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「ああ、楽しかったね!」


 色々なグループの歌声を堪能した俺は、清々しい気持ちで俺は会場を後にした。会場の外の通路で大きく背伸びをする。


「本当だね。どのグループも良い声してて……すっごく、耳が癒やされた気分だよ」


 味沢さんもご満悦の面持ちであった。二人して気分は有頂天であった。アマチュアとはいえ、色々なアーティスト達の歌声に酔いしれることが出来たのだ。気分は最高である。


「あ、あの人達は出演してた人達だね」

「あっ、本当だ」


 味沢さんが人混みと化した通路の一部を指さす。その先には先ほどまでステージで曲を披露していた人達がいる。周りにはファンであろう人達が幾人も詰め寄っていて、それぞれ話をしているようだ。


「あ――」


 そんな中、俺は視線の先に星野さんを見つけた。同じようにファンらしき人達と会話をしており、盛り上がっている。

 俺と味沢さんは顔を見合わせると、星野さんの周りから人が居なくなったタイミングで近くへと歩んでいく。


「お」


 星野さんは俺と目が合うと嬉しそうに会釈をする。


「来てくれたんだね。ありがとう!」

「こちらこそ、招待してくださってありがとうございました」


 俺は頭を下げながら星野さんに語りかける。


「ステージ、すっごく良かったです。最高でした!」

「私も、とても良い物を見せて頂きました」

「あはは、それなら今日のは大成功だったかな」


 俺と味沢さんはそれぞれ感謝の意を述べる。星野さんもくすぐったそうに表情を和らげた。


「次の出演予定はもう決まっているんですか?」


 味沢さんが興味深げに、星野さんに問いを投げる。


「次、か……」

「?」


 味沢さんの質問に、星野さんはなんだか虚ろげな表情を見せる。


「……ここだけの話、君達だけに話すけど」


 星野さんは声のトーンを若干落とし、俺と味沢さんを見据えた。


「実は俺、もう音楽は止めようと思うんだ」

「え」


 俺と味沢さんの表情が固まる。星野さんは真面目な顔で、続ける。


「君には前にも言ったけど……俺の声は滝上竜一の声色にそっくりで、今後音楽業界での発展は見込めない。やっていくだけ無駄なんだ。だから……俺はきっぱりと、音楽の道から去ろうと思っている」

「そんな……」


 俺は絶句した。さっきまで楽しそうに歌っていた星野さんの口から、そのような言葉が漏れるとは思ってもいなかった。味沢さんもそれは同じで、口に手を当てて驚いているみたいだった。


「……とても、良い声なのに勿体ない……」

「……ありがとう。でも、俺は決めたんだ」


 味沢さんは引退を惜しむように元気の無い声を出す。それを見て星野さんは少し元気を貰ったように微笑む。

 それから俺と味沢さんは星野さんと他愛ない話を繰り広げたが、引退するという発言がショックすぎてあまり内容が頭に入らなかった。



「……残念だね」


 俺達は星野さんと通路で別れ、階段を下っている最中。味沢さんが意気消沈した声を漏らす。


「……うん。でも、星野さんが決めたことなら……仕方ないね」


 俺も合わせたように悲しげな声で返す。……びっくりだった。星野さんが、止める。理由は……実に悲しい物だった。


「星野さんならきっと、音楽を止めても別の道で何か――」


 俺は階段を下りながら、味沢さんに語りかけようとする。が、隣にその姿は見当たらなかった。


「あれ、味沢さん?」


 俺は階段の下、そして上をきょろきょろと見上げる。二十段くらいで折り返しになっている白い階段。そのどこにも、彼女の姿は見当たらなかった。


「っていうか……」


 俺はいつの間にかそばから消えた味沢さんを不思議に思うが、もう一つ不審な点に気がついた。周りに、人が全く居ない。

 俺達は混雑した通路から下りてきた。そのため、この階段にも人がごった返していたはずなのだが――周りには一人も、誰も居ない。それどころか人の気配すら近くから感じられないのだ。おかしい。

 階段を上ったり、下りたりして様子をうかがってみるが、どこにも人の姿が無い。おまけに――


「…………え」


 階段を下った先は、デパートの売り場である広間に通じているはず。が、下りても下りても、階段の繋ぎ目の足場に広間に通じる道が無い。故に俺はいつまでも階段を下っていくしかなく、下っても、下っても……


「終わらない……?」


 階段を下った先には……階段。そのまた先も階段。そのまた先も。

 下れば下る度に次の階段が下に見えて、それをまた下っていくのだがその先には階段があるのみで一向に出口がやってこない。

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