(8)
今日もいつも通り、一日の授業が終了を迎えた。
そのため普通の男子高校生であるならば既に帰宅をしてティータイムに勤しむか、バイトか、部活に励むか……という時間帯になっているのだが。
俺はというと、神様御一行が学校内の練り歩きを楽しんだため、放課後がやってきたのにも関わらず、家に帰れないでいる。
「いやー、楽しかったねぇ」
「俺はあんまり楽しくなかったけどな」
なんせ、普段から過ごしている学校である。
既に一年間もの間通っている学校に今更新鮮味も何もあったもんじゃない。そもそも学校というものに対し、大きな興味があるわけではない。
実に退屈な時間を過ごしたのだった。
「全くこいつの騒がしさっぷりといったら、どうしようもないのだ」
スカイツリーが頭を掻きながら呆れる。
その視線の先(というよりもグラサンの先)はタワーに向けられている。
タワーの奴といえば、体育館を発見して、大騒ぎ。保健室を発見して、中に入ってみようだの、お前は幼稚園児か小学生かというほどのはしゃぎっぷりである。
その辺がこいつの良いところなのかも知れないが。
「一応知識では知ってても、実際の物を見た時の感動って違うじゃん。真実はこの目で確かめないと勿体ないよ」
「お前らの知識はどこまであるのかよく解らないな……」
神様二人は人間で言う一般常識や割とコアなネタまで知っているようである。
それはそれで話が通じやすいという前向きな思考で考えるか、話を合わせられすぎてウザイという後ろ向きな思考で考えるか……俺はというと、若干後者よりである。
言いながら歩き続けていると、俺らは校内を上り下りする階段の前にまで来た。
「あ、秀介。もしかしてこの上って」
「屋上に繋がってるけど?」
「……」
「……行きたいのか?」
タワーはエメラルドグリーンの瞳をさらにきらきらと輝かせて、頬をにんまりとさせている。……無言の圧力がここまで訴えかけてくるとは。
しょうがないという気持ちになった俺は、嘆息をつきながら屋上への階段を昇り始めた。その後ろに駆け足気味のタワーと、ゆったりな足取りのスカイツリーを連れて。
ウチの屋上は割と自由に開放されている。
屋上までの階段は幾分か長く、俺達はしぶしぶといった風に昇っていく。
「いやー、しかし階段ってダルイよねぇ」
「そりゃまあ、東京タワーを階段で昇ったら相当大変だわな」
「だよねぇ。エレベーターか、エスカレーターで昇りたいよねぇ」
「いや、エスカレーターは東京タワーにはねぇだろ」
エスカレーターで上れるってどんだけ斜めに立ってるんだ、東京タワー。ピサの斜塔か。いや、あれもそこまで傾いている訳では無かったな……。
「どっちでも同じなのだ」
「だよなぁ」
スカイツリーはタワーの話には付き合いたくないといった様子で俺の隣を歩く。もう片方隣にはタワーが連れ添っている。
その光景はまるで両手に花。だというのに俺は何故だか全然嬉しくない。
辿り着いた先に待っていた重い扉をぎぃと動かすと、途端に光が差し込んだ。
ようやっと屋上へと辿り着いた訳である。
俺達三人は人気の無い屋上をてくてくと歩き、外周のフェンスから外をのぞき込んだ。
「おおっ! 汗を流す若人達! 青春してるねぇ」
「ワイルドな光景なのだ」
視線の先を追ってみると、タワーは校庭にて部活動を行う生徒達の方を。スカイツリーはこまごまとした街の家屋の景色を眺めていた。
東京タワーと東京スカイツリーの神様であるなら高いところからの景色は見慣れているんじゃないのかと思ったが、面倒なのでツッコまないことにする。
「スカイツリーって、ワイルドって言葉好きだよな」
「ああ、私はワイルドな物が好きなのだ。このサングラスも、それで掛けているのだ」
よくぞ聞いたとばかりに振り返ったスカイツリーはサングラスの縁を持って軽く上下に動かす。
スカイツリーはワイルドなものが好きらしい。……ス○ちゃん?
サングラス=ワイルドという思考がよく解らないのだが、彼女なりのこだわりなのかも知れない。
サングラスを取ったら性格が豹変するとか、そういう面白な一面を持っていたりはしないだろうか。実は素顔をさらせない極度の恥ずかしがり屋さんとか……無さそうだな。
「ねぇねぇ、秀介って部活してないのー?」
校庭のグラウンドへと視線を向けていたタワーが急にこちらを振り返ると、興味津々に聞いてきた。
「やっぱりこの年代の男子と言えば何かに打ち込んでこそ、だよねぇ。そこんとこ、秀介はどうなのさ」
「部活ね……」
タワーに問われて、俺は思い出すために脳内の過去をほじくり出そうとする。
少しずつ、前のことを思い出していく度……明るい雰囲気のタワーと真逆を行くような、黒くて霧の掛かったような不快な思考が、俺を包んでいく。
「部活なら、やってたよ。去年……高一の時は」
「去年……ってことは、やめちゃったの? 何してたの?」
「ソフトボール。ほら、あそこでやってるだろ」
俺は酷く面白く無さそうな態度で校庭の一角に指を差した。
うちの高校はソフトボール部が名門となっているため、グラウンドの大々的な使用権を持っている。守備をする者、バッティングをする者の姿が遠目に見えていた。
名門である割に部の在籍人数は少ない、本当に名門なのだろうかと思ったくらいだ。
「ソフトボールというと、野球よりボールがデカくて使う面積の少なめな、女子がやるイメージが強いスポーツなのだ」
「そうそう、よく知ってるな。男子もやってるとこあるんだよ。野球の方が幅を利かせてるから、男子ソフト部がある高校って少ないんだけどな」
元々は野球が始まりであるので、酷い言い方をすれば、ソフトボールは二番煎じであると言える。ソフトボールがマイナーである感は否めない。
「いやー、野球があるんなら、ソフトボールはいらないよねぇ。両方とも似てるんだし。それってさぁ、まるで東京タワーがあるんだから、東京スカイツリーはいらない、っていう感じに似てるよねー。あ、今私って、かなり面白いこと言ったかも!」
「全く面白くないのだ。とりあえず、お前は死ねばいいのだ。死ねばいいのだ」
「面白かったよ今のは! ってか二回言うなぁ!」
まるで幼稚園児が積み木を壊された時に起こるケンカのように、二人は勝手に取っ組み合いを始めた。
そんな微笑ましい二人を見つめて俺は微少を浮かべる。そしてグラウンドのソフトボール部の練習風景へと目を泳がす。今日も部の人間達は張り切って練習に励んでいるようだ。
「新参者の癖に……」
そんな光景を見る度、俺は胸の中で沸き上がる炎を抑えずにはいられなかった。
瞳はきっと冷ややかで、なのに嫉妬の念が渦巻いているような穢れた目をしていると思う。
歯ぎしりが聞こえてもいいくらい、俺は悔しさという物を噛みしめて顎に力が入っていた。
何ヶ月も経っているのに、俺は未だにこの嫌な感情を引き摺っている。この暗い想いが解き放たれるのはいつになるのだろう。そう、近い日にはやってこないのかも知れなかった。
「どしたの、秀介。なんかすごい怖い顔してるけど……」
「何なのだ?」
さっきの俺の呟きが気になったのか、いつの間にか二人はケンカを中断して俺の方を心配そうに見ていた。
そんな二人を見て俺はすっと黒い感情を胸の内へと抑え込み、何事も無いような、至って普通の状態を装う。
「そろそろ行くか、家に帰ろう」
屋上の外周から離れた俺は両腕を空へと大きく突きだして伸びをする。
怪訝そうな顔をしているタワーとスカイツリーを眺めて、俺はにっこりと笑うのであった。