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後編・「ケーゲー=イサナとコーゲー=キャージュチュース=シェレエフォクァールの話」

九月に踏み込めば夏が遠のくように、人々の熱気は次第に別種のものへ移っていった。

もう『夏休み』は終わりだ。

もう一度、何かに通う生活の中では、他者に興味抱く時間はそう多く設けることは出来ない。

ニュース番組では、徐々に『キャージュチュース』に対する報道は鳴りを潜めていった。

現時点でこれ以上伝える情報と言えば、近々に迫った『結婚式』くらいだ。

夏の終わりは、『生きる』という願望が冷めていくという事でもある。

野や山や海など、自然に住まう生物は、夏に番いを探し、お互いの遺伝子を詰め込んだ珠や粘液を以って、次の夏への遺産とする。

彼らの夏は、生は、ここで終わりだ。

そのような意味では、彼女達はまだ、始まってすらいない。


「・・・・・・・ん?」

眠りから半ば覚醒したイサナは、自身が奇妙な体勢でベッドに体重を預けていることを、回転が鈍い寝起きの頭で感じた。

自身の自室に置かれたベッドであることは間違いない。

横に向けられた頭部とそこに陣取る双眸には、蔓延る私物が窓からの朝日に照らされている光景が見て取れる。

だが、眠りにつく際には、自分の横で恋慕を語らっていた愛しの相手が不在だ。

「・・・あ・・・?」

そもそも自分はどのような形で寝ていたのだろうか。

腰より先、下半身が違和感を発している。

「おはようございます、イサナ。今日から引っ越しの準備ですよ。一緒に頑張りましょう」

「うん・・・」

不意に聞こえたシェレエフォクァールの挨拶に、イサナは生返事で応えた。

イサナを含めた此処の家族は、彼女の結婚に合わせて住居を変えることを決めた。

彼女と彼女の伴侶自体は別々に住むが、家族はその近くに居を構える予定だ。

イサナとシェレエフォクァール、そしてキャージュチュースの為にこの国の政府が土地を用意したのだ。

いつまでも首都湾港の上空にて船団を待機させるわけにもいかないだろう。

イサナとシェレエフォクァールの新婚生活が落ち着いた暁に、一部を除いて、族長を乗せた船団は帰路に就くらしい。

「イサナ、今日も可愛いですね」

「うん・・・・・・ありがと・・・」

睡魔が誘う欲というものは、どうしてこうも甘く優しいのだろうか。

たとえ、愛しの口腔から発せられる囁きにも生返事を贈ってしまうほどに。

だが、それはイサナの驚愕によってかき消された。

「ひぎゃう!?」

突如として、イサナが跳ねるように飛び起き、これまで体重を預けていたベッドに設けられているヘッドボードに背を付けた。

風を、息吹を感じたのだ。

あろうことか、秘所の、後方の孔で。

若干の落ち着きを取り戻したイサナが目にしたものは、肌着を着込んだ上身とは逆の一糸纏わぬ自らの下半身と、バックボードに指を掛け、ベッドの後方から無邪気な笑みを向けるシェレエフォクァールの姿だった。

バッグボードに指を掛けながらも、そこにはキャージュチュースの多機能端末が握られている。

「目覚めはどうですか、イサナ?」

「シェレ・・・また・・・?」

「はい、しっかり収めておきましたよ」

バッグボードに鋭い爪が並ぶ右足を掛けたシェレエフォクァールが勢いをつけ、イサナが座るベッドの上へと飛び上がる。

翼を広げマットのスプリングに小さな悲鳴しか起こさせなかった彼女は、母にすがる子のように、イサナの腰を抱きながら見上げるように眺める。

「イサナは、いつも一番可愛いですね。特にお尻が可愛いです」

そう囁きながら、シェレエフォクァールは自身が手にする端末の画面をイサナの眼前に掲げる。

そこには、小さな窓に区切られて幾つかの動画が再生されていた。

何も知らぬイサナが小さな寝息を立てているもの。

臀部を突き出すような体勢で眠るイサナの全身。

そして、シェレエフォクァールが指で掻き分けた膨らみの向こうで咲く、イサナが肉眼では目の当たりにしたことが無い自身の孔。

床に就く前に履いていた下着はシェレエフォクァールが脱がし、この体勢も彼女の仕業だろう。

それ以外に思い当たる人物など皆無だ。

「シェレだから許すけど・・・結構恥ずかしいんだよ・・・」

「イサナのお尻が可愛いのがいけないんです。では、お返しに私のお尻を見ます?」

シェレエフォクァールが巻き付くようにイサナの身体を抱くと、長い首を動かしイサナの耳元で呟く。

「いっそのこと、舐めても吸っても構いませんよ?イサナがしてくれるんでしたら」

「駄目。約束したじゃん・・・」

二人は婚礼の儀が終わるまでは目合いを禁じることを、自らに課した。

今は互いに互いの恋慕を、自慰にだけで示している。

「イサナは義理堅いですね。だからこそ私はイサナと早く交わりたいと思っています」

「ボクもだよ」

合図したわけでもなく、彼女たちは互いに相手の唇を求め合った。

舌と唾液を絡ませている間に、二人の指は互いに自身の秘所へと伸びていた。


スタジアムに巻き起こるのは歓声だ。

その中心には麗しき茶長髪の姫君、鋼の賞金稼ぎ、青き獣。

その三名の戦士が、己の肉体、得物や能力を用いて鎬を削っている。

勝負は均衡しているかと思われた。

不意に現れるのものは、濃蒼の球体。

それを手にした者は、一時的にだが強大な力を手にすることが出来る。

さらに激しさを増す戦いの中で弾けた球体から溢れ出る力を手に入れた者は、橙の鎧に身を包む賞金稼ぎだった。

鎧の戦士が自身の腕に備え付けられた銃を構えるや否や、眩い閃光と共に全てを押し流す奔流が生まれる。

青獣の戦士は軽い身のこなしでそれを容易く躱したが、姫君の戦士には直撃。

奔流の勢いに乗せられて、スタジアムの場外へと弾き飛ばされた。

「ああ!?」

「あのさ、お姉ってゲーム好きな割には弱いよね」

ゲーム機のコントローラーを握るイサナの驚愕の横で、同じく対戦ゲームに興じる彼女の妹が乾いた批評を手向けた。

幼い頃から、妹はかつてのイサオの対戦相手を務めてきた。

このようなアクションゲームの他にも、パズル、シューティング、ボードゲームなどのジャンルに置いて彼女は、兄であった姉を打ち負かしてきた。

それでも妹の兄に対する態度はある一定の地点から下には降りなかった。

彼女にとって兄は無二の存在だったからだ。

それは兄が姉となった今でも、変わりはない。

「イサナは考えが直線的なんですよ。ですが、それは一途な性格ってことですよね」

「シェレ姉は、何でもお姉を良く考えすぎじゃない?」

「愛ゆえの事です」

「お姉、良かったじゃん。シェレ姉なら絶対お姉を幸せにしてくれるって」

「もちろん、そのつもりです」

「・・・」

シェレエフォクァールが握るコントローラーは、姉妹の手中にある前世代のものではなく、作動させているゲーム機専用の、リモコンに方向指示パッドが接続されたものだ。

彼女曰く、こちらの方がキャージュチュースの身体に合っているらしい。

その証拠に、シェレエフォクァールが操る賞金稼ぎが、イサナの操る姫君を見事打ち倒した。

イサナ達が夢中になっているものは、人気キャラクターを集めた対戦ゲームだ。

来月にはこれの新作が発売させるとのことだが、それを買い求めて遊ぶ余裕が現在の自らに無いと、イサナは半ば購入を諦めている。

「シェレエフォクァールさんはゲームも上手なんですね。キャージュチュースには機械で覚える装置があるんでしたっけ?」

「はい、確かに私たちはそうのようなものを運用していますが、このゲームについてはイサナから教えていただきました。もちろん、お義母さまから教えていただいておりますイサナの好きな料理の仕方と同様です」

勝利するには一瞬たりとも気を抜くことが出来ない対戦ゲームに関わらず、シェレエフォクァールはイサナの母の疑問に対して僅かに顔をそちらに向けて答えた。

やはり自分はそれほどテレビゲームが得手なのでは無いだろう。

だが、これは勝つことよりも楽しむことに重点を設けた品だ。

だからこそ、妹と婚約相手と自分でこれがやりたかったんだ、とイサナは胸中で小さく感じた。

彼女が横目でゲームに興じている居間から地続きの食堂を窺うと、其処のテーブルに隣り合わせで座る両親の姿。

二人とも手にはボールペン、眼前の卓上には書類の類だ。

今日は、この国において日曜日と制定されている日。

大方の手続きは、事の発端であるキャージュチュース側が引き受けたそうだが、それでもいわゆる『お役所』的な、書類で交わす契約があるらしい。

それに、転居の際に家財は、民間の業者が請け負うことになったらしい。

両親はそれらを消化するために、貴重な休日の時間を費やしているのだ。

もっとも、イサナ達がこうしてどこにでもいるような家族のように団欒できているのは、この家の周りで警備と交通整理に就いている、公務の人間とキャージュチュースの有志のお陰だ。

新居は北の広大な大地、北海道であり、既にキャージュチュースの協力もあり工事は終了しているとのことだ。

確かに、いつまでも此処に居を構えていては、家族だけではなく政に関わる者、この付近に住む者に対して迷惑になるだろう。

転居の事をイサナは家族に謝罪したところ、父親からは「なぜお前が謝る」と叱られ、妹からは「一度住んでみたかったし」と嬉々として今後の計画を聞かされた。

人間とは慣れる生物である。

環境の変化は元より、自身の変化にさえもだ。

それをイサナは実感している。

「イサナ、イサナとシェレエフォクァールさんの二人に話があるから、ゲームはそろそろやめてくれない?」

今回の対戦が決着を付くのを見計らって、母が今にそんな言葉を投げかける。

結局勝利したのは、妹が操る青き獣の戦士だった。

「じゃあ私は自分の部屋で引っ越しの準備でもするから。お姉、後片付けお願い」

「ずるい・・・」

「私も手伝いますよ、イサナ」

「だってよ、お姉。じゃ、よろしく」

それでけ言い残すと、妹は振り返りもせずに居間と食堂の境界付近に当たる階段から階上に昇って行った。

おそらく、間違いなく携帯電話を片手にベッドに寝そべり、準備などしないだろう。

「イサナ」

「うん・・・ボクはもう覚悟は出来てるし・・・シェレで、シェレだから良かったと思ってる・・・」

「私もです、イサナ」

ゲーム機とテレビの電源を落としたイサナは食堂へと向かう。

その後方には、シェレエフォクァールが続く。

「じゃあ、座って」

母に促されて、イサナとシェレエフォクァールは食卓の前に備えられた椅子へと座る。

イサナの眼前に母、シェレエフォクァールに父、食卓を囲み、両者向かい合うような形だ。

もちろんこれには理由がある。

それを今から自らの伴侶となる者が口にする。

予想される言葉は、イサナの本望でもある。

「お義父さま、お義母さま。いえ、こうお呼びするのは早いかもしれません。ですが、私の胸中は変わりません。・・・イサナと・・・イサナと私が共に生きることをお許しください。ここまでイサナには沢山の苦痛を私の部族が与え、その責任に私も含まれます!ですが、私はこれからイサナを幸せに、幸せにし続けると誓います!」

「ボクからもお願いします・・・お父さん・・・お母さん・・・!」

シェレエフォクァールに続いて、イサナは頭を垂れる。

まさかこの時がこんなにも早く訪れるとは考えていなかった。

だが、それでもいい。

両親の許しを得る前に、自分が運命を許す気になれる。

それ程までに、自らの横にいる者を愛しているから。

「顔を上げて、二人とも」

母の言葉に、両者は再びイサナの両親へと視線を向ける。

「ここまで、今までなら考えることさえ無かったことが立て続けに起こったが、俺たちは二人の結婚を許そうと決めた。それは、人間とキャージュチュースの関係の為ではなく、二人の考えを信じてだ」

「お父さん・・・」

父の言葉に、イサナの目尻が熱くなっていた。

横を窺うと、シェレエフォクァールも同様に珠のような眸に雫を溜めていた。

「でも、シェレエフォクァールさん。これだけは約束して」

「はい」

シェレエフォクァールの返事の後、一拍置いてから母が語る。

「絶対にこの子を幸せにすると約束してください。この子はまだ生まれてから19年、女性の身体になってから一か月も経っていません。私達からも、世間からも、まだまだこの子は子供なんです。シェレエフォクァールをこの子よりも大人と見込んでのお願いです。この先、イサナの側にずっといてくると約束してください」

「・・・はい・・・絶対に、イサナを幸せにすると誓います」

「ありがとう・・・お母さん・・・シェレ・・・ボクも頑張るから・・・」

「イサナ、二人で頑張りましょう!」

「うん・・・」

覚えず、イサナの右手はシェレエフォクァールを求めた。

その意を汲んでか、シェレエフォクァールの左指がイサナの右手を握った。

温かい。

それは生きる機能として熱を生み出せるかという話ではなく、愛を寄せる寄せられるの関係であるが故の熱だ。

「なあ、イサナ・・・一つ頼みがあるんだが・・・」

「何・・・お父さん・・・?」

父がうつむき加減に娘を見つめる。

その顔は僅かに火照っているかのようにも覚える。

時計の秒針が一周する程度の時間が経った頃だろうか。

中々次の言葉を紡がない父の代わりに、母がその胸中を代弁した。

「イサナ、お父さんはね、結婚式の前に一緒にお風呂に入りたいんだって」

「お風呂・・・?」

イサナの口振りに父の表情が曇る。

「もちろん、今の、イサナは年頃だから無理にとは言わないけれど。実はお父さんの夢だったの。イサナが私のお腹にいる頃から、お父さんは今度生まれてくる子が女の子なら結婚式の前の日には一緒にお風呂に入りたいっていつも言ってたの」

「変なの・・・でも、いいよ・・・」

「本当か!?」

父の表情が一気に晴れる。

実の親とはいえ、なんと現金な仕草だろうと感じてしまう。

だが、それでも眼前の男は、自分をここまで一心に育ててくれた者だ。

婚礼という別れの時が迫るからこそ、それがようやく実感できる。

「お父さんなら・・・昔は一緒に入ってたし・・・」

「でも、お前は・・・」

「でも・・・お父さんならいいよ・・・」

「私もご一緒しますか、お義父さま?」

「それは私が許さないけど」

シェレエフォクァールと母の、冗談交じりの提案と却下に、四人は食堂を飛び出すかのような声で笑い合った。


「ようやく、二人だけの時間ですね。イサナ」

「うん・・・疲れたけど・・・楽しかったね・・・」

キャージュチュースの船団を纏める旗艦。

その中の一室、シェレエフォクァールに宛がわれている私室に二人は居た。

まるで予め取り決めていたように、両者とも何処かに腰を落ち着けず、何かを待つかのように立っている。

実際に、二人は待っている。

此処は小さなコンサートホール程の広さを有しているが窓が無く、壁はいつか見た、あの多目的医療処置室と同様に白色で満たされている。

まるで映画の小道具のような、明らかな人間が形作ったとはかけ離れている家財や小道具に交って部屋の中央に鎮座しているもの。

イサナがよく知る、いや違う、自分では実際に目の当たりにしたことが無い、王や女王の名の寸法を超えているであろうベッドだ。

それにはまるで歴史の教科書かドキュメンタリー番組に描かれるような装飾が施された天蓋が備え付けられている。

要するに、雰囲気抜群。

「あれ・・・取り寄せたの・・・?」

「はい。今日これからの、私たちの大切な時間の為に。人間の言葉では、キャージュチュースは『部族』と表現していますが、言い換えれば族長の家系は『王家』と表すこともできるでしょう。つまり、私はお姫様で、イサナもお姫様なんです。これくらいは、お姫様の贅沢として許される範囲と考えました」

「お姫様・・・」

イサナは自身の頭髪、目に見えぬ頭頂より僅かに後方へ下った部位を右手で弄る。

そこには横一閃に、髪飾りの体裁のように羽根が一本挿されている。

「それはお姫様の証であり、私の、イサナに対する愛の証でもあります。それを持つ限り、イサナは歴とした族長の家に名を連ねる者であり、始めからいないとは思いますが、イサナに対して文句を言うキャージュチュースの者は存在しません」

イサナが見つめるシェレエフォクァールの頭と首の境界、そこに咲く羽根輪には、花弁の上部、十二時の部分が欠けていた。

理由は簡単、イサナが身に着けている物が、かつてそこに咲いていたものだからだ。

今夜の婚礼の儀は、人間とキャージュチュースの両者、その親睦を深め、また双方の矜持を保つ為に、二つの様式を融合させて執り行われた。

キャージュチュースにおける愛の誓いの証は自らの羽根輪の一つを交換することであり、今回はイサナがそれを持ち合わせていない為に、交換ではなく一方的に羽根を受け取った。

だが、イサナが何も返さなかった、何も捧げなかったという訳ではない。

「ボクはシェレから大事な羽根を貰ったのに・・・シェレはこれでよかった・・・?」

「何を言うんですか!イサナが私に愛を誓ってくれた、その証明なんですよ!嬉しくないはずがありません!」

イサナから数歩ほど離れた場所に立つシェレエフォクァールは、仰々しく右の翼を天井にかざした。

光源を用いなくても光に照らされているその部屋の中で、彼女の指にはめられた銀色の指輪が慎ましくも確かに輝いている。

素材はそのまま銀。

これまでにイサナが貯めていた日々の小遣いや元日の特給などで構成された銀行口座を空にして買い求め、シェレエフォクァールに贈ったものだ。

少ない金額では宝玉さえもそこに施すことが出来なかった。

それでも、最愛の彼女が喜んでくれるなら、それだけで十二分に満足だ。

どうせイサオのままで居たら、つまらない娯楽に消えていたであろう金だ。

「イサナ、こっちへ」

「うん・・・」

シェレエフォクァールに呼ばれ、イサナは彼女に歩み寄る。

そして、予め決めていたわけでもなく、両者はお互いに相手の背に腕と翼を回し抱き合った。

「気持ちいい・・・」

覚えずイサナが漏らす。

かつて人間が獣の範疇に身を置き、木の枝で生活していた頃には、子はこうして母の温もりを感じていたのだろうか。

だが、シェレエフォクァールは母ではない。

母にはなれない、自身もだ。

だが、イサナはそれでも構わない。

きっとシェレエフォクァールの胸中も同様だろう。

二人で二人の子を育てたくもあったが、それでは雄の伴侶と女の自分だ。

この恋慕は同性だからこそのものだと考えるきらいも含んでいる。

「イサナに喜んでもらえるなら、嬉しいです。私も、嬉しいから、イサナに喜んでもらえると思います」

「うん・・・」

「今日の婚礼の儀で、ついに結ばれてしまいましたね、私達。身も蓋も無い物言いですが、これからお互いの身体も一つに結びますが、イサナは怖くないですか?」

「ちょっとだけど・・・シェレなら大丈夫・・・」

「イサナは強いですね。きっと、イサオの頃から強かったのでしょう。憧れてしまいます」

「そんなことないよ・・・」

「いいえ、イサナは自分で気づいていないだけなのです。普通なら異星人と結ばれることも、女として生きることになることも、どうしようもなく怖いはずです。それなのに、イサナは堂々と立ち向かいました。それはイサナが強いからです。イサナが・・・こんなにも強いから・・・私は・・・」

「シェレ・・・?」

イサナがシェレエフォクァールの顔を見上げて望もうとした瞬間、彼女は翼で頭部を後ろから押さえつけられた。

翼と胸、それぞれの羽毛に埋もれたイサナの耳に、押し殺そうとしても漏れてしまっている嗚咽が届く。

「シェレ・・・」

「うっ・・・くっ・・・ごめんなさい・・・イサナ・・・わっ。私は・・ぐっ・・・どうしようもなく・・・う・・・弱い嘘吐きです。ほっ、ほんと、うは・・・イサナと一緒に・・・いっ・・・いる資格なんて・・・ありません・・・」

「・・・どういうこと?」

「ご・・・ご、ごめんなさい、イサナ!私は本当は、しっ、知っていたんです!私が、装置を作動させたときには、もうイサナは、イサナになっていることを!それ、なのに、私は私の願望の為だけに、この身体になりました!今まで、ずっと嘘を吐いて、きました!お爺さま達、イサナのお義父さまやお義母さま、そしてイサナにも!」

「・・・」

「ごめんなさい、イサナ!私を嫌いなったのなら、それでも構いません!それでも、イサナの幸せの為に、償いだけは絶対にします!」

「・・・それで・・・全部・・・?」

「・・・はい」

「じゃあ・・・許すよ・・・」

「イサナ!?」

イサナが引きづるように、シェレエフォクァールの身体を抱き付いたまま、事前に位置を確認していたベッドの袂まで歩を進める。

そして、其処に横から倒れ込む。

シェレエフォクァールも道連れだ。

「イサナ・・・」

シェレエフォクァールが両の翼をベッドに突き立て、上身を起こす。

奇しくもそれは、イサナをシェレエフォクァールが押し倒したような格好だ。

「抱いて・・・シェレ・・・」

「いいんですか・・・イサナ・・・こんな私でも・・・?」

イサナが腕を回して、シェレエフォクァールの腰布から伸びる結び目を解く。

イサナからは蔓延る羽毛に覆われて拝むことは出来ないが、間違いなくそこにはシェレエフォクァールの雌があるはずだ。

「脱がせてよ・・・シェレ・・・初めての夜に・・・自分で脱いじゃいけないでしょ・・・?」

「・・・」

「強い人なんていないよ・・・ボクだって強くない・・・。初めてシェレに・・・シェレエフォロンに会った時はそんなに好きじゃなかった・・・だからこれであいこ・・・」

押し黙るシェレエフォクァールに対して、イサナは自らの顔を近づけて口づけした。

いまだ乾かないシェレエフォクァールの涙が、イサナの頬まで濡らす。

イサナは芝居めいた仕草で、彼女の涙を舌で拭う。

何時だか、イサオであった頃、同性愛とは自己陶酔の複数形と聞いたことがある。

きっと、そんな事をしたり顔で語る人間には、自分達の、同じ性別の相手を好きになるって気持ちが分からないのだと、今なら反論できる。

或いはそれが真であったとしても、それなら死ぬまで酔い続けるだけだ。

いつしか、それが真実に変わると確信している。

イサナは、シェレエフォクァールが好きだ。

その証として、今此処で彼女と身体と身体を交わらせたいと欲している。

それは快楽や家や逃避や政治の為じゃない。

簡単に表現するならただ一言、「セックス」だけで終わってしまうが、自分と伴侶の関係は死んでも、死んだ後も不滅だ。

その為の姦計めいた、自身を主菜とした据え膳だ。

「ありがとう・・・イサナ・・・。本当にイサナがイサナで良かったと、本当に本当にそう思います」

「ボクも・・・シェレがシェレで良かったよ」

シェレエフォクァールが、数刻前に花嫁衣裳から私服に着替えたイサナの上半身を包む衣に並ぶ釦に手を掛けた。

イサナは抵抗しなかった。

なぜならそれは、燃え尽きるかと錯覚する程待ち焦がれた瞬間だからだ。


朝の散歩にしては長すぎた。

そもそもイサナが現在が朝だと知るのは、シェレエフォクァールから彼女の端末に内蔵機能として備わっている人間用の時計を見せられたお陰だ。

それが無かったら、この白一色の船内通路において、時間の感覚など読み解く術も持ち合わせていない。

「やっぱり・・・移動装置を使えばよかったかな・・・?」

「ここまで来ればもうすぐですよ」

イサナには先程から同じような場所を通っているように錯覚しているが、横に並んで歩くシェレエフォクァールは道勘を携えているらしい。

考えてみれば、それもそうだと思う。

なぜなら此処はキャージュチュースの旗艦、そして今つま先を向けて歩いている目的地は、族長の私室である船長室こと第四艦橋だ。

初夜をシェレエフォクァールと共に蕩けるような心地で過ごしたイサナは、伴侶と一眠りした後に、舅同然の族長へ挨拶することを望んだ。

婚礼の儀の際には、族長は壇上で簡単な挨拶だけ済ませ、そそくさと退席してしまった。

「ボク・・・嫌われてるのかな・・・?」

「そんなことありません。きっとお爺さまもイサナを気に入ると思います。何か言うようでしたら、私からお爺さまにきつく言い聞かせます」

「うん・・・」

イサナが一抹の不安と懸念を抱きながら歩く。

こうして二人は第四艦橋入口の扉まで辿り着いた。

「お爺さま、入りますよ?イサナがお爺さまに挨拶へ来てくれました」

そう言い終わるか否かの内に、シェレエフォクァールが扉の横に設けられた制御卓を操作する。

族長の一族に籍を置く者の私室には、普段は暗唱鍵が掛けられているが、一族だけがその鍵を解く術を、文字列と声帯して知っている。

その件の一族にはイサナも含まれている。

「なぜ、お爺さまの鍵の他に、お婆さまの鍵も掛かっているのでしょう?知っているので、どうということは無いのですが」

「開く・・・?」

「今開きますよ」

その言葉から間髪置かずに、扉が左右に開放された。

その動作から間髪置かずに、二人の耳に怒号が飛び込んできた。

「どうして、貴方はいつもいつも!謝ってください、全員に!」

「誰に!?」

「全員ですよ!私達やこの星の住人に!なんで貴方は自分だけで決めて、自分だけで!」

それは歳と重ねたキャージュチュースの雌と思しき、二人の会話だ。

イサナにとって、謝れと怒鳴った方に聞き覚えがある。

族長の妻だ。

イサナとシェレエフォクァールが目を丸くして見つめ合う。

そして、次の瞬間には二人で艦橋へと走りながら踏み込む。

第四艦橋は奥を麓として、山の形だ。

出入り口は族長の書斎が設けられた山頂から見て、横の崖下だ。

二人は山頂への自動通路の動作を無視するかのように、駆け昇る。

その中でイサナは顔を見上げる。

艦橋と名付けられただけあって、天井から奥に伸びて、一面に透明な素材で外を窺えるように作られている。

有事の際には、そこを並の兵器では傷一つ与えることが出来ない特殊装甲が一瞬の内に展開されるとのことだ。

ちょうど艦橋の麓まで走り着いたイサナとシェレエフォクァール。

まだ、ここからは山頂を覗くことは不可能だ。

横を見張れば、夜明け直後の、夜の帳が消え去った東京都心が目覚めている。

「シェレエフォクァールに言ったことを覚えていますか!?私はあの子から聞いてしっかり覚えています!そしてそれをお返しします!」

「私だって人並みの願いや望みはある!それに、シェレエフォクァールが一人前になってくれたからこそこうして」

「馬鹿ですか!ご自分の立場を弁えずに!とにかく、謝ってください!」

「私に向かって馬鹿なんて!」

「馬鹿じゃなかったら何だって言うのですか!」

そんな問答を繰り広げられていることを耳にしながら、イサナとシェレエフォクァールは艦橋の頂へと辿り着いた。

「シェレエフォクァール!イサナ!」

「あ・・・シェレエフォクァール・・・イサナちゃん・・・ああ・・・これは・・・」

そこに居たのは、正しく二人のキャージュチュースの雌だった。

加齢により艶こそ衰えたが、いまだ美を備え、首に族長の妻である証に当たる金色の首飾りを巻く者。

そして、彼女と似た年齢と察する、細部は個体差により違えど、族長の妻と同様に美貌を有する、族長の証である銀色の首飾りを翼の指で手にする者。

そこから、イサナとシェレエフォクァールは勘付いた。

それは間違いなくと確信する。

「シェレって・・・お爺ちゃん似なんだね・・・」

「自分ではそう思っていませんでしたが、どうもそのようですね」

艦橋への入り口での時のように、二人は見つめ合う。

だが、そこには悪戯を思いついた悪童のような無邪気な笑みが浮かんでいた。

そして、次の拍には。

「お婆さま!」

「お婆ちゃん!」

イサナとシェレエフォクァールがキャージュチュースの雌へと抱き付く。

族長の妻ではない。

族長だった、雌にだ。

彼女は、二人をしっかりと抱き止める。

「シェレエフォクァール、イサナちゃん。こんなお婆ちゃんでもいい?」

予め答えを照らし合わせていた訳でもなく、イサナとシェレエフォクァールは「勿論」と、義理の孫娘と実の孫娘として答えた。

その、「かつて男と雄だった」三人の様子に、元から雌であった族長の妻は、半ば諦めたかのように笑みを湛えて、夫である同性とは反対に、背の方角からイサナとシェレエフォクァールを翼で抱いた。


お読みいただき、誠にありがとうございます。

この作品について、SFとは前編の但し書きにある「サイエンス・ファンタジー」に該当するかと思われます。

ですが、この制作物の全てがファンタジーかは、読者様側で見極めてくださいまし。

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