(26)
その後ボウリングの流れはというと、俺と味沢さんが豪達を追いかけるような形になっていった。細井さん、横山君のプレイングはあくまで一般人レベル……といった感じなのだが、豪の奴はストライクを出したりスペアを取りに行ったりで見事に得点を稼いでいった。その結果、俺と味沢さんの総合得点は向こうに比べてやや低い。そのまま最終レーンを迎えてしまった。
「ここでストライクかスペアを出さないと、終わっちゃうな」
「なんとかしないとダメだね……港君、任せて!」
ボウルを投げるのは味沢さんだ。ここで味沢さんがストライクを出すか、味沢さんが倒した残りを俺が全て倒せば、まだ勝算は残っている。ここでの一投が結構な鍵だ。
「神様……お願い」
味沢さんが祈るようにボウルを手にする。……神様か、本当に神様が俺達を見守っているんなら、ここで神の一手を導いてくださるはずなんだけどなぁ。俺の現状の中では、神様という存在は酷く虚ろな物である。
味沢さんは深呼吸した後、そびえ立つピンに向かって足を踏み出す。
「――!」
ボウルが放たれた。味沢さんもここまでのプレイングで大分要領というかコツを掴んだ模様で、ボウルの軌道はいい感じに出発をしてくれた。ごろごろと音を鳴らしながら突き進むボウルの先には、一番ピンが待っていた。
(よし、行ける――!)
俺は内心で喜んだ。この入り方なら、良い感じに倒れてくれる!
「……あ」
しかし、現実は非情であった。確かに、味沢さんの投げたボウルは良い線を行っていたのだが、その倒れ方がまずかった。真ん中を突き進んだボウルはそのまま全てのピンを薙ぎ倒してくれるかと思いきや――なんと、一番左の奥と一番右の奥のピンが、それぞれ残ってしまったのである。
「あああああっ!?」
思わず膝を付く味沢さん。俺もその光景を見て呆然としてしまった。
これは、まずい。
「うっわぁももちー、これはヤバイって! これ倒すのめっちゃ難しいよ!」
細井さんも思わず座っていた席から乗り出して声を掛ける。そう、細井さんが言うとおり、これはかなり難しい。これは狙うにしても、かなりの運が要る。そうそう簡単にはやらせてくれない配列だ。
「ううぅ……ごめん、港君……」
「だ、大丈夫大丈夫! まだ可能性は残ってるから!」
酷く申し訳なさそうにしている味沢さん。俺はなんとか彼女に笑顔を差し向ける。
「秀介、ここは見せ場だぞ」
「やってやれ港! 敵だけど!」
「二人とも……」
豪、そして横山君が対戦相手である俺にエールを送る。そのエールには単なるピンを倒せという意味だけでなく、別の意味も込められているように見えた。……よし、やってみせる。俺はピンを獲物のように睨み付ける。狙いは……端だ、端に当てて、もう片方側へ吹っ飛ばす。だから強い投球が必要だ。それだけを意識して、腕に力を込める。
皆が固唾をのんで見守る中、俺はできる限りの力と制球でボウルを投げ込んだ。
「――ふっ!」
勢いよく飛び出したボウルは右奥のピンに向かい、直進した。しかし……俺は素早くこの状況の不味さに気がついた。狙いが、右に大きい。この軌道のままでは、ピンに当たるよりも先にガーターレーンに落ちてしまいそうだった。その思案は的を得ており、ピンに当たる手前で無情にもガーターレーンに落ちてしまった。
(ダメだったか……)
ところが、球の勢いがかなりのものであったためレーンに落ちたボウルは落ちたときの衝撃で上へとホップする。ホップした球はピンの右腹をごつんと撫で、左側へとはじき飛ばす。はじき飛ばされた右奥のピンは、左奥のピンを横からかっさらっていった。左奥のピンがからんと音を立てながら、転がった。
「……へ」
思わず、変な声を出してしまった。その結果に呆然としたままの俺。
後ろで見守る皆も、どうやら固まっていたようだった。
「お、うおおおおおおおおおおおおお!!」
豪達が歓喜の声を張り上げる。もう絶叫に近い。俺の出した結果に、感動を覚えずにはいられなかったらしい。
「すげぇ、すげーよ! あの状況から倒すとか! 天才じゃね!?」
「ヤッバァ! 港君、超カッコイイ!」
横山君、細井さんは実に興奮気味だった。俺の結果にただただ驚くばかりのようだ。俺も内心は二人以上に驚いているが。豪の方を見ると、満足そうにうんうんと頷いていた。『お前はやる男だと思っていた』と言いたげな面持ちだ。
「港君! やった、やったぁ! すごいよ! もうダメかと思ったもん!」
「味沢さん……」
何よりも喜んでくれていたのは、パートナーの味沢さんだった。目はきらきらと輝いていて、ヒーローを目の前にしたときの子供を彷彿とさせるよう。見ていてこっちのほうが嬉しくなってくるような、気持ちの良い笑顔だった。