なつのであい
「…おおう、やっぱり人多いなあ…さすが京都」
小さく呟くと、私は左右に流れている鴨川へと視線を移した。
大阪から京都へ来るには一時間と少しあればいつでも来れる。
分かっていた事だが今まで一人で来た事は無かった。
おじいちゃんのお墓参りには去年まで家族で来ていたし、友達と遊びに行くのだって県外に出るまでも無く難波や天王寺…遠くても梅田まで行けば事足りる。
そんな中どうして一人で京都に来たかと言うと…もちろん、気が向いたからに他ならない。
今まで行きたい行きたいと思っていたけど、少し遠いなと思っていたから来れなかった。
……けど、けどっ!
なんか、今行けってお告げが来た気がしたのだ。
清水五条の駅から真っ直ぐに緩やかな坂を上がって行くと、右に長い階段、中央に細い道、その隣がお土産物道になっていた。
私は中央の道を進む。その道の先にはたくさんのお墓が並んでいて…そしてさっきよりも急な坂が続いている。
そのさらに上に登って行くと、私のお爺ちゃんのお墓がある。
いつも家族で来た時ほどきちんとお墓の掃除は出来なかったけど、とりあえず私は手を合わせた。
心の中で小さく呟いて、私は顔を上げる。
「……暑い、暑すぎ」
気温は三十度越えで、そんな時に京都へとやって来た私はアホやなと思わず思った。
お墓も熱くなっていて水を掛けるとじゅうじゅう言うし…もう一回、バケツに一つ分お墓にお水を掛けたら行こうかと立ち上がると、一人の男の子が向こうの方からやって来た。
私と同じように一人でお墓参りに来る人がおるんやなと嬉しくなって、思わず会釈をした。
しかし男の子の方は気味が悪かったのか、完全スルー。
それもまた仕方ないなと諦めて、私はお花屋さんの前にある水道からお水をバケツに入れた。
携帯を開いてみると、ちょうどお昼。
ここらで何かを食べるかなーと思いながら、私は水の入ったバケツを持ち上げた。
清水寺まではお墓から十分も歩けばすぐ着く。
清水寺は…高い所が苦手なのと人が多すぎるので今度行く事にして、私は清水通りと呼ばれる清水寺の前のお土産物屋さんの並ぶ場所へと向かった。
昔から通い慣れた…と言ってもお母さん達の後に付いて行ってただけだけど。
それなりに見慣れたお店を通り過ぎて行きながら、私の大好きなお漬物屋さんに入って茄子のお漬物を自宅用に購入。
一つは自分用、もう一つは家にお土産だ。家族も大好きだから。
そしてまた人に紛れ込みながら、私はさすがに熱くなって抹茶のソフトクリームを買った。
お漬物はリュックに直して抹茶のソフトクリームを食べていると、さっきお墓の前ですれ違った男の子が前を歩いていた。
追い付いてしまったようで、少し気まずい。
…けど、まだ大丈夫。頭の薄いお爺ちゃんとドレッドヘアのお姉さんを間に挟んでいるから向こうが振り向いたりしない限り、気付かれる事は無いだろう。
「………あ」
「……あー…」
そこでなんで振り向くんだろうか。
私は歩みを止める事無く、そのまま歩く。
しかし男の子の方は歩みを止めて、私の方へと歩いて来てしまった。
……私の名誉の為に言っておくが、知り合いでは無い。
とか何とか言っている内に、私の前に歩いて来た男の子は私の顔を覗き込んで首を傾げた。
「…知り合いだっけ」
「いいえ、知らないですけど」
「じゃあ、なんでさっき頭下げたの?」
「え…と、てっきり貴方も一人でお墓参りに来てるんやと思って」
「……京都のイントネーションと少し違う?」
「私は大阪ですから」
見た目だけでは年上かどうか分からないので、一応タメ語にならないように気を付ける。
道行く人達の邪魔にならないよう、私は店と店の間に体を寄せた。
「…俺、孤太郎」
「風佐です」
「ふうさ?珍しい名前だね、お父さんが軍隊マニアとか?」
「正解です」
「やっぱり」
にっこりと微笑まれて、違う違うと首を振る。
何ナチュラルにナンパしてんの?そんで、何ナチュラルにナンパされてんの?私っ!!
「今からどっか行くの?」
「ちょっとお腹空いたので、二年坂かどっかにある串揚げ食べに行こうかなって」
「あー、あれ美味いよな。俺も食おう」
言いながら、男の子…いや、孤太郎君は私の手を取って歩き出す。
迷子になる事は無いし、それなりに道は覚えてる。
八坂神社まで行けるし、なんなら円山公園から清水五条の駅にだって行ける。
「ん、どうした?」
不思議そうに振り返って首を捻る孤太郎君は、こう言う事に慣れている人なんだろう。
私は勝手にそう決めて、一人じゃなくて二人の方がきっと楽しいと心の中で納得した。
「なんもないですよ、お腹空きました、早く行きましょ!」
私も人の波を縫いながら、目的の場所へと進んだ。
前を進む孤太郎君の事は知らない。
どうせ会うのは今回だけで、二回目があるなんて事あるわけない。
それにいっちゃんも「ナンパは一回遊んでやればすぐ終わるよ」らしいから、その言葉を信じて、私はこの思い付きのお墓参りを楽しむ事にした。