(33)
「お前は……」
「何を隠そう、私が東京タワーの神っ! この私が来たからには、秀介を傷つけさせはしないよっ!」
腕を伸ばし、ビシッと指を突き付けるタワー。眉をつり上げて顔はしかめっ面だ。
「助けに来やがったか。ちっ、後少しだったものを」
階段の神はガリガリと頭を掻きむしりながら不愉快きわまりない表情を見せる。
「なら……お前も一緒に潰してやる!」
階段の神が右手をかざす。その手の先には人間一人くらい押し潰せてしまいそうな、階段の塊が現れる。そのまま腕を前に突き出すと、合わせたように塊が俺達の方へと飛び込んできた。
「――させないっ!」
タワーの奴は一歩前に出ると、右手を大きく下から上に振り上げる。その一瞬の間に、タワーの右腕の先は黄金の剣へと変貌していた。その軌跡が豆腐に差し込まれた包丁の如く、階段の塊を両断する。両断された塊が俺達の後ろで爆音を告げた。
「くそがっ、ならこれはどうだ!」
階段の神は高々と上に手を掲げる。すると俺達の頭上に、階段の塊が出現する。それは俺達を飲み込むほどに大きく、突き刺すかのように落下してきた。
「うおおっ!?」
「危ないっ!」
逃げ場無く倒れ込んでしまった俺の元にタワーが駆け寄る。そのままタワーは頭上を見据えると、大きく円を描くようにその塊を斬りつけた。
「な……」
階段の神の表情が驚きに満ちる。俺達の頭上に落ちてくるはずだった塊は丸くくり抜かれ、タワーの左手から出現した剣によって串刺しの形で受け止められていた。
「ふぅー、危ない危ない……」
タワーは口を尖らせて安堵する。階段の塊を剣の先から抜いて投げ捨てると、ぎろりと階段の神を睨み付ける。
「さぁ、観念しなよ……邪神。私には勝てないよ。これ以上の抵抗は止めて、私の剣に斬り捨てられ――」
「――ふふふ」
「?」
タワーが剣を突き付け、階段の神を説得しようと試みる。ところがそれを見た階段の神は不敵に笑みを浮かべる。
「やなこった」
階段の神は突如しゃがみ込み、地面へと両手を付ける。そのまま何かを引き出すように手を上へと持ち上げる。
その手の先に握られていたのは――
「え――」
「あ、味沢さん!?」
タワーと俺は驚きの余り目を見開く。階段の神の手の先には、なんと気絶した味沢さんの姿があったからだ。
「ま、まさかこっちの世界に引きずり込んで……!?」
タワーが慌てて冷や汗を流す。階段の神は味沢さんを自分の手元に抱くと、こちらを舌なめずりするように見据えてくる。
「おっと、動くな」
動こうとするタワーを前に、階段の神は忠告する。
「この女の命が惜しくなかったら――動いても良いけどな」
「くっ……卑怯な……」
階段の神は味沢さんの首元に手を突き付け、脅迫する。その状況を前に、タワーの動きが止まる。
「お、お前……!」
「ふざけるな、ってか? 勝ちゃあいいんだよ。勝てばな!」
そのゲスな行為に、俺も激昂する。階段の神は実に楽しそうにニヤニヤと笑っている。
「形勢逆転だ……おら!」
階段の神が掬い上げるように腕を振る。その手元から出現した塊が、タワーの腹部に直撃する。
「うっ!」
「タ、タワー!?」
「大丈夫……」
その場に膝を付いたタワーに、俺は焦りの混じった声を投げかける。タワーは元気そうに振る舞うが、今の直撃はどう見てもダメージが少ないようには見えなかった。
「ひ、卑怯な手を使うね……」
「褒め言葉ありがとよ。何ならお前も躊躇せずに、斬りかかってきたらどうだ?」
「そ、そんなこと……!」
そんなことは出来ないと、反論の顔色を見せるタワー。それを見て階段の神は怪しい笑みを一層深めた。
「守ってばかりじゃやられちまうぜ。そら、そらっ!」
「うぐぅっ……!」
調子づいたように階段の神は細かい攻撃を続ける。それらを全て無抵抗でタワーは食らい続ける。その痛みに、顔が歪んだ。
「くそっ、味沢さんをなんとか……」
俺はタワーの助けになるべく、前へ出ようとする。しかし、その光景を見て階段の神は俺を標的に見据えた。
「お前には……これだっ!」
階段の神は大きく声を上げると、一際大きな塊を目の前に出現させ、凄い勢いで前方へと繰り出した。高速かつ、質量を持った存在が俺にぶち当たる。そう思った瞬間――
「――っ!」
「なっ」
タワーが俺の前に立ちはだかる。タワーは俺を助けるようにして、塊の直撃を受けてしまう。凄い音と共に、俺達は倒れ込んだ。俺の目の前には、タワーの顔がすぐ側にあった。
「タワー!」
「……良かった……無事だね……」
「お前……」
俺を助けたことに、力なく笑うタワー。その表情を見ていると、頭から血がだらりと垂れる。今の多大な衝撃によるものだった。それでもタワーの奴は、俺を助けられたことに満足しているようだった。
「あっはっは! 人間を助ける神なんざ、神失格だな! とんだお笑い種だ!」
階段の神による高笑いが周りに響く。非常に嬉しそうで、愉快そうだった。
俺はその姿を見つめたまま、地面に手を突いて立ち上がると、口を開く。
「確かにとんだお笑い種だな。人間を人質に取らないと勝てない神なんて、この世に存在したんだな」
「……何?」
俺は階段の神を挑発する。俺の手には武器なんて無いし、味沢さんを助ける有効な手段は無い。だが俺はもう、恐怖という感情が頭の中から消えていた。