(7)
「そうでしょ? 当たりでしょ? あの子が、秀介の好きな子だね」
「そうだとしても、別にどうだっていいだろ……」
気になってたまらないという雰囲気が体中から溢れだしているタワーを見限るように、俺は嘆息をする。
海の岬には恋の神様がいるとか聞いたことがあるけれど、どうか恋の神様、ここに来てこいつを追っ払ってやってくれないでしょうか。お願いします。
「どうでもよくないよ。私が気になるんだよ」
「全部お前の一身上の都合じゃないかよ!?」
周りに届かないよう、努めて小声でツッコミを入れる俺。本当にこいつはもう……遠慮とか無いようだ。神様だったらこう、もっと他人の機微に気づくような寛大かつ、繊細な心を持ち合わせて欲しい物だが。
どうやら現実はそう甘くはない模様である。
「それに秀介がどうしてもあの子と結ばれたいって言うなら、神の力を使って、二人をくっつけることも――」
「そ、そんなことできんの?」
「――できないんだけどね、これが」
「できねぇのかよ!?」
両掌を上に向け、残念そうな顔をするタワー。
若干期待した俺の心は一瞬にして砕かれた。期待して損したな本当に。
……ていうか、こいつの力のおかげで両思いとか、嫌だなぁ。一生『私がいたおかげだねぇ!』とか言われそうだ。
「基本的に、私達はあまり秀介の人生に関与してはいけないことになってるのだ。まあ、間接的に何かやることなら可能な程度なのだ。私達の役目は秀介を守ることであって、恋愛を成就させることじゃないのだ。そっちの方は勝手にやってくれなのだ」
苦言を告げるスカイツリー。どうやら俺の身に危険が及ぶ行為以外の援助は守り神として好ましい行為ではないようだ。分別をわきまえる、ということだろうか。
さすがはスカイツリー。見た目は幼いのにしっかりしてるぜ。
「それで秀介、どうしてあの子……味沢ももとやらを好きになったのだ?」
「お前、絶対に興味津々だよな?」
「いや、そんなことはないのだ。まるで興味は無いのだ。庶民的に言うなら、見逃したドラマの最終回並に気にならないのだ」
口調が若干早くなり、言葉のイントネーションが高くなったり低くなったりするスカイツリー。
……俺の神はバカ神二人であるという認識で合っているのだろうか。うん、多分間違いない。
「あ、それ私も聞きたいなぁ。教えてよ、秀介ぇ」
「わかったわかった……。とりあえず後でな。こんな人の多い場所で話すなんて絶対に嫌だ」
それだけ聞かせると二人は納得がいったようで、途端に黙りこくる。
人の集まってきた教室だ。どこの誰が盗み聞きしているかわかったものではない。東京タワーと東京スカイツリーの神様などという、危険分子は世に知らしめる物ではないのだ。できる限り誰にも知られんようにしないと――
「よぉ秀介、おはよう」
「ん……? あ、豪! おはよう!」
一息ついた俺の元に、新たな声が掛けられた。その先へと目を向けると……声を掛けてきたのは、一人のよく見知った男子生徒であった。
御厨 豪。俺のクラスメイトであり……俺の友達である。
身長は百八十に満たない程度という、男子として一番うらやましがるような高さであり、贅肉なんてものが存在するのかというすらりとした体躯。
歌って踊れるアイドルに紛れていそうな、人に不快感を与えることはまずないであろう爽やかでさらりとした顔をしている。一言で言うと超絶イケメンである。
独特で珍しい名字を持っている彼だが、それがまた本人の突出ぶりに似合っており、名字がそのまま愛称になっている感じだ。
はっきりいって俺とは住む世界が違うのでは無いか、と思うところがあるくらい格好良い。
しかし彼の魅力は外見だけではない。なぜなら――彼は内面も最高だからである。
その魅力を語り尽くすのは、俺には難しい。
「な、なんだか秀介の視線がきらきらしてるんだけども」
「まるで恋する乙女のようなのだ」
神様二人が俺を不思議そうな目で見ていたが、俺はそんなことなど気にせず、豪の方へと体を向ける。
そう、彼は中身も素晴らしいのである。美人は心が冷たいと言うけれど、豪の場合は美男でありながら、心も温かい。
俺はそんな彼と、友達である。
「いやー、昨日はごめんな。どうしても用事が外せなくってさ」
「ああ、別に気にするなよ。別に誕生日だからって、毎回何かしなくちゃいけない訳でもないしさ」
昨日は元々豪と遊ぶ約束をしていたのだけれど、急に外せない用事が出来たとかで、ドタキャンとなったのである。それは残念だったけれども、彼にも都合があるのだから仕方ない。しかし一体何の用事だったのだろう。今度本人の口から聞いてみよう。
「代わりといっちゃ何なんだけどさ、秀介が喜びそうなちょっとした物、用意したんだ。誕生日プレゼント的な? 手に入るまでもうちょい時間掛かるから、楽しみにしといてくれよ」
「え、何々? 何それ? 気になるなー。ありがとう、豪」
「どういたしまして。きっと喜ぶ物だと思うぜ。じゃ、また後で」
そう言って豪はとても爽やかなスマイルを見せる。
モテる男は気配りが大切とか言うけれど、豪を見ているとそれがよく解る。
実際、豪はモテる。何故そんなことが解るのかというと、よく豪を熱い視線で見ている女子の姿を見かけるからだ。
または俺の元に来た女子が「御厨君と仲良くなりたいんだけど、手伝って!」と言うことがあったりするからである。そのたびに俺は「ああ、豪は今、彼女なんて欲しくないらしいよ」とモアイのような顔で言ってやっているのだ。
(プレゼントか……何だろう)
もうすぐ一限目がスタートする。今日も一日、授業を頑張って受けることにしよう。
豪のプレゼントとやらを、楽しみにして。