(4)
東京タワーとスカイツリーをそっちのけにし、俺は部屋の戸棚をごそごそと漁りはじめる。
「何を探してるのだ?」
「気分が落ち込んだから、元気のでる物を探してるんだよ」
疑問符を浮かべるスカイツリーに、俺は当たり前のように答えてやる。
この戸棚の中に、俺にとって最高に元気の出るものが――
「おっ! エロ本かな!?」
「違うっつの!」
クイズ番組で正解の答えを考え当てた芸能人みたいに、体を跳ねさせて喜ぶタワー。見当違いの答えに俺はツッコミを入れてやった。
確かに男子高校生にとってエロは良いものだということを否定はしないが……。
俺は目的の品を探り当てると、手に取り、取り出す。
小型のノートぐらいの大きさである、一枚のDVDケースを。
「おっ! エロDVDかな!?」
「エロから離れろよ!」
こいつの脳内はお花畑かっ! エロエロって……お前の体型のがエロいわっ。
「エロDVDなんかより、もっと高尚なものだっ。これを見ろ!」
俺は手に取ったものをぐいっと、水戸黄門の印籠さながらに見せつける。
突き付けられた一つの物体に、タワーとスカイツリーは目を丸くした。(といってもツリーはグラサンで目が見えないので雰囲気的にだが)
「滝上竜一――――ライブツアーDVD?」
タワーとスカイツリーが声を揃えて口にした。
そう、俺にとっての秘蔵の品である。
「滝上竜一ってのはな、アーティストだ。簡単に言えば作詞作曲して、歌う人だ。有名になり始めた頃に偶然発見してファンになったんだけど、すげぇ良い曲を歌う人でさぁ。そのツアーライブDVDがこの前、ついにリリースされたんだ」
「ふーん」
滝上竜一は俺にとって神に近い存在だ。
独創的な歌詞。曇りの無い美声。弱冠二十八歳にして今をときめく、超新星だ。
俺は別に音楽を作ってみたいとか、ギターを弾いてみたいとか、そういう欲求は無い。でも彼の音楽には惹かれるものがある。言葉とか理屈じゃなくって、もっと他の例えられないようなところで、俺を魅了するのだ。
「これを見て元気を貰うんだー」
俺はるんるん気分でDVDをデッキの中にセットする。
テレビの画面に表示される淡い装飾のメニュー画面からチャプター再生の項目を選ぶ。
そして画面の前で体育座り、準備は万端だ。
映像は暗闇の世界から始まる。真っ暗な空間を照らし出すように一筋の光が降り注ぎ、次第に幾筋もの光が辺りを明るくしていく。
照らし出された空間に、一人の男が見える。彼は椅子に座ったまま、抱き抱えたギターの音色を優しく、響かせた。
同時に、ざわつき始めていた会場内の空気が盛り上がりを見せる。観客達が歓声をあげたのだ。
『いつでも心に光を――溢れるままに――』
滝上竜一が手元のマイクに手を添え、口を開く――と、男が出しているとは思えないくらいの高く繊細な声が空間を支配する。
ステージの空気を全て、自分の手中にしてしまったかのようだ。滝上竜一の周囲だけが別の世界のような――神聖な場所に見えてくる。
「いやー、滝上さんは良いなぁ……」
俺は膝に肘を乗せて頬杖を付き、うっとりと画面に視線を寄せる。その姿は周りから見たら恋する少女のように見えるかも知れない……が、別に構わない。それくらい好きなんだ。
「ふむ、確かになかなかイケているのだ」
「おっ、スカイツリー、この良さがわかるのか!?」
「ああ。これだけ多くの人間を虜にする弾き語り――ワイルドなのだ」
意外にもスカイツリーは滝上竜一を気に入ってくれたようで、ステージ上の彼を感心するように見ている。
その様子に俺まで嬉しくなってしまい、ついテンションが上がってしまう。
だよな。ワイルドだよな。カッコイイよな!
「うん、凄そうな歌手だねぃ。私もこれ見てたいなー」
「オーケーオーケー、最後まで一緒に見るぞ!」
面白い物を見つけたように嬉々とした表情のタワー。
俺はそんな彼女に手招きし、隣に座らせる。
なんだなんだ、最高じゃねぇかこいつら。
そして二時間が経った。
結局タワーとツリーを加えてDVDの収録時間である二時間、鑑賞を続けたのだった。
時刻は夕方を迎え、空は夕焼け色に染まり始めていた。
いやぁ、充実した時間だった。三人で終始どきどきわくわくしながら楽しみ、本当に楽しかった。
「あー、凄かったぁ。滝上竜一、サイコー!」
「素晴らしかったのだ。表現者の鑑なのだ」
腕を上空へと伸ばし、満面の笑みを浮かべるタワーと、同じく満足そうに頬を緩めるスカイツリー。
どうやら二人も満足したらしい。さすがは滝上竜一だ。俺が最高に気に入っているアーティストなだけある。彼の歌はこうやって、他人を魅了する。いや、現に神をも魅了した。そんな彼は神以上の存在である、うん。
「どうだ、わかっただろう? 滝上竜一の素晴らしさが」
「うんうん。やるねぇ、彼は! 秀介がはまるのも納得だよ!」
「まさかここまで凄いとは思わなかったのだ。これからは要チェックなのだ」
二人の顔に嘘は無さそうだ。本当に気に入ったらしい。紹介した俺自身も、なんだか鼻が高い。
まあそれくらい、彼は凄いんだ。もうこいつらに語ったらそれこそ、朝まででも語ってやれるほど、滝上さんには魅力がたっぷりと――
「ところで秀介ぇ。今日って、誕生日じゃないのぉ?」
「ん? ……そうだけど?」
突如、話題を変えるようにタワーが質問をしてきた。
おっしゃるとおり、今日は俺の誕生日である。だからこそこの神たちがやってきたわけだけども。
「なんか予定、無かったの?」
「へ? 別に無いよ? しいていえばこのDVDを見たかったってくらい」
当然、という感じで俺は答えてやる。
「寂しい奴なのだ……」
「べ、別にイイだろっ!?」
哀れな奴を見つめる眼差し(っぽく見えるグラサンの周りの表情の動き)のスカイツリー。
た、誕生日だからって、なんらかのイベントがあるわけじゃないんだぞ! ゆったりと一日を過ごすということだって、あるんだぞ! 別に友達がいないというわけじゃないんだぞ!
「祝ってくれる彼女とか、いないのぉ?」
「そんなもんいてたまるかってんだ」
タワーの質問に、俺はガンを飛ばして告げてやる。どこに誕生日を一人で過ごす彼女持ちが居るというのだ。いやまあ、いるかも知れんけど。
「俺は絶賛彼女募集中だよ。好きな子がいるくらいで――」
「えっ、どんな子!? どんな子!?」
「ああもうっ、どんな子でもいいだろっ!」
まずいことを言ってしまったのか、タワーは興味津々で俺へと詰め寄る。
タワーの方は本当に好奇心旺盛だな……。
俺はそんなタワーを突き放して逃げるようにトイレに行くことにした。