(20)※挿絵あり
昼休み。
学生達にとって憩いの時間であり、昼食に勤しむという由緒正しき時間である。
クラスの人間達は机を固めて喋り出したり席を立ったりと、思い思いに行動を繰り広げている。
そんな中、今回のターゲットである味沢さんも席を立った。手を洗いにでも行くつもりだったのだろう。
その瞬間をタワーの奴は見逃さなかった。目を光らせたと思うと一目散に彼女の方へと近づいていく。俺とスカイツリーも渋々と、その後ろをついていく。
廊下の一画、人気の少ない場所でタワーは味沢さんの前へと姿を現し、フレンドリーな佇まいで語りかけた。
「こんにちは! 初めまして!」
「えっ? あ、はい。こちらこそ、初めまして」
いきなり見知らぬ人に声を掛けられてちょっとびっくりしている味沢さん。戸惑いの表情が見て取れる。
そりゃそうだ。見知らぬ人間……ていうか、この学校の生徒ですらない。というか人間ですらない、神だし。おまけに金の長髪、碧眼というちょっと日本人離れした容姿に面食らうのも仕方ないことだろう。
「えっと実はですねぇ、私、つい最近この学校にやってきた三年生の者なんです! 日本に来て間もないのもあって、こっちの勝手がよくわからないんですよ! おかげで友達も少なくって――クラスでも馴染めなくて困っているんです。そういうことで一緒に昼食を食べるお友達もいないので色々な人に声を掛けて回ってるんです……。というわけで、私と一緒に昼食をとりませんか!?」
なんだそりゃ。
クラスに馴染めないコミュニケーション能力の人間がなぜ色々な人に声を掛けて回れるんだ。
ぺらぺらと動く口で喜怒哀楽を豊かに表現しながら、タワーは味沢さんにお願いを申し出た。
いきなりのまくしたてに味沢さんは目をぱちぱちさせながら固まっていたが、事情を頭の中で飲み込むと、
「いいですよ」
天女のような笑みを見せてくれた。な、なんといういい子なんだろう、味沢さん。
「あ、でも私は普段から昼食を一緒にとっている友達が居るんですけど……その子も呼びましょうか?」
「ううん、呼ばないで欲しいな! じゃまも――あんまり人が増えると、私すごく人見知りするタイプなんでテンパっちゃうと思うんだぁ。だからやめてね! 一人で来てね!」
「え。そ、そうですか……わかりました。じゃあ、友達に事情を話して来ますね」
「ごめんねぇ」
人見知りがなぜ見知らぬ人に声を掛けた。
……ツッコミはおいといて、事情を理解した味沢さんはクラスの方へと戻っていった。なんだか彼女の良心を騙しているようですごく悲しい気分なんだが。
「……タワー、大丈夫なのか?」
「大成功だよ! これで味沢さんとの昼食会に漕ぎ着けられたわけだからねぇ。後はなんとかして秀介との距離を縮めさせれば完璧! 半ば目標は達成したようなものだよ」
信じられない。信じられない……。
そのなんとかして距離を縮めるというのが最難関な気がするが、そこは俺としても何かと行動すべきな点だろう。ここまでタワーがやってくれたということに感謝しつつ、俺自身がなんとかしなくてはならない部分だ。頼ってばかりはいられない。
「で、この昼食会にもちろん二人とも参加すること! いいね」
「よし。最後まで頼むぞ」
「この作戦は一体何なのだ……」
意気込む俺とタワー。そして冷や汗を垂らすスカイツリーの姿があった。
■
「よく来てくださいました!」
「こちらこそ、招いて頂いて嬉しいです」
あれから友達に事情を話して来たという味沢さんを引き連れて、俺達四人は校舎の外へと足を運んだ。
高校の敷地内、中心部の緑が多いエリアに二人掛けの木造チェアーが置いてある。それが二つ対面するように置かれているため最大四人が座れる作りになっている。生徒達がちょくちょく利用する休憩場だ。
味沢さんの向かいにはタワーが座っている。そして味沢さんの隣にスカイツリー。俺はスカイツリーの向かい。つまり、俺と味沢さんは対角線上に座る形になった。
女子三名、男子一名というアンバランスな布陣が一堂に会することとなる。
「港くんも呼ばれたんだね?」
「う、うん。ど、どうしても一緒に昼食を食べて欲しいって頼まれちゃって、仕方なくというかなんというか……成り行きで」
「そっかぁ。私と一緒だね」
こんなわけのわからない集まりに呼ばれた味沢さんの顔は実に楽しそうである。……眩しいなぁ。ますます気の毒な気分になってきたよ。ごめんね、味沢さん。
「そういえば名乗ってませんでしたね。私、味沢ももって言います。味覚の味に、川で使われる沢という字で味沢です。下の名前のももはひらがななのが特徴ですね」
「味沢ももちゃんって言うんだねぇー、美味しそうな名前だねぇ」
初めましての挨拶を添えて、味沢さんは自分の名前を告げた。受け答えするタワーの顔は実に締まりがない。……頼むからボロを出さないで欲しい。
「あはは、そう言って貰えるとなんだか嬉しいです」
タワーの迷言にもとても良い反応を返す。味沢さんは実にいい子だった。
「お名前はなんておっしゃるんですか?」
「名前? 名前かー、名前はねぇ。えーっと、名前――」
にへらにへらと笑っていたタワーだったが、唐突に笑った顔のまま硬直した。
……名前? ……名前だと? ……。
ねぇ! よく考えてみたら、名前ねぇ! 東京タワーだもん、こいつ!
「え、えっと。名前は……」
「はい」
微笑んだままで、乾いた笑いを響かせるタワー。明らかに動揺しているのがわかる。
味沢さんはタワーの名前を心待ちにしている模様だった。
「あ、あのね味沢さん! この人の名前、透子! 田和、透子! たわとうこ! 田園調布の田に日米和親条約の和! あとは透明の透に子供の子! それで田和透子さん!」
「田んぼの田に、平和の和で田和さんであってるよね?」
「そ、そう」
焦りに焦ってわざわざ遠回りして告げた字を、味沢さんは実に単純に拾ってくださった。泣ける。
感謝しろ、東京タワー。タワー→塔→透と連想した物だ。もちろん田和という名字もタワーからだ。適当以外のなにものでもない。
「え、えっと……そちらのサングラスの方は――」
「こ、こっちは須貝樹里さん! 那須与一の須にアサリとかの貝! 樹木の樹に、里山の里! それですかいじゅり! わかった!?」
「う、うん。すごいね港くん。さっき会ったばっかりなのにもう覚えたんだね?」
「記憶力には自信があるんだ! あはは!」
さっきより大分簡易的な表現をしたがめっちゃ適当に作ったものだった。おかげでスカイツリーにめっちゃくちゃ語呂が近くなったような気がするが、大丈夫だろうか。ばれねぇか、これ。
「田和さんは三年生の方でしたよね。私と港くんは二年生。えっと、須貝さんは――」
「えっと、私はいち――」
味沢さんは場の雰囲気を保つのがとてもお上手だった。振った話題は学年がいくつかというもの。唐突に振られたスカイツリーは言葉を濁し、若干の間を置いて返答をする。
「…………三年なのだ」
張り合った! 三年だって言いやがった! 見た目どうみても小中学生なのに!
答える前にちらっとタワーに目線を向けていた辺り、どうみてもライバル意識だった。そりゃまあタワーは三年といっても差し支えない感じがするが、ツリーははっきり言って小学生と言っても通じそうな見た目であるからなぁ。
味沢さんの表情を見ると“一年生じゃなかったんだ……”という驚きと焦りの顔をしている。
どこまでも珍妙な昼食会である……。