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「何が、どうなって――」

「よお」


 俺はいきなり後ろから掛けられた声に、飛び退くように反応する。見ると階段の上から、声を掛けてきた男が居た。


「ほ、星野さん……?」


 視線の先に居たのは星野さんだった。階段の手すりに腕を掛け、こちらを品定めするように見下ろしている。


「下りても下りても……階段しかないぜ。いや、もしかしたら……地獄の底が見えるかもな」


 星野さんはくっくっくっと不愉快な笑みを見せる。明らかに様子がおかしい。普段の星野さんが放つ明るい空気ではなかった。淀んだ、瘴気のような。形容しがたい不穏な存在が、そこにはいた。


「あ、あなたは……」

「ようやく会えたな、“神を具現化させる能力者”」


 萎縮している俺に、星野さんは実に嬉しげに言葉を放った――

 は? 今、何て言った? 神を具現化させる能力者?


「能力者って……俺のこと、ですか?」

「そうだよ。心当たりはあるだろう?」


 戸惑いつつも、星野さんの言葉に動かされて思案する。俺の頭の中には、あいつらの顔が浮かぶ。

 東京タワーの神と、東京スカイツリーの神。あいつらが俺の元に現れたのは、俺が特殊なせいだってことは聞いている。……その、具現化させる能力者というのは。


「俺が、神を……」

「お前が神を呼びたくても、呼びたくなくても、勝手に神という存在を具現化させ、この世に顕現させる。そういう特殊な野郎なんだよ、お前は」


 星野さんは俺を睨み付けながら言い放つ。言葉の節々に威圧感が込められている。


「ああそうそう、俺はこの男とは何も関係ないぜ」

「え?」

「勝手に乗っ取らせて貰ってるだけだ。俺の正体は――」


 星野さんは天を仰ぎ見ると、自分の首元に親指を突き立て、


「“デパートの階段の神”……だ。クソ野郎」


 自慢げに言い放つのだった。


「は? デパートの階段の……神?」


 俺は思わず、聞き返してしまう。なんだ、それ。デパートの階段の神って……。

 でもよく考えてみると東京タワーの神とか、東京スカイツリーの神なんていう、固有めいた神が居るわけだから……今目の前に居るのも、それと似たような存在なのか?


「そうだ。運悪くお前に、最悪の気分で具現化されちまった神だよ。おかげで頭が重くてしょうがねぇ」


 星野さんこと、デパートの階段の神は酷く嘆いた様子で語る。傍から見ても実に不快そうだった。


「それで、デパートの階段の神であるあんたは……俺に何の用なんだ?」

「用……? 決まってんだろ」


 首をぽりぽりと指で掻きながら、デパートの階段の神は俺に鋭い視線を向け


「お前を、殺すため」


 当然のように言った。


「は……?」

「さっきも言っただろ。お前は自分の意志に関係なく、定期的に神を具現化させちまう存在なんだ。時には俺のように最悪な状態で神を呼び出す。俺としちゃあ、さっさとこっから消えて無くなりてぇ訳だ。楽になりたいんだよ。そのために、お前を殺す」

「……」


 デパートの階段の神は星野さんの体で握り拳を作ると、ボキボキと腕を鳴らし始めた。

 じょ、冗談じゃねぇ! 何言ってるんだこいつ。訳がわからない。

 言葉から察するに俺は神に関する能力を持っていて、こいつにとって俺は邪魔な存在だから殺したいと、そういうことなのか。


「なあに、安心しろ。一瞬で踏みつぶしてやる。一瞬だ。俺に身を任せろよ」

「や、やなこった!」

「んあ? お前、俺に刃向かう気か?」


 階段の神はぎろりと俺のことを睨む。その目はゴミか何かを見ているようだった。


「お前に拒否権はねぇよ。決めるのは俺だ」


 その刹那、目の前に位置していた階段の一角が俺を目掛けて、“飛び出した”。


「っ!?」


 俺は咄嗟にそれらを避けるように横に飛び、間一髪で回避に成功する。

 先ほどまで自分が居た場所が瓦礫の残骸のごとく崩れ落ちる。


「な……」

「もう気づいてるだろうが、ここは“神層世界”。言うなれば俺の領域だ。お前は今、俺の巣の中に居るような物だ」


 階段の神はぐるりと周りを見渡し、得意げに言う。

 さっきっから違和感があったが、この場所はおかしい。この空間には、他に人っ子一人居ない。先ほどまであれだけの人が居たにも関わらずだ。要するに、俺は今――こいつの操る空間に閉じ込められてしまっている――?


「くっ!」

「無駄だよ」


 俺は必死で階段を走って下る。階段の神から逃げるように、全速力で離れていく。

 しかし、その行為は実に無残だ。俺が歩みゆく先には、更なる階段が待ち受けている。それを下っていくとまた同じ光景。延々と、同じ所を繰り返ししているような感覚に陥る。出口が、無い。行けども行けども俺の光景には階段が続いているのみだった。


「はあっ、はぁっ……」

「くくく」

「!」


 どれだけ走っただろうか。息が上がり、膝を付いて倒れ込む俺の後ろからあの声――下卑た星野さんの声で、階段の神が笑う。


「な、なんで……星野さんを乗っ取っているんだ?」

「? ああ、なんだそんなことか。都合が良いからだよ」

「都合が良い……?」


 半ば逃げることを諦めた俺は、ふとした疑問を階段の神に投げ付けた。


「この世界で活動するには人間に乗り移る方が楽で、力も出しやすいからだよ。それに……こいつは、この男の体は……最高に俺と相性が良い」

「相性……?」


 嬉しそうに自身の体を見つめる階段の神。さっきまで優しいはずだった星野さんの姿とは裏腹に、怪しい雰囲気が全体から滲み出ている。


「そう、何でもこの男は……過去に絶望しているみたいだな。自分の声質によく似た若造が先にメジャーデビューしてしまい、自己が後追いになった結果……それが大きな夢の障害となり、熱意が冷めてしまったと」

「っ……!」

「新参者の癖に、俺よりビッグな存在になりやがって……そんな想いを抱えたままやるせない日々を過ごし、陰鬱な気分でここまで生きてきたみたいだな」


 階段の神は星野さんの脳内から記憶を引き出すかのように、喋る。


「俺もテメェのせいで散々だ……!」

「ぐっ!?」


 階段の神はいきなり俺の腹に靴先で蹴りを仕掛ける。それを意図していなかった俺は衝撃をもろに受けて、口内から唾液を飛ばしてしまう。


「俺も同じでよ……」


 階段の神は苦虫を噛み潰したような顔をして悪態をついた。


「やれエスカレーターだの……やれエレベーターだの……そういった“新参者”が現れたせいで、俺の利用者はみるみるうちに減った! わかるか? この気持ちが……階段だけで良かったんだよ、人を上下に行き来させる物ってのは! 俺だけで、俺だけで良かった! それなら俺がずっと天下だったってのによ! お前が俺をこんな鬱々とした気分で具現化してくれたせいで、実に不快な気分だ!」


 階段の神は鬱屈とした想いを拳に乗せ、俺の頬にお見舞いする。殴られた衝撃で俺の体は軽く投げ飛ばされた。口の中がヒリヒリする。


「くっそ……俺だって、お前を具現化させたかった訳じゃ……ない……」

「ああ!? 自分は悪いことしてません、ってか。ふざけるな。お前は存在自体が俺にとって迷惑なんだよ」


 階段の神は俺の服の襟元を掴むと、軽々と上に持ち上げる。なんて、力だ。普通の人間では到底出せないような力。これが、神の力……か。


「ぐぅぅっ……」

「謝って済む問題じゃねぇ。土下座しようが、何しようが許さねぇ。……そうだな、許して欲しかったら――」


 俺は上に持ち上げられたまま、奴の近くへと引き寄せられる。まるで野球のボールを投げるピッチャーのように、俺を持ったまま手を振りかざすと、


「――その脳味噌、ぶちまけろ!」

「うあああああああああああああああああっ!?」


 小石を遠くに飛ばすように、ぶん投げられる。勢いよく投げ出された俺の目の先には、白塗りの階段が待ち受けている。ぶつかる。ぶつかって、頭が吹き飛んで――俺は死ぬ。そんな酷い光景が脳裏によぎった瞬間だった。

 俺は、何者かに抱き抱えられる。その柔らかい感触は投げ出された俺の衝撃をクッションのように防ぎ、受け止めていた。

 俺は何が起こったのか、訳が解らずに目線を上げる、と。


「ふぅっ、間一髪! 間に合ったね!」

「――っ、た、タワー!?」


 俺は今日一番の奇声を発する。俺の目の前にはサラサラの金髪、潤いのある緑の瞳。白のタンクトップに色鮮やかな赤のスカート……東京タワーの神であるあいつが、そこにいた。俺を助けたことに、安堵の息を漏らしている。

 タワーの奴は抱き抱えた俺をゆっくりと地に下ろすと、目前の階段の神に対面する。

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