病原探査3
(ここだ)
アンタレスがたどり着いたのは、荒川区の更に北、足立区にある千住新橋付近だった。広大な荒川にまたがる鉄橋のあたりから、ざわついた感覚が強く感じられる。せわしなく橋を横断する車の群れ、東京湾に流れ込む水の奔流、広々とした土手に広がる運動場。変わらぬ日常の中に、恐るべき生体兵器が潜んでいる。
川沿いの道路に車を止め、ヘルメットをかぶる。運転席をスライド、回転させ、車体後部の格納ラックにかけられた武器を取った。二丁のヴェノムリボルバー、メタルボアとアイアンヴァイパーを腰のホルスターにおさめ、グレネードランチャー・アヌビスを左手でつかむ。体内のナノマシン、ヴィーナスでロボットアームを操作し、ジェットパックを背部アタッチメントに装着した。
後部のドアを開き、外へ出る。西に傾き始めた日差しが、オウラメタルの白い装甲に突き刺さり、アスファルトを踏むブーツの軋みが空気を震わせる。そよ風の吹き抜ける土手に上がり、虹色に輝く偏光レンズ越しにあたりを観察した。
人の姿はほとんどない。ランニングをしている青年、散歩をしている老人が数人いるだけで、野球場があるグラウンドも閑散としている。まだ、誰もアヴァランチの存在には気づいていない。その中に彼は驚くべき光景を見た。
(あれは、牧本さんか?)
虹の広場と呼ばれる花畑、七色のレンガがアーチ状に敷きつけられた場所のベンチに、公安の捜査官である牧本が座っていた。くたびれたスーツを着て、端がよれた新聞をけだるそうに読んでいる。いかにも社会の荒波に飲まれたサラリーマンといった装いだった。だがその視線は、何かを監視しているかのように鋭い。
アヴァランチはヴィーナスで牧本の持つ無線をハッキングし、耳に隠されたイヤホンに直接語りかける。
≪牧本さん、アンタレスです。今、土手の上にいます。何故あなたがここに?≫
≪何? お前……、確か新宿区でハルマゲドンを探し回ってたんじゃなかったのか? 数時間前に本部から連絡があったぞ≫
≪もうあの辺りに奴らはいません。それより、この近辺にハルマゲドンが潜んでいる可能性があります。速やかに退避してください≫
≪ちっ、こちらはお前らの要請通り、テロの生き残りの監視をしていたんだがな。俺の前の花畑にいる奴だ≫
視線だけを静かに動かす牧本に倣い、カメラアイのズーム機能を使用する。望遠、拡大されたチューリップの花畑に、ひとりの女性が座り込んでいた。アヴァランチの位置からは顔が確認できなかったが、白い肌で金髪を後ろで束ねている。
≪お前の話が本当なら、その女性、事件と何か関係があるんじゃないのか? しばらく様子を見た方が良さそうだぞ≫
危険です。アヴァランチがそう言おうとして、ある考えがよぎった。ほんの数時間前、はじめてハルマゲドンの幼体と遭遇した時も、近くにテロの被害者であるタシロ少年がいた。だとすれば、生体兵器はテロの生存者を狙っているということになる。
あの女性も事件の生存者なら、ハルマゲドンは彼女を始末するためにここに来た可能性が高い。黒幕が現場で何かを見た人間の口封じを謀っているのか? それとも、黒幕そのものにつながる情報を持っているのか?
黒幕自らが、自身の手駒を呼び寄せているのか?
あらゆる可能性がアヴァランチの脳裏によぎる。牧本の言う通り、事態を静観すべきかと考えたその時、
「っ! 何だこれは!」
アヴァランチの全身がざわめいた。悪寒が走り、凍えたかのような錯覚に陥る。先ほどとは比べ物にならないほど強い電波が、この空間を行き交っている。荒れ狂う吹雪のようにアヴァランチに纏わりつき、思考を圧倒的物量で押しつぶそうとする。
その中のひと固まりが、牧本の下で急速に収束しつつあった。
「牧本さん逃げて!」
アヴァランチが叫ぶ。牧本のいる付近の地面が盛りあがっていく。怪訝な顔で地面見る牧本目がけてアヴァランチが駆け出す。背中のジェットパックを点火、時速百キロで突っ込み、牧本を掴んで地面に転がる。直後、先ほどまで座っていたベンチが何かに飲み込まれた。
「くそ! いきなり何しやがる! おいおい何だありゃあ!」
牧本の視界の先に広がっていたのは異様な光景だった。地面から白く細長い物体が生え、ニョキニョキと伸びて地面を這っている。それが二本足で起き上がり、折りたたまれていた腕を伸ばす。先端部に生えた口からベンチの残骸がこぼれ落ち、二つの小さな複眼が、食べ損ねた獲物を探して四方を向く。
その様子は可愛らしくもあり、禍々しくもあった。その姿を見て、アヴァランチが絶句する。
「ハルマゲドン第三形態だと! いままでの奴より成長が早い!」
体長三メートルほどの巨体が、体についた地面を振り落とす。アヴァランチが新宿区で戦った第二形態から腕と尾が発達し、体表を覆う甲殻の範囲も拡大している。尾にだけ生えていたひれが全身に、二本足もより筋肉質なものに変異していた。
「早いって、どれくらいだ?」
「本来ならあそこまでいくのに三日はかかるはずです。それが産まれてから半日であそこまで到達した」
「そりぁ相当ヤバそうだな。早く育っても、ありがたみも何もないってのもな」
とうとう獲物を見つけたハルマゲドンがアヴァランチたちの方へ駆け出す。床のレンガが砕けて宙を舞う。地響きが足元を揺らし、猛スピードで疾走する。よだれが垂れた口が大きく開き、円周状に生えた歯が飢えに軋む。
アヴァランチが牧本をかばいながら、二丁のヴェノムリボルバーで生体兵器の脚を狙い撃つ。放たれた50口径激装弾が白い甲殻を砕き、ハルマゲドンを転倒させた。そのままアヴァランチが止めを刺そうと銃を構えた瞬間、遠くで甲高い悲鳴が聞こえた。
「アンタレス! 彼女が別のハルマゲドンに狙われてるぞ!」
「何ですって!」
アヴァランチが視線を向けると、先ほどの女性が地面に倒れ込み、どこからか現れた別の第三形態がゆっくりと歩み寄っていた。電波が入り乱れているため、ヴィーナスで気配を探ることが出来なかった。アヴァランチは彼女を助けに向かいたいが、牧本を放っておくわけにもいかない。
「アンタレス、俺はいいから彼女を助けろ! 俺だって公機捜だ! 自分の身ぐらい自分で守れる。お前たちと関わったせいで、近頃は魑魅魍魎の相手ばかりしてるからな。嫌でも慣れちまったよ」
牧本が怒鳴りながら、胸のホルスターから拳銃を引き抜く。
「これ以上俺の疫病神になりたくなかったら、さっさと向こうの奴を片付けてこい!」
「牧本さん……、了解しました!」
彼の勇気と自分への信頼に感銘を覚えつつ、アヴァランチは力強くうなずく。心の昂りに応えるようにジェットパックが点火し、金髪の女性の元へ飛び立った。
殺意と電波がうずまく空間を、オウラメタルの弾丸が切り裂いていく。装甲が急加速で軋む。飛行しながらヴェノムリボルバーをホルスターに戻し、アヌビスに装着されたショットガンアタッチメント・エスパーダに手を添え、撃った。
金属の雨が降り注ぎ、よろけるハルマゲドンと襲われていた彼女の目前に降り立つ。アヴァランチの足が地面を滑り、砂埃がもうもうと立ち込める。そのまま慣性を利用して彼女を抱きしめ、再びジョットノズルに火を噴かせる。数十メートル離れ、優しく彼女を地面に下した。
「あ、あの……、一体これは」
アヴァランチに助けられた女性が、混乱した様子で声をかける。
「すみませんが、お話はあとで。今あなたは生体兵器に狙われています。すぐに逃げてください」
彼に会話する余裕はなかった。アヴァランチの意識は背中の人間ではなく、正面から猛追してくる生体兵器に向けられていた。いくつかの歯が砕け、狂ったように迫るハルマゲドンに向かって、アヴァランチは三度飛んだ。
右腕のリストガントレットを構えてワイヤーを射出し、ハルマゲドンを絡めとっていく。右腕にかかる凄まじい衝撃を無視し、白い巨体を引きずってワイヤーを切断した。金属の糸で身動きが取れない相手に、アヴァランチが冷凍弾装填済みのアヌビスを構える。
「凍えて砕けろ」
トリガーに指をかけた直後、後ろから凄まじい殺気を感じた。
「アンタレス! 避けろ!」
牧本の声と同時に上へ飛ぶ。目前に迫っていた一体目のハルマゲドンの拳がアヌビスを弾き落した。威力が軽い分、速さは成体をわずかに上回る。動揺することなく、痺れる両手でヴェノムリボルバーを構えた。二匹の蛇、メタルボアとアイアンヴァイパーが鎌首をもたげ、牙を突き立てようとする。
衝撃。
ジェットパックが損傷してアヴァランチが落下していく。地面からハルマゲドンの尾が伸びていた。
「何ぃ!」
増加装甲とAGSが落下の衝撃を吸収し、人体にも損傷はない。不意に現れた三体目の第三形態が、地面から飛び出し、体当たりを仕掛ける。それを避けたアヴァランチの左肩に、二体目の拳が突き刺さる。装甲が砕けて吹っ飛ばされ、その先に待ち構えた一体目が口を大きく広げた。
回路がショートしたジェットパックを無理やり再起動し、空中で弧を描いてハルマゲドンを飛び越える。何とか地面に着地したが、背中の装備が煙を吐き始めた。
「三体のハルマゲドンだと。しかも、こいつら連携を取っている」
アヴァランチは動揺していた。彼がいつものヴェネーノではなく、アヴァランチを装着していたのは、MFDとの合体が望めない状態で一対多の乱戦をこなすためだった。高高度の降下作戦にも適応し、ヴェネーノ以上の防御力を持つスーツならば、四方からの攻撃にも耐え、何体かの幼体を同時に相手にすることができる。
その目論見はこの数分でもろくも崩れ去った。数の問題ではない。波状攻撃をかけるように段階的に姿を現し、アヴァランチの動きを制限する戦術を取ってきた。
そしてハルマゲドン自身も、学校でのテロの個体と同じく、身体的な遺伝子改造が施されていた。第三形態の時点で伸縮自在な尾を取得し、前脚の拳もこれまでの個体以上の威力がある。
アヴァランチが思考をめぐらせる。609を呼び寄せるか? 付近に味方はいない。逃げるか? 二人を置いて退却はできない。ならばひとりで倒すしかない。
三対のガラス玉が、手負いのアヴィスーツを見つめていた。甲殻が軋み、汚れが付いた拳を舐め、尾を地面に叩きつける。得体のしれない電波に統制され、一体が咆哮しながら突っ込んだ。
時速にして百キロを超える猛スピードでアヴァランチに迫る。両脚の拳を掲げ、挟み込むように振り下ろす。
アヴァランチがうなだれるように姿勢を低くし、火花を散らすジェットパックをパージした。制御を失い、ジェット噴射によって異常加速したそれが、ハルマゲドンの抱擁を真正面から受け止める。強靭な甲殻によって外装がひしゃげ、燃料タンクに引火したショックで二人は爆死した。
金属と肉片が飛び散り、黒煙がもうもうと立ち込める。その中に水色の光がはしる。すすだらけになり、ところどころが黒ずんだアヴァランチが叫んだ。
「かかってこい、化け物ども!」
残された二体の悪魔が、二方向からアヴァランチに迫る。彼に近い方のハルマゲドンが拳を振り上げ、それに対応するようにアヴァランチが両腕のヴェノムリボルバーを構える。そしてそれを真上に放り投げた。
虚を突かれ、文字通り呆けたように口を開けたハルマゲドンの顔面に、オウラメタルの拳がめり込んだ。生体兵器にはない、洗練されたインファイト。ボクシングスタイルから放たれるジャブ、フック、ストレートがターゲットの脳を揺さぶり、意識を刈り取っていく。
天を仰ぎ、よろめくハルマゲドンの目の前に、白と黒の拳銃が舞い降りた。アヴァランチが再び武器を掴み、構え、敵の顎に突き付けて、金属の咆哮と共にハルマゲドンの頭部を吹き飛ばした。
すかさず残った一匹が右ストレートを繰り出す。回避が間に合わず、アヴァランチが左腕のラウンドシールドで受ける。体が大きく吹き飛び、オウラメタル製の盾が粉々に砕け散った。何とか立ち上がったアヴィスーツに、悪魔が追撃を仕掛ける。
ワンツーパンチ、左の拳を迎撃すべく、アヴァランチがヴェノムリボルバーを構えた直後、左肩に激痛が走った。
「ぐっ!」
ひびの入った装甲が砕け、骨から鈍い音が響く。左手からアイアンヴァイパーが滑り落ち、右わき腹の衝撃によって体が宙を舞った。ハルマゲドンの尾がオウラメタルに食い込む。体勢を立て直して着地した矢先に、損傷した左肩や逆の右半身に巨根が叩きこまれる。
「フェイントか!」
敵は拳で殴ると見せかけて、尾で攻撃を仕掛けてきた。しかも装甲の脆い部分、薄い部分を的確に狙ってきている。本体の知性が向上したのか、電波によって操作されているのか? 考えるいとまも与えず、ハルマゲドンの尾が鞭のようにしなり、絡みつき、アヴァランチを滅多打ちにする。
殺戮の旋律は鳴りやまない。金属がへこみ、バイザーがひび割れ、防塵スカートがボロボロにちぎれていく。装甲だけでなく、その下の人工筋肉も悲鳴を上げた。裂けて抉れ、ただれる。そして胸部に、白い拳が突き刺さる。
致命的な一撃だった。アンタレスの心臓に衝撃がほとばしり、鼓動が止まる。息が詰まり、全身が痙攣する。砕けた胸の装甲が剥がれ落ち、そこに本命のテイルスイングが見舞われた。アヴィスーツがくの字を描き、地面をなす術なく転がっていく。
耐衝撃に特化していたはずのアヴァランチが無残な姿をさらしていた。ボロボロの装甲の中身、アンタレスの体、心も深刻なダメージを受けている。死の香り、口の中に広がる絶望、舌を刺す無力感、赤黒い憎悪が胸を焼き尽くしていく。
かつての地獄が、足音をたてながら近づいてきた。
「ふ、ざけるな。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなっ!」
アヴァランチが震える体に鞭打ち、生まれたての小鹿のように這い上がろうとする。ゆっくりと、口を大きく開けながら近づいてくるハルマゲドンを睨みつけながら、拳を地面に打ち付けた。
ノイズがはしるヘッドディスプレイに、現在のアヴィスーツの状態を表示する。装甲部はほとんどが赤く染まり、危険領域への突入を示している。関節部も人工筋肉が損傷し、戦闘機動を取ることもままならない。唯一手元に残っていたメタルボアも、どこか遠くへ弾き飛ばされていた。
最後の武器、己の肉体でファイティングポーズを取り、ハルマゲドンと相対する。素手で勝てる相手ではないと分かっていても、アヴァランチは戦うことをあきらめない。全てのハルマゲドンを殺すまで、彼は死ねない。そんな彼の視界の片隅に、あるものが映った。
缶コーヒーほどの大きさの弾丸が、地面で光を反射している。左腕のラウンドシールドにマウントしていたアヌビス用の榴弾だった。発射装置である本体はない。にもかかわらず、ヘルメットの奥で彼の口角がつりあがった。ひと筋の光明、希望で増殖した脳内物質が、アヴァランチの闘争本能を昂揚させた。
白い悪魔が足音を踏み鳴らす。無数の歯が笑い声のように軋み、悠々と歩み寄ってくる。頭部が膨張し、口が咲く。アヴァランチがすっぽり入るほど膨れ上がった食欲の塊が、満身創痍の彼を飲み込もうとする。
刹那、アヴァランチが地面を転がって榴弾を拾い、ラウンドシールド基部の隠しスロットに装填する。手動でポンプアクションを操作し、弾に息吹を込め、左腕をまるごとハルマゲドンの口へ押し込んだ。
「俺のおごりだ。たっぷり味わえ」
ヴィーナスの神経パルスが、非常用発射装置のトリガーを引く。
「乾杯」
ハルマゲドンが破裂した。榴弾の衝撃力、破片が生体兵器を内側から喰い破り、ただの肉体と化した。一方でアヴァランチの左腕も全体が黒く爛れ、甲殻の破片がところどころに突き刺さっていた。爆発は外骨格の内側にまでダメージを与え、肩から指の先にいたるまで、全ての骨を粉々にしていた。
並のアヴィスーツならば、左腕が丸ごと消し飛んでいたほどの威力。神経が損傷し、痛覚がマヒしている。動かない左腕から目を逸らすように、アヴァランチが周囲を見渡した。砕け散った地面にハルマゲドンの肉体が散らばり、ジェットパックの残骸が燃焼している。黒煙が、全てが終わった狼煙のようにもうもうと立ち込めていた。
アヴァランチがおぼつかない足取りで、遠く離れた牧本のところへ向かう。土手の上に退避していた牧本は、監視対象であった金髪の女性を保護し、身の安全を確保していた。アヴァランチが無事なのを見て安堵した彼だったが、アヴィスーツが近づくにつれ驚愕し、苦々し気な表情を浮かべる。
「アンタレス、お前……、その左腕」
「ご心配なく、見た目ほどひどくありません。それより、状況の報告を」
「あ、あぁ。本部と連絡を取ってこの周囲に網を張らせた。怪しい奴がいればすぐに報告があがってくるはずだ。それとお前のところのリナにも話を通しておいた。すぐにこっちに部隊をよこしてくれるらしい」
「流石です。いつもありがとうございます」
淡々と、つぶやくように話していた牧本だったが、視線を揺らし、うなだれるように頭を下げた。
「すまん。お前ひとりに戦わせて、そんな怪我までさせちまった。俺たち警察にも責任がある。いつものことだが、本当に情けない」
「いいえ。あなたは自分にできることを誠実にこなしてくれました。おかげで誰も死なずに済んだ。戦うのは私の使命、そして市民の安全を守るのがあなたがたの使命です。でも、もし気にかけてくださるのなら、今度一杯おごってください。トーキョーでいい酒を出す店を知ってるんですよ」
「……お前、酒飲めないんじゃなかったのか?」
「飲めますよ。カルーアミルクくらいなら」
二人して笑みをこぼす。そのアヴァランチの左腕、アンタレスの肉体はその最中、急速に回復していった。アンタレスの女神、ヴィーナス本来の機能によって筋肉が蘇生し、骨格がつながる。宿主の細胞とナノマシンが融合することで細胞を強化、回復、増殖させ、あらゆる怪我を治癒する。――その度に、アンタレスは人間ではなくなっていく。
「あ、あの、もしかしてスターライト・バレットの方ですか? 生徒がよく話していたのを聞いていました。助けてくれて、ありがとうございました」
牧本の後ろから、金髪の女性が姿を現す。優しく、透き通るようなきれいな声で、おずおずとボロボロのアヴァランチに話しかけた。
「いえ、お気になさらず。お礼ならそこの方に、っ!」
アヴァランチが女性を見た瞬間、強烈な既視感とショックが全身を駆け抜けた。
失ったはずの彼女の面影がそこにあった。ハルマゲドンに貪られた彼女の姿が。
なにもかもが違う。青い瞳、黒い網膜、白い皮膚、浅黒い肌、金色のポニーテール、黒髪のボブカット、違うはずだ。しかしその瞳にたたえる優しさ、儚さ、微笑みは彼女のそれと酷似していた。
胃袋が悲鳴を上げ、ヘルメットの中にぶちまけた。吐しゃ物処理機能が働き、駆動音をたてながら嘔吐物を圧縮、分解する。倒れそうになるアヴァランチの体を、牧本が慌てて支える。
「カローラ、今更、どうして君が」
アヴァランチの目の前の女性、マリア・ハーバードは戸惑った様子で、彼のことを見つめていた。




