(21)※挿絵あり
「それではせっかくのお昼ですし、ご飯にしましょうか」
仕切り直すように味沢さんが提案した。
俺と味沢さんはそれぞれ持ってきた昼食の類をごそごそと取り出す。
一方、タワーとスカイツリーは、固まっていた。なんか動きが静止している。……どうした?
壊れたロボットの様に頭をぎぎぎと動かすスカイツリー。その視線の先にはタワーが笑顔で冷や汗を流していた。
俺はその二人を見つめたまま熟考すると、一つの結論に辿り着いた。
(お前ら、弁当も無いのか――――――!?)
そういえばこいつら、昼食会に参加するくせに何も食べる物を持ってきてねぇ!? 神様二人にとって、食べ物とは嗜好品みたいなものらしい。つまり人間にとってのコーヒーやタバコみたいなもんで、別段取らなくても平気っちゃあ平気とのこと。そのため神様二人は朝飯は食うけど、昼飯は普段から何も持参していなかった。もちろん、今日も。
俺は先ほど豪に『今日は別口で食べる』と告げたついでに、母さんお手製の弁当を取り出して持ってきたわけだけど……。
「あ、あの……お昼ご飯は?」
どう見ても手ぶらのタワーとスカイツリーにさすがに味沢さんも心配になったようで、戸惑い気味でタワーこと、田和さんへと声を掛けた。
「あ、あっはは! あはははは! いやぁじっつはねぇー、最近ちょっと食べ過ぎちゃってて、胸の方に肉ばっかり溜まっちゃってるんだよぉ! そんで痩せなくちゃいけないからダイエットしてるんだよねぇ! だから今は絶賛断食中でして、お昼は何も食べないことに決めてるんだぁ!」
「なのに私を昼食に誘ったんですか!?」
目玉が飛び出てもおかしくないぐらいの驚愕っぷりを見せる味沢さんだった。そりゃそうである。
「す、須貝さんは……」
続けて味沢さんは、タワーと同様に何も持ってきていないスカイツリーの方をちらりと見やる。
「わ、私は――」
スカイツリーはその状況にしどろもどろになりながら、どうやら必死で言い訳を考えている様子だった。
ここまで連れてこられたスカイツリーはある意味、被害者である。
「私は――――忘れたのだ」
真っ当な言い訳だった。ワイルドだ! いさぎよい!
ぷるぷると体を震わせて猛烈に悔しそうな顔をしている……。スカイツリーよ、お前の気持ちは痛いほどに理解できるぞ。
「そんな……。……ええっと、ちょっと待っててください」
二人を見かねたように味沢さんは、手持ちの昼食入れにごそごそと手を入れていた。そして取り出された手には、なんと白い米と海苔の集合体……つまりおにぎりが、二つ。それらを笑顔でスカイツリーの元へと差し出した。
「はい、これ食べてください」
渡されるまま、素直におにぎりを一つ受け取るスカイツリー。
「はい、田和さんも。例えダイエットしていても、なんにも食べないのは体に良くないですよ」
味沢さんは少し叱るような口調でタワーにもう一つのおにぎりを差し出した。
タワーも目を丸くしながら、言われるがままに受け取る。
タワーの目、そしてスカイツリーのサングラス越しの瞳から、一筋の涙が流れた。
…………涙!?
「ううっ…………ごめんねぇももちゃん…………ごめんねぇ…………」
「この温情に満ちた気遣い…………心に染み渡るのだ…………」
「ああっ、お二人ともそんなに気にしないでください」
声を詰まらせながら涙を流す二人に、今度はハンカチを取り出す味沢さん。神ともあろう二人が、一人の一般人にたいへんお世話になっていた。
……ほらな、前に言っただろう。実際にその立場になったら、めちゃくちゃ感動するって。忘れた飯を恵んで貰えることがどれだけ嬉しいことか。
実際、味沢さんを騙してここまで連れてきたというのに……これだけお世話になったら涙も出てくるというものかも知れない。
二人は涙を流しつつも、もぐもぐとおにぎりを口に運んでいた。
「あ、味沢さん。そんなにあげちゃって、自分の分は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。まだたくさん食べる物はあるし。気にしないで」
思いやりに満ちた表情でわずかに笑う味沢さん。やっぱり味沢さんは天使であった。いや、神といっても差し支えない。とりあえずこの東京タワーの神と東京スカイツリーの神よりはよっぽど神らしかった。
■
「失礼ですけど、田和さんは外国の血が混じっていたりするんですか?」
タワーとスカイツリーの嗚咽も落ち着いた頃、味沢さんからタワーへと質問が投げかけられた。
「何故そう思うんだい?」
「名前が日本人そのものなのに、目も髪も日本人離れしたように綺麗ですから……そう思っちゃいました」
「そっかぁ。うん、実はクォーターなんだよ。おじいちゃんは日本人なんだけど、おばあちゃんがイギリス人でね。だからこんな見た目になっちゃったんだぁ」
「うわぁ、なんだかすごいですね。そういうのって、憧れます」
得意げに髪をなびかせるタワー。こっちとしては余計な設定を追加しないで頂きたいところだが、まあ仕方が無いか。話は合わせて貰わないと。
「…………」
続けて味沢さんは不思議そうに、スカイツリーの目元を見ていた。
「む。ああ、これか。これは私のポリシーなのだ。好きで掛けているのだ」
味沢さんの視線を悟り、かちゃりと自身の掛けているサングラスを掴むスカイツリー。どうやら味沢さんの視線はスカイツリーのサングラスに向けられていたようだ。そりゃまあ、校内で常時サングラス掛けている女子生徒って気になるよな……。
「あ、そうなんですか。良かった……もしかして目が見えない方だったりするのかな、とか考えてしまって……触れない方がいいかなと思ったりしたんですが」
「ん、そうか。いやいや、全然そんなことは気にしなくていいのだ。私は至って健康体なのだ。気を遣わなくても平気なのだ」
スカイツリーの報告を受けてほっとする味沢さん。
そうか……今まで気がつかなかったけど、いつもサングラスを掛けているって、見方によってはそう捉えることだってあるよな。俺が不謹慎なだけかも知れないが、そういう発想に至ったことは無かったな。そこに気がつくとは、さすが味沢さんだなぁ。
……まずい。なんかさっきっから、味沢さんは神様二人とばかり喋っている。見た目が目立つぶん、話題のネタも膨らんでいる感じがするし。そもそもこの作戦は俺が味沢さんと近づくためのものなのに、神様二人が味沢さんと仲良くなってどーすんだという話だ。
「えっと、ももちゃんは何か好きなこととか、あるー?」
タワーが新たな話題を持ち出した。もしかしたらタワーの奴、こう見えて色々と気を利かせてくれているのだろうか。だとしたらありがたい。半分女子会みたいになっているこの空気に、なんとか入り込みたいんだけど……。
「好きなことですか? そうですね……ちょっと恥ずかしいんですけど、寝ることが好きですね。最近は就寝時に気分を落ち着かせるためのアロマキャンドルとかにも手を出し始めていて――」
好きなことを聞かれて、自然と嬉しそうに語り出す味沢さん。アロマ……か。残念なことに俺は香りとか、そういうのには全く持って知識が無い。なんか少しでも知識があれば、それに乗っかって話が膨らみそうな気がするんだけど……残念ながらお手上げの分野だ。女の子の趣味に話を合わせるのって、案外難しそうだ。
「後は……音楽を聴いたりとかですかね」
「ふぅん。どんな音楽を聴くの? ポップ? ジャズ? クラシック?」
悩みながら答える味沢さんに、捲し立てるように言うタワー。タワーの良く回る口は、相手の話を引き出すことに向いている模様だ。
「えっとご存知ないかも知れないんですけど……私、滝上竜一っていう方のファンなんですよ」