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「そもそも考えてみると星野さんに憑依したって、おかしいよな。力が出るとか言ってたっけ? そんな用意周到に準備をしなくちゃ俺を殺せないのか? 神なのに、一人の人間を?」

「んだとっ……」


 強気に捲し立てる俺に、階段の神は悔しそうに顔を歪める。


「そもそもエスカレーターやエレベーターが憎いって、何だよそりゃ。そんなもん、そっちの方が便利なんだから当たり前だろ。そんな情けないクソみたいな理由と、星野さんの夢の話を一緒にすんじゃねぇよ!」

「っ! この野郎、調子に乗らせておけば……」


 俺は怒号を響かせる。図星を突かれたようにたじろぐ階段の神は俺に攻撃をしようと、体勢を身構える――その時だった。

 静寂を掻き消すように、一筋の銃声が響いた。


「っ!?」


 どこからともなく放たれた銃声。その弾丸は階段の神の胴体を綺麗に貫いた。その痛みに階段の神はうち震えざるを得なかった。


「――確かに、神が人間を人質に取るとは……神としての品格に欠けるのだ」

「へ」


 銃声を放ったその人物は颯爽と階段の神が抱えていた味沢さんを掴むと、安全な場所へ離脱する。その正体に俺とタワーは唖然とする。


「す、スカイツリーぃぃ!?」

「ヒーローは遅れてやってくるものなのだ」


 声を合わせて驚く俺とタワー。その先には小柄な体型であり、水色のTシャツにジーンズ。黒の長髪に合わせたように黒いサングラスを掛けている……スカイツリーの神。

 彼女は抱き抱えている味沢さんをゆっくりと地面に下ろすと、


「さあ、戻るがいいのだ」


 すぅっと地面の中に消えていくように、味沢さんの姿を消してしまった。どうやら味沢さんを人間界へと戻したらしい。


「さて、これで思う存分……お前を蹴散らすことが出来るのだ」

「――――」


 スカイツリーは階段の神に、観念しろと言わんばかりに応対する。階段の神は心底悔しそうに俺達を睨む。


「負けねぇ……」

「?」

「俺は……負けねぇ……」


 突如、階段の神は悔しさを内に込めたような静かな怒声を上げ始める。


「おい、東京タワー……テメェだったら、解るだろ?」

「えっ?」


 階段の神はじろりとタワーを見つめると、名指しで問い掛けた。


「この俺の嘆きが……苦しみが! お前にだったら解るだろう!? 俺は、唯一無二の存在だ! 人を昇降させる存在は俺だけで充分! 新参者の後追いなんざいらねぇ、クソ食らえだ! 頭が痛くて堪らねぇ……!」

「……」


 階段の神は自身の思考に悶え苦しむ様を見せる。その姿は呪縛に巻かれた亡者のように見えた。


「東京スカイツリーなんて代物が現れなかったら、お前だって唯一無二の電波塔で居られたはず! どうだ? 悔しいだろう、憎いだろう! この世に同じ物なんていらねぇ、何一つだ! お前にだって負の感情くらい、あるだろう!」

「っ、何を……」


 怒号を鳴らす階段の神に気圧されるように、タワーは身悶える。


「港秀介……お前だって、そうだよなぁ?」


 次に階段の神は俺に標的を変え、ニヤリと笑う。酷く、下卑た目だった。


「この記憶には……入っているぞ。お前も過去に部活で、レギュラー争いに敗れたことがあったみてぇじゃねぇか。しかも相手はろくに球技の経験が無いって野郎にだ! 人生ってのは残酷だよな! 同情するぜ! 本当に、上手くいかねぇもんだ!」

「ぐっ……」


 階段の神は星野さんの頭の中から記憶を弄くり出すように、大声で喋る。


「俺も、お前らと同じで、苦しんでるんだよ」


 階段の神がひけらかすように、両腕を広げた。


「港秀介。お前は自分が何も悪いことをしていない……そう思っている。しかし、だ。お前はこの世に現存しているだけで、俺を苦しめる。そういった、厄介な能力をお持ちって訳よ。素直に俺に殺されてくれれば……俺は助かるんだ。お前も、そんな訳の解らない能力を抱えたまま、生きていたくないだろ? さぁ、俺に任せろよ。お互いに、楽になろうぜ」

「……うるせぇ」


 ぺらぺらと喋る階段の神に、俺は震えた声で返す。階段の神の動きが、ぴくりと止まった。


「今、お前の話を聞いていて……俺は、自分がいかに情けない奴だか、解ったよ」


 俺は目蓋をゆっくりと閉じながら、消えていく視界に寄せるように想いを連ねていく。


「俺は……弱い。実に、弱い。本当に……弱い。それは肉体的にって意味でも……精神的にって、意味でも……両方だ。とにかく、俺は弱い」


 だらりと垂らした両腕の拳を握りしめながら、俺は少しでも強く呟こうと力を入れる。


「弱い自分が情けないから……見つめていたくないから、その結果他者のせいだとか……環境のせいだとか、自分が悪いんじゃないって方向に、物事を考えようとする。要は自分自身と向き合うのが怖いから……真っ直ぐに、前を見られないんだ。その弱さが、自分の弱さを認めたくなくて……周りに噛みつこうとする」

「秀介……」


 言いながら、目の中に水滴が溜まっていくのが解る。少しずつ俺の視界はにじんでいった。

 タワーとスカイツリーの奴は、じっと俺の方を見ているようだった。


「本当は……解っていたはずなんだ。心の、奥底では……でも、それを認めてしまったらなんだか負けたような気がして……。俺は、自分を大きく見せたくて、虚勢を張っていたんだと思う。結局、俺は、俺を騙していただけで……」


 自分の過去を振り返り、たまらなく悔しくなる。そして、情けないという気持ちも。

 こんな気持ちを抱えたままであるならば、つまるところ……俺もこの階段の神と変わらない。実に無様で、滑稽だ。


「俺は、変な能力を持って生まれてしまった奴で……その結果、みんなに迷惑を掛けているのかも知れない。タワーや、スカイツリーにも……迷惑を掛けちゃったよな。おまけに怒鳴り散らして追い出したりして……本当、悪かった。ごめんな」

「……」


 タワーとスカイツリーは心配そうな表情で俺の話を聞いている。

 俺は涙をせき止めるように天井を見上げ、そのまま前を見据える。


「それでも、俺は、アイツには負けたくない」


 きっぱりと、俺は言い放った。

 想いをぶつけるように。世界を割るように。そんな一声だった。


「……おい、東京タワー」


 ふいにスカイツリーが、タワーの方も見ずに声を掛けた。


「この前暴言を吐いたことは、謝ってやる。だから今回ばかりは、私に力を貸すのだ。私も協力は惜しまない」

「……合点承知!」


 力強く言い放つスカイツリーに、タワーは両手の拳をがつんと合わせて答える。


「……つまり、タダでやられる気は無い……そういうことだな?」

「ああ、そうさ」


 それまで沈黙を続けていた階段の神は俺達を凄みのある目で睨むと、確かめるように問い掛ける。それに俺は拒絶の言葉を掛けた。


「だったら、もういい」


 階段の神はすぅっと息を吸い込んだ。


「終わらせてやる」


 解き放つように呟く階段の神。それと同時に、世界に異変が起こった。


「!?」


 俺達三人は、突然の事態に慌てて驚く。辺り一面の白い世界は音をたてながら崩れ、ガラスの破片のように散らばっていく。崩れた世界は徐々に姿を変えていき、周りには宇宙空間のような世界が広がった。


「これが俺の全力だ。もう手加減は出来ねぇぜ……!」


 そう言い放つと、階段の神は少しずつ上空へと舞い上がっていく。ゆらゆらと高く昇っていき、俺達の頭上……遙か彼方に位置取りを見せる。

 腕を重ね、大きく祈るような動きをする。すると、奴の後ろに帯状の階段が現れた。その階段にクロスするように、また新たな階段が現れて、重なる。次々と姿を現す階段。幾重にも階段が折り重なっている。それはまるで出来の悪い、クモの巣みたいだった。


「あれは……!」

「あれで攻撃するつもりなのだ……!」

「くっくっく」


 ただならぬ光景に目を奪われるタワーとスカイツリー。それを見て階段の神は実に楽しそうだった。


「味わってみろ。踏み潰される感覚……って奴をな!」


 その瞬間、階段が動き出す。俺達に向けて圧縮を試みるかのように、落ちてきた。ねじ伏せられるように徐々に落下していく、その物体は……俺達の存在をそのまま亡き者に変えてしまうような、ただならぬ気配を伴う。


「タワー、スカイツリー!」

「おうっ!」


 東京タワーの神……そして東京スカイツリーの神を、俺は呼ぶ。二人は呼応すると俺の右手と左手をそれぞれ握りしめ、お互いに形態を変化させる。淡い粒子が俺の手で姿を変えていく。煌めくプラネタリウムのように変形を見せたその後……俺の手には、一挺の巨大なロケットランチャーが握られていた。黒々として、目映い。カラスの羽のような、艶々とした濡れ羽色。細部のフォルムはスカイツリーの好みなのか、実に良く再現されている。


「その色形……スカイツリーの神が変化したものだな」


 遠目に俺達を眺め見る階段の神は、その巨大な砲撃銃を前に感嘆を漏らす。


「だがしかし、そんな物でこの俺を――」


 ニヤリと笑いかける階段の神だったが、目を二、三度瞬かせた後――


「む? 東京タワーの方はどこに――」


 ――ハッと、目を見張る。


「この中だッ!」


 俺はその銃口を真上――迫り来る階段達と、神に目掛けてセットする。重々しい引き金を渾身の力で内へと引っ張る。その刹那、銃口の先から“黄金色の弾”が飛び出した。目映く煌めくその弾は天を突き刺すように空を駆け抜けると――幾重にも折り重なった階段に着弾する。その勢いは止まらず、ドリルが紙を貫くように重なった階段群を突き破る。


「――ッ!?」


 そして、弾は真っ直ぐに階段の神を捉えた。


「や、やめろ……やめろっ! 止まれ……止まれぇぇぇぇぇっ!」


 階段の神の叫びも空しく、黄金色の弾は静止することを知らない。トップスピードを誇った弾丸はその姿を見せつけるように、階段の神へ綺麗に着弾していった。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああっ!?」


 その多大なる衝撃に、階段の神は自身を保っていることなど不可能としか言いようが無かった。はじけた黄金の弾によって爆砕していく、階段の神の断末魔が辺りに響き渡った――。

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