(22)
「……え?」
「……はい?」
「……何?」
俺、タワー、スカイツリーの三人は味沢さんの一言に、思わず聞き返してしまった。
「ああごめんなさい。滝上竜一というのは、今大人気の若手アーティストの名前です。知ってますか?」
味沢さんは嬉々として質問をする。自分の趣味の話ができてすごく嬉しいのだろう。
しかし、俺達はその言葉に豆鉄砲を食らったような心境だった。
「……え、ええと……」
「知ってるも何も……」
俺は対面しているスカイツリーと目を見合わせた。二人して挙動がどこかおかしい。聞き取った言葉に体がついていっていない、というような感覚である。
「奇遇だねぇ、ももちゃん!」
いきなり身を乗り出すように前へ出たタワーに、がしっと両肩を掴まれた。
「こちらの港秀介くんは、滝上竜一の大ファンらしいよぉ! ってことはももちゃんと同じだねぇ! ということは、お互いに話が合っちゃったりするんじゃないかな! だったら毎日の会話も楽しいんじゃないかな! だから連絡先の交換とかするといいんじゃないかな!」
実に明るい声であるがかなりの棒読みで、タワーこと田和さんは語り出した。
「港くん……滝上竜一、聴くの?」
味沢さんは興味津々に、しかし恐る恐るといった風に聞いてくる。
「う、うん。聴くよ。ライブDVD持ってるし、この前は生のライブ見に行っちゃったし」
「えええっ!? 本当!?」
味沢さんは物凄く驚いていた。同時にかなり嬉しそうである。趣味が同じ者同士というのは、出会うと実にテンションが上がる。趣味が同じというのは、人と人が繋がるにおいてかなりの重要性を持つことなんじゃなかろうか。俺も味沢さんが同じ共通の趣味を持っていたということに、驚きを隠せない。
「ライブDVDは私も買ったよ! ライブはチケットが取れなかったけど……いいよね、熱いよね! 私は『Don't give up!』で滝上さんが腕を空に掲げるところが大好きで――」
「ああっ! あそこはいいよね! 俺も思わず一緒に腕を掲げちゃったりして――」
趣味の空間に包まれた俺と味沢さんは、時間を忘れるように語り始めたのだった。
■
「やったね、秀介!」
「まさか味沢さんと連絡先を交換できるとは……」
教室までの廊下を歩く俺は、心がほくほくしていた。あれから、共通の話題で大いに盛り上がった俺と味沢さんは、流れで携帯の番号とアドレスを交換するに至ったのである。田和透子さんこと、東京タワー……お手柄である。
「これでお友達の関係になったわけだし、後は色々と楽しくやるとよいよ!」
「タワー……俺は、お前を見くびっていたようだ」
俺は謝罪の念を告げた。今回ばかりは、お前に助けられた。なんだかんだで、お前は凄い。その行動力は褒めてやらねばならない。俺と味沢さんという、単なるクラスメイトから、お前は二人を趣味が共通のお友達にまでランクアップさせてくれた。その功績は、東京タワーの神であるお前がいなければできなかったことだ。
ちなみにタワーとスカイツリーも連絡先の交換を求められたが、タワーは携帯電話を持ち歩いていると目が悪くなりそうだから持っていないという、お前はイチローかとツッコミたくなるような理由で却下。スカイツリーは人と人との会話は実際に対面して行うべきだという、ワイルドな理由でお断りした。ワイルドな人間は割と携帯を持ち歩いている印象があるが、まあそこは深く触れないでおこう。
「いやぁ、タワー、本当にお疲れ様だったな。それからスカイツリーも。よくやってくれた」
「……」
「……スカイツリー? どうした?」
「別に、なんでもないのだ。良かったな。大事にするがいいのだ」
「お、おう?」
スカイツリーの反応は他人事のように薄かった。まあ実際、他人事なわけではあるが。
なんだか話しかけるときすごく不機嫌な感じに見えたが……気のせいだろうか?
教室に戻り、席に着く。俺は携帯を手に取り出すと、電話帳を開いてみた。
味沢もも
彼女の名前がある。マジで、連絡先を交換したようだ。なんかこうやって確認しているのがすごく気持ち悪い感じがするけど、俺はそれくらいに感動している。行動するというのは実に大切なことなんだなぁ。タワーに教えてもらった気がする。
「秀介、なにニヤついてんだ?」
急に声を掛けられて、びくりと反応を見せてしまう俺だった。声の主は、御厨豪こと、豪であった。
「い、いや、なんでもないよ。至って普通だよ」
「そうか? ぜんぜん普通には見えなかったぞ。秀介ってわかりやすいからなぁ。さては、何かいいことがあったんだな?」
思いっきりバレていた。彼の目は誤魔化せない。若干付き合いが長いせいもあることだろう……俺って、わかりやすいのか? もしくは豪の目がすごいのだろう。微細な変化を読み取る能力に長けているんだろう、と思いたい。
「まあ、あんまり詮索はしないけどさ。なんか悩みとかあったら、是非とも相談してくれよ」
「あ、ありがとう」
豪は毎度のことながら爽やかであった。爽やかでありながら、話すことは面白いし、頼りがいもある感じ。そんな彼を前に、俺は打ち明けてみてもいいかもしれない、そう思った。
「じゃ、じゃああのさ……ちょっと相談があるんだけど」
「おっ、どんな相談?」
豪は次の言葉が早く欲しそうに目を輝かせていた。
「き、気になる女の子と仲良くなりたいんだけど……どうすればいいかな?」
「……」
口に出すのは実に恥ずかしかった。言いながら顔が若干赤くなったかも知れない。
俺の言葉を聞いて、豪は顔の表情が固まる。な、なんだ?
「秀介……是非とも、その詳細を聞かせてくれ。任せろ、俺は全力でお前をサポートしてみせる」
「ご、豪……」
豪はどうやら、俺の相談に胸を打たれたみたいだった。まるで自分のことのように頼もしげな顔をする。俺に春が来たことが、豪は本当に嬉しいみたいだった。
「お相手は、誰なんだ?」
「え、えっと……」
豪は単刀直入に聞いてきた。自分の気持ちをさらけだすようで、実に恥ずかしかったが、俺は豪の耳に口を近づけると、味沢さんの名前を出してみた。
「おおっ、そうかそうか。へぇえ……なるほどな。……ん、待てよ? …………。秀介、もし良ければ、俺にちょっと任せてくれないか? ちょっとしたアテがある」
「な、なんですと?」
「ちょっと協力を頼めそうな人が居るんだ。あんまり言い回るのもあれだけど、何人かにこの事実を告げて協力者を増やそう」
「あ、ああ。豪がそう言うなら」
「秀介、こういうのはな……周りから攻めていくんだ」
実情を元に戦術を組み立てていく豪。その姿は実に頼もしかった。豪ならなんとかしてくれる、そういう感じがした。あんまり周りに頼りすぎるのもどうかと思うけど、今の俺は任せてみたいと思っていた。
改めてみて感じた。俺の周りには、良い人が多い。