(25)
それからというもの。東京タワーの神、そして東京スカイツリーの神は俺の元から姿を消し、現れなくなってしまった。
いや、居なくなってしまったという表現はおかしい。これが普通なんだ。神様なんて、最初から俺の傍には居なかった。その表現が正しい。
神様二人によって目まぐるしく掻き乱されていた俺の日常はようやく戻って来た。戻ったんだ。何も心配することは無い。むしろ僥倖というものだろう。
それよりも、今はこの現状を楽しむほかない。余計な考えは無用だ。
俺は今、カコンカコンと喧噪が鳴り響く場所へとやってきていた。大きく振りかぶった下手投げから放たれる重量のあるボールが、立てられたピンの数々を薙ぎ倒す空間――そう、ボウリング場である。
「よっしゃ、テンション上がってきたー!」
開口一番、元気な声を張り上げて細井さんがボウリング場の受付へと足を運ぶ。今日は豪達が企画をしてくれた遊びまくろう計画の、第一弾である。俺、味沢さん、豪、そして横山細井カップルという、五名でのご来店。
「うし、まずはメンバー分けするよ」
細井さんが先導するように、机の上に置いてあったボールペンを握りしめた。机の上には白い紙が取り出されている。投げるメンバーを登録する、名簿表だ。
「さてさてこの人数だとチーム分けして対戦する方が盛り上がるね。ってことで、私と太一は同じチームにして――」
太一、というのは横山君の下の名前である。
「後は、そうだなぁ。御厨君も私達のチームにしよっか。で、ももちーと港君がチームってことで、対戦しよー」
随分前から決まっていたように颯爽とチーム分けの流れを進めていく細井さん。この手早い流れはあいつによく似ている――と思いかけたところで、思考を止めた。
「うん、いいよ。あ、足引っ張ったらごめんね? 港くん」
「いやいや、それむしろ俺の台詞だって。でもま、頑張るよ」
快く承諾した味沢さんは俺の方に首を向けると、少し心配そうに告げてくる。その恐る恐るな様子も、実に可愛い。……き、来て良かった! 彼女の着ているクリーム色のチュニックもその可愛さをより引き立てている。
「豪……負けねぇぞ。今日は俺が圧勝してやるぜ!」
「おいおい、戦うのは俺じゃなくて秀介達の方だからな?」
拳を握りしめ、宣戦布告をする横山君。豪はやれやれと肩をすくめた。
俺と味沢さんが組み、他三人が敵となったわけで……この勝負、勝つには俺の得点はかなり大きなウェイトを占めそうだ。こんなところで味沢さんに情けない結果は、見せられない、見せたくない。
それぞれ思いを胸に、プレイ用のシューズやボウルなんかを取りに行く一行であった。
■
「き、緊張する……」
各種道具を取り揃えた俺達は指定のレーンへと落ち着くことになった。左のレーンと右のレーンをそれぞれ二チームで陣取り、今まさに第一投目が開始されようとしている。第一投目は誰かというと、味沢さんであった。肘を曲げてボウルを胸の前に抱き抱えた状態で静止している。こちらからは後ろ姿しか見えないけど、初っぱなということで落ち着かないようだ。
「ももちー! 焦らず真ん中に投げれば平気だよ!」
「期待してるぜー!」
「肩の力を抜くんだ!」
「味沢さん、頑張って!」
体が凝り固まっていそうな味沢さんに、後ろからみんなで声援を飛ばす。それを聞いて味沢さんは意を決したようで、ゆっくりと動き出す。足を前へと踏みだし、右手に持ったボウルを後ろの方へと軽く振りかぶり、真っ直ぐに手を放り出す――
「――!」
そうして、動き始めた味沢さんのボウル。ボウルの軌道はストレート一直線に床を転がっていき、一番ピンへと見事に吸い込まれる――
かと思いきや、放たれた直後にコースの右側へと直進し、コース沿いの溝へガコンと音をならしつつ、落ちた。
「あ」
恐らく全員がぽかんと口を開けてしまったことだろう。味沢さんのボウルはゴロゴロゴロと鈍い音をたてながら溝の上を突き進んでいった。そしてコース最奥の中へと潜り込んでいき、消えた。ガーター、失敗である。事実上の、0点。
「う……うわあああっ!?」
味沢さんはその結果を見て、頭を抱えて振り向く。焦りと戸惑いが混同した表情だ。
「み、港君! ごめん! 私、いきなりやらかしちゃった!」
「あ、あはは……大丈夫だって。俺が何とかするよ」
酷く取り乱している味沢さんを前に、俺は笑顔で応対する。……もしかして、味沢さんってボウリングが下手? いや、言っても女の子だしな。まだ最初だし、別に珍しくもなんともないだろう、うん。
「最初から面白い展開になってきたな!」
横山君がケタケタと笑っている。次は俺の投球だ。味沢さんのミスを、なんとかカバーしなくてはならない。ボウル置き場の持ち玉を意味も無く汚れ取りのタオルで拭き、入念に準備する俺。ボウルの穴へと指を通し、ピンの方を見据える。
「ふむ……」
味沢さんが倒すことが出来なかったたため、残っているピンはフル。
特に難しいことを考える必要は無い。とにかく真ん中を狙うだけ。
俺は一呼吸した後、足を前に踏み出し、助走もそこそこに、握手を申し込むかのような手つきでボウルを振り上げた。
放たれたボウルは直進し、かつ一番ピンの少し右側に入るような軌道で突き進んだ。やがてボウルがピンに到達し、十本のピンを巻き込んではじき飛ばす。ピンがはじけ飛ぶ際の小気味よい快音が辺りに響き、残った結果は――
「おおっ!?」
その結果を見て、周りのみんなが驚きの声を出した。ピンは炸裂するようにそれぞれを打ち倒していき、床上のピンは全て倒れ伏せていたのである。
「やったぜ!」
思わずガッツポーズをする俺。気分も爽快なまま、みんなの所に戻っていく。
「すごい、すごい! 私一本も倒せなかったのに、港君のおかげで全部倒れたよ!」
興奮冷めやらずな顔で味沢さんは両手の平を前に出す。俺は充実した面持ちでパチンと手の平タッチを返した。さすがに女の子の手だけあって、俺より一回り小さい。
「っかー、やられたな。流石は秀介だ。出だしから好調だな?」
「ふふ、ボウリングにはちょいとばかし自信があるからな」
してやられたという風に頭を抑える豪。俺はボウリングはそう下手ではない。むしろ得意な方だと言ってもいいだろう。大体狙ったところに玉は放れるし、味沢さんみたく……というと可哀想だけれど、ガーターを出すこともない。
「港君! 次は私も頑張るから! 今度は私も港君みたいにやるよ」
今度こそやるぞと、ガッツポーズする味沢さん。その仕草も実に可愛いなぁ……と、頬を緩ませていてはいけない。まだ勝負は始まったばかりだ。ここからなんとか味沢さんをフォローして、格好いいところを見せていこう!