少年、抗う(1)
―――愛とは、なんなのだろうかと。
柔らかに沈むベッドに身を任せながら、リアスは考える。仰向けに寝れば自然と星空が目に入るよう設計された天窓、そこから覗く世界はいつでも美しく且つ眩しく。昼であれば青空、白い雲。また他にもリズミカルな雨、轟く閃光、唸る風。毎日四季折々で変わる外の表情は、自分とはまるで違うようだと、酷く羨ましく思ったのは何百回では済まされないだろう。
深いため息を吐けばベッドも合わせるように微かに沈み込む。空は自由だと、それに対して自分はなんと苦しい生活をしているのかと。リアスはいつも考えて、けれどいつもその考えはため息に籠めて外に捨て忘れるようにしていた。
「愛、ねぇ」
お坊ちゃん口調なんてかなぐり捨てた言葉でリアスは呟く。愛なんて言葉にすれば簡単で、しかし説明や存在証明がことのほか難しいものを、彼は夢想していた。手にしたら、あるいは与えられたら、それは温かいのだろうか。胸中が満たされ、暗い思いなど全て消し飛び安心につつまれ、幸福な日々を過ごすことが出来るようになるのだろうか。優しき母の腕に抱かれ満面の笑みを浮かべる赤子が頭に浮かび、小さく微笑みかける。しかしその幻想ともいえる考えは即座にリアス自身が、打ち消した。―――出来ないだろう、と。
それだけで人が救われるのならば、自分はこうして感傷に耽るまでに至ることもなかったのだから。
片手に力を入れて、上半身を押し上げて静かに起き上がる。真っ白に美しく深い柔らかさと弾力を適度に併せ持ったベッドとその周囲を取り囲む家具、それらを内包した豪奢と言わざるを得ない一室はリアスの部屋であり、このリアスにとっては呪われているとでも言うべき一家のそれはまた豪華な屋敷の一室だ。
そっとベッドから降り、音をたてないように部屋の中を移動する。月が天高く上る真夜中、月の明りさえしっかりとは届かない部屋の片隅で作業が開始された。物音は最小限に、また作業スピードも的確にまた速やかに。決して誰にも悟られてはならない作業だ。近々訪れる機会に向けて着々と進められる準備、それは彼の未来を完璧に決定づける機会であり、また彼に最後にのこされた大切なポイントでもある。苦しみに溢れ、不自由だけが残された未来を退けるための、大切な機会と準備。
「…必ず、成し遂げる」
本当に微かに、しかししっかりと肉声で呟かれた言葉。そこには確かな決意と覚悟が刻まれている。仮にこの工作が失敗に終われば、彼の想定しうる限りで最も最悪な未来が訪れることが確実だった。けれど、成功さえすれば、不自由は取り払われ、彼は良くも悪くも自由となるのだ。必ず、成して見せる。
手元にあるものを見つめ、リアスは小さく唇を噛み、そしてまた周囲を警戒しつつ作業に没頭しはじめた。
彼の日夜行う秘密の工作に気が付くものは、まだいない。