(9)
「さて、秀介……味沢ももちゃんが好きな理由を教えてもらおうかなっ」
自分の部屋へと帰ってくるなり、東京タワーは詰問するように顔を寄せてきた。
頬が緩んでいて笑い方にもしまりがない。実に楽しそうである。
「待つのだ秀介。そいつに話すとどこから情報が漏れるか知れたものじゃないのだ」
「だよなぁ。こいつ口軽そうだし」
「その通りなのだ。なので、その機密情報は私がしっかりと保護してやるのだ。さあ、私にのみ話すのだ」
「俺の味方はいないのか!?」
というように、神様二人がいたく興味津々のため、俺はもう気分的にどうでもよくなっている……。
学校にて後で教えてやると言ってしまった手前、後に引けなくなっていた俺はしょうがないなという気分になり、口を割ってしまった。
「大した話じゃないんだけど……」
俺が語る姿勢を見せると、二人は耳を研ぎ澄ませるようにして俺の方に近づく。
そんなに期待してもらっても本当に困るのだけれど。自慢じゃないが俺は面白い話が出来ない。
俺は味沢もも――――味沢さんと、高校一年生の時にも同じクラスであった。
その時の俺にとっては本当にごく普通の生徒という感じで、特別意識したりするということは無かった。そりゃまあ、当たり前であるが。
とある日、事件が起こった。
いやまあ、あくまで俺にとってはの話なんだけど……。
うちの学校には、学食というものが存在しない。
そのため生徒の大半は弁当を持参してくる。もしくは、校内の一階に位置している購買にてパンなどの飯を買い、昼食を取るというのが一般的だ。
俺はというと、大体の日は弁当を持参している。母さんが息子に弁当を作るのが大好きというありがたい性格のため、俺はそれに甘えてしまい、毎日のように弁当を持ち込んでは昼食に頂くという日々を送っていたわけだが……
ある日、俺は弁当を家に忘れる。
鞄に入れるのを忘れてしまったのだ。母さんも俺が出て行くまで気づかなかったらしい。俺は食べる物を持たずに学校へと行ってしまったわけだ。
登校後、母さんからのメールにより、俺は弁当を忘れてしまったことに気がつく。
しまったという思いと、せっかく作って貰ったのにごめんという二重の思いを抱えながら、昼食は購買にて飯を調達しよう……そう考えた。
しかしここで、俺は大変なことに気がつく。
今日は、購買が休みであった――――
お金なら普段から持参しているものの、店がやっていないのでは打つ手がない。
外に買いに行こうにも、近くのコンビニですら結構歩かなくてはいけない。
誰か俺みたいに忘れた間抜けはいないのかと、辺りを見回してみるがそのような人物は誰一人居ない様子。
これはまさに、昼食抜きコースであった。
「おや港、弁当はどうした?」
みんなが昼食を各々の机で食べ始めている最中、一人何も広げずにぽつんと座っている俺に担任の先生が声を掛けてきた。
俺を見るなり、弁当が無いという事実を瞬時に察したらしい。なんとも勘の良い先生である。
「おーい、お前達。どうやら港が弁当を忘れたらしい。誰かご飯を恵んでやれ~!」
そんな先生が何をするかと思いきや、いきなりクラス中に響く声でそんなことを言った。
その一声にクラス内の人間はどよめき始めた。俺はというと、猛烈に恥ずかしかったのを覚えている。先生、それ、公開処刑や。
周りを見ると笑っている人達や可哀想だと顔を暗くする者も居る。人それぞれの光景が広がった。
結局のところ、みんな自分の持ち前しかないのは当然のことであって、そのような声を掛けたところで出る物があるとは思えない。
どうやら、俺は昼飯を諦めなければいけないようだ。
その事実に若干絶望し、頭を下げて机と対面するように俯く。
しかし、ここで俺は予想外の事態に直面する。俺の机の上に一つのサンドイッチパック――透明のプラに包まれ、三色の具材がセットになったサンドイッチが、ぽんと置かれたのだ。どうしてこんなものが? いや、これはまさか。
俺はおもむろに顔を上げてみる。そこには一人の女子生徒が立っていた。
「港くん、それ、貰って」
うちの制服である濃紺のセーラーとスカート。つややかな肩口まで伸びた黒髪。優しそうな垂れ目。
同じクラスの、味沢ももという女の子だった。
「え、え。本当に? いいの、貰っちゃって?」
「うん。私、他にも持ってきてるから平気だよ。気にせず食べてね。あ、それとお金返したりとかは別にしなくていいから、安心して」
満足げににこりと笑う味沢さん。その優しい微笑みは天女か何かのように見えた。
本当に、びっくりした。俺は飯抜きを素で行くつもりであったのに、このようなサプライズが来るなどということは全く持って期待していなかったから。
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Q.神様はこの世に存在する?
いる
いない
→学校で見た
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「その後、彼女に触発された周りの生徒達が次々に俺に食べ物を恵んでくれたという感動エピソードは、涙無しには語れない……」
「……」
「……」
俺の感動的な過去を神様二人に語り終え、様子をうかがってみると二人は変な顔で硬直していた。まるで『このタワシ、二万円です! いかがです!?』と言われたときにするような顔。
「……そんだけで、惚れたのぉ?」
「秀介、それはちょっと惚れっぽいにも程があると思うのだ」
「いや、お前ら……実際にその立場になってみろって。むちゃくちゃ感動するぞ。俺はその時、コロンブスがアメリカ大陸を発見したときと同じくらいに感動したんだ」
「よく解らないのだ」
どうやら神二人にはあまり感動が伝わっていないようだ。実際にその場にいたのなら、絶対にこいつらも感動すると思うのだが……まあ、しょうがないだろう。
「んでまぁ、それがきっかけだったわけで。意識するようになっていった、という感じかな。どうだ、つまらないだろ」
「うんにゃ、割と面白かったよん。味沢ももちゃん、かわええーって気分になったよ。優しくて良い子だねぇ」
「まあ、自分を犠牲にして相手を救うワイルドな姿勢、良い女なのだ」
味沢さんはタワー、スカイツリーによる評価も上々のようだった。良い子なのだから当然だ。
俺は今のところ味沢さんと大きく接点があるわけでもなく、今一歩、踏み出すことが出来ずにいる。どうしたものか……。
何かもうちょっと仲を進展させるような出来事でもあれば嬉しいんだけどなと考えながら、続けてタワーとスカイツリーに味沢さんの魅力を語るのだった。