペイントされている。荷台には据え付けられた機銃が一丁と武装した人間が九人ほど、それぞれの車両に乗り込んでいた。
荒々しいエンジン音、タイヤを軋ませながらトラックの群れが獲物に迫る。狩人たちが一斉に立ち上がり、武器を構えた。
爆音。三台のトラックが粉々に吹き飛んだ。
≪こちらホッパー。サーバルのミサイルの弾着確認。複数の搭乗員が生き残っている模様≫
≪了解。こっちは近接戦闘に移行する≫
開け放たれた軍用トレーラ―の後部ハッチから、サーバルを纏ったアンタレスが通信を送る。黒いカーボンナノマッスル、その上から纏われた銀色の装甲が煌き、脚部にマウントされた対戦車用携行型ミサイルユニット・ダックスフンドの発射装置がパージされる。センサーマスクユニットが装着されたツインアイ型ヘルメット、その右目が紫に点滅した。
≪サーバル、了解した。だがそちらの左カメラアイは破損したままだ。戦闘行動に支障があると思うが?≫
≪大丈夫、こいつの聴覚センサーは思ったより優秀だ。機動力で攪乱すれば問題ない≫
マスクの左側、バイザー付近に抉られたような裂傷がはしり、その奥のカメラアイも機能を停止してるた。それを気にも留めていない様子で、サーバルは上に突き出た二本の大型ブレードセンサーを起動した。周囲百メートル四方の音を感知、解析、視覚情報に変換し、欠けていた左側の視界を緑色の輪郭で補強する。
視界の先、最も近いトラックの残骸に奥に蠢く影が浮かび上がる。角ばった装甲を纏った人間が五人、よろめきながら立ち上がっていた。
サーバルの強化された脚部、幾重ものシリンダーとナノチューブが織り成すキメラ筋肉が跳躍態勢を取る。背部に装着された滑空用ジェットパックが点火を開始し、装甲表面に塗られた黄色のラインが炎にゆらめく。
≪イグニッション≫
爆炎と共に軍用トレーラーのサスペンションが激しく揺れた。仰角30度で上昇後、空中で回転したサーバルが再降下する。金属の流星が熱砂を切り裂き、視認した人影、軍用アヴィスーツであるHELの一体に突き刺さった。
日本の介護用外骨格に防毒用ガスマスク、防弾繊維、装甲板が組み合わされ、歩兵にあるまじき防御力と火力を付与する。そんなアヴィスーツの機能がなすすべなく粉砕された。HELの肩に突き刺さったサーバルの椀部メーサ―クローが超振動し、対象を分子レベルで分解していく。傷口から血が蒸発し、装甲が高熱で黒ずみ、装着者が絶叫を上げて腕をバタつかせる。
サーバルが再度ジェットパックを点火した。
ベクトルに沿って相手の肩を切り飛ばし、着地と同時に首と胴を切断する。宙を舞う死を目の当たりにして、残りのHELたちが激しく動揺する。半狂乱になりながら一体が武器を構え、弾かれた。キメラ筋肉が生み出す脚力で瞬時に接近したサーバルが、クローを相手の胴を突き刺す。
銃声が響く。三体のHELが持つRPK軽機関銃が金属の猟犬を吐き出した。サーバルは微動だにしない。ただ爪に突き刺さった敵を突き出し、迫りくる銃弾をすべて防ぐ。構わず射撃を続ける一体が、蹴り飛ばされた肉塊に抱擁される。
もがきながら起き上がった時、すでに別の二体は爪の餌食になっていた。それを認識したと同時に、後ろに何かが落ちてきた。砂煙の中、黄色の影に紫の光が灯る。残りのHELが恐る恐る振り返ろうとして、四肢が瞬く間に切断された。
地面に転がる体を、返り血を浴びたサーバルが踏みつける。ミシミシとHELの装甲が軋み、臓器が潰され、命と共に砕け散った。
≪敵、第一陣殲滅完了。これより第二陣に向かう≫
脚の血を払うように死体を蹴り飛ばし、サーバルが方向転換する。跳躍態勢に入ろうとして、サーバルの聴覚センサーがモーターの駆動音のようなものを捉えた。緑色の視界に六つの砲口がよぎる。
直後、猛烈な勢いで弾丸の雨が降り注いだ。疾走しながらジェットパックを点火、側転しつつ低空を飛行する。超音速で飛来する20ミリ弾が衝撃波を発し、サーバルの軽量化された装甲を抉り取る。
(バルカン砲! 一体どこからあんなものを?)
サーバルの内部、アンタレスの額に汗がにじむ。二つ目のトラックの残骸の近くでHEL三体が構えていたのは、米軍が使用しているバルカン砲、M61ABC(対生体兵器使用)だった。戦闘機に搭載されるものをアヴィスーツ用に改造し、小型化と携行性の付与をはかっている。
支援砲撃用のものとしては破格の性能を誇り、並大抵の生体兵器ならば掃射を受けただけでミンチになる。無論アヴィスーツにも有効で、サーバルの元になったメタルボディでも、直撃をくらえば装着者は無事では済まない。
近接戦特化のサーバルでは、絶望的に相性が悪い相手だった。機動力確保のために装甲を減らした分、少しの被弾でも致命傷につながる。避けることはできるが、無理に近づけばガトリングの餌食になってしまう可能性があった。オプションのミサイルも先ほど撃ち尽くし、唯一の飛び道具である肩部マシンガンでは、百メートル先の相手に攻撃を当てることもままならない。
三つの射線が徐々に狭まっていく。銃弾の奏でる破裂音がサーバルの耳を容赦なく揺さぶる。耐え切れずに障害物のない空中に飛び出せば、追い立てられた獣のように喉笛を喰いちぎられる。
(俺はまだ死ねない。それでも逃げるわけにはいかない!)
意を決し、サーバルが空中で反転、着地する。クローを展開し、突貫しようとする。
だが、サーバルはひとりで戦う必要はなかった。
空中から三発の弾丸が降り注ぎ、バルカンを構えたHELの頭を穿ち抜く。
≪目標、沈黙。第二陣、殲滅を確認≫
サーバルの耳に福音が届く。空を見上げ、手で感謝の意を示す。上空200メートルで滞空しているホッパーが、カメラアイの明滅でそれに応えた。
黒いナノマッスル、緑色のラインが入った白銀の装甲、センサーマスクユニットには頭部全体を覆うように、四つの射撃補助型カメラアイが装着されている。背部には垂直上昇型ジェットパック、肩部にはフレアランチャーとRPGが装着され、脚部は跳躍力に優れた逆間接型キメラ筋肉で覆われていた。
サーバルと同様、性能特化型キメラ・ボディであるホッパーは、上空からの精密射撃、情報収集、威力偵察を主眼においた次世代アヴィスーツのテストベッドだった。
≪第三陣活動を開始。俺がやる。サーバルは態勢を立て直せ≫
≪分かった。これで貸しひとつだな≫
≪知らん。お前とそういうやり取りをすると負債がたまる一方になる。無駄口は叩くな≫
≪了解した。なら私はトレーラーの直衛につかせてもらうよ≫
ホッパーの装着者であるヴァイパーの声に、アンタレスがひそかに笑みを浮かべた。寡黙だが、ユーモアのセンスはある。
サーバルのセルフチェックシステムを発動させると同時に、ホッパーの両腕のドラグノフ狙撃銃が火を吹いた。ジェットパックで巧みに姿勢制御しつつ、黙々とトリガーを引いていく。一体、二体、三体、頭、心臓、腕。HELの装甲が割れ、臓物が飛び出す。天からの銃声のみが大地に響き、止んだ。
≪第三陣、殲滅完了。追撃してくる勢力確認できず≫
≪グッドキル。流石に早いな。あなたは上空で警戒していてくれ。私がストームに指示を乞う≫
敵は倒したが、まだ終わりではなかった。情報漏洩を防ぐため、生き残りは排除する必要がある。そしてアンタレスにはもうひとつ気がかりがあった。
(襲撃のタイミング、敵の装備。間が良すぎるし、鹵獲したにしては装備が強力すぎる)
突発的な襲撃そのものは幾度となくあった。ゲリラや兵士くずれの盗賊、はぐれ生体兵器、特定勢力の部隊、相手は様々で、武装も多岐にわたった。強力なものでは対アヴィスーツ、生体兵器用のアンチマテリアルライフル、現地改修が施されたアヴィスーツ、火器を満載したビークルなどが使用されていた。
しかし今回の襲撃は何かが噛み合わない。今までの敵とは性質が違う。そしてそれは、音を立てて現実のものとなった。
地面を踏みにじるような駆動音、無限軌道の行軍が、走り去ったトレーラーの方角から聞こえてくる。
≪っ! サーバル! トレーラー前方にタンクが二台、進路を塞ぐように接近中!≫
≪何だと! 何故こんな場所に戦車がいるんだ?≫
瞬時にサーバルが飛び上がり、全速で滑空した。砂まみれの視界、数百メートル先に目標が見える。T-72型と思しき戦車が二台、トレーラーのほうへ爆走していた。それぞれの砲塔がキメラボディ、サーバルとホッパーの二体に向けられている。砲弾の装填音がサーバルの聴覚センサーを刺激した。
(まずい、このままではホッパーが!)
サーバルの機動力なら攻撃を回避できる。だが空中にいる僚機は別だった。空中への上昇力と滞空性の確保のため、装甲は極限まで薄くされている。しかも空中においての機動力の低さが、実地試験中に露呈してしまっていた。砲弾が撃ち込まれれば、それを避けられずに塵と化す。
(くそ、どうする?)
回避はもう間に合わない。なら防御するしかない。しかしホッパーにシールドはない。着弾する前に別のものを当てる必要がある。なら何を? アンタレスの中で思考が吹き荒れる。自分がカバーに入る。クローで砲弾を切り裂く。だがそれには推力も時間も足りない。さらに重量を軽くし、強烈な推力を得る必要がある。
クローの持ち手を握りしめる。グリップを介して、椀部とクローをつなぐジョイントの感触が伝わる。――本体より軽く、それを射出できるほどの推力。
その感触がアンタレスの神経パルスに逆流した。急いでホッパーに通信をつなぐ。
≪ホッパー、戦車が私たちを狙っている。もう発射は阻止できない≫
≪……俺は間に合わんか。ジェットの噴射をやめても、落下速度はたかがしれてる。お前は戦車の撃破に向かえ≫
≪あきらめるな! 私に考えがある。砲弾をしのげたらRPGで奴らを吹き飛ばしてくれ。頼んだぞ≫
答えを聞く前に戦車から125ミリ砲弾が放たれた。空気と大地が共振する。サーバルが無理やり着地し、キメラ筋肉が収縮、衝撃を逃がすように跳び上がり、砲撃の射線から外れる。腕のメーサークローを展開し、起動させた状態でロックを解除、宙に置き去りするように引き抜く。そのまま仰向けに倒れ、姿勢と角度を調整する。
サーバルの脚が自身の爪を蹴り上げた。
キメラ筋肉が生み出した運動エネルギーがメーサークローを猛烈な勢いで加速させ、絶妙なコントロールでホッパーを狙う巨根に追いすがる。右のクローは宙を切り、左のクローは砲弾に接触、超高温で砲弾を分解し、大爆発を引き起こした。
空中に黒煙が立ち込める。二台のT-72が走行を止め、追撃をかけるべく射角を再調整する。砲塔が滑らかに旋回し、そこにRPGが叩きこまれた。ロケット推進による膨大なエネルギーが戦車の装甲を抉り、穿ち、炸裂した。
咲き乱れる鉄の花火。降り注ぐ破片の中で、サーバルが天を仰ぐ。黄緑色の四つのカメラアイが、終息した戦場を見下ろしていた。