(19)
「秀介……いま、何て言った?」
タワーの奴は目を見開き、信じられないといった様子で俺に問い掛ける。
体も小刻みに震えている感じがする。
「いやだから……普通の大きさが良いって。大きすぎるのもどうかと思うし、かといって小さいのも……だから、俺は中間が好きだ」
俺はアベレージを選択した。
確かに世の中には大きいのが好きな人も居れば、小さいのが好きな人も居るだろう。そういうのと同じで、俺はミドルを好む。中ぐらいこそ、全てのバランスが整っていて綺麗だと、そう思う。
「中間が好きか――――見る目の無い男なのだ。私は失望したのだ」
「それだけで!? 俺何も悪いことしてないよな!?」
やれやれと肩をすくめるスカイツリー。裏切った末端のヤクザを切り捨てる幹部のようなあしらいかたである。
確かに、俺の返答は悪く言えば中途半端――と言えるのかも知れないが、それだって立派な答えだろう!
中ぐらいというものは、常に平均だ。平均ということは、それだけ絶対数が多いという証拠に他ならない。つまり、俺の求める物は常に世界で一番多く溢れているということになるわけだ。大多数の主張ってことになるんだ。普通主義、最強ってことだ。
「――ってことは、あれだねぇ。秀介は“味沢ももちゃん派”ってことか」
「なんでそーなるよ!?」
「彼女、見たところ普通サイズのおっぱいだったからねー」
「よく見てるなお前は……」
どうやら普段から教室内をぶらぶらしているのは、こういうどうでもいいところに活用されているようである。
「じゃあ秀介、発想を変えよう。秀介は普通のおっぱいの持ち主である味沢ももちゃんが好きである。……ここまではオーケーかな?」
「まあ、間違ってはいないけどさ。随分と頷くのが不服な問いだな」
「私達もご存じの通り、秀介は味沢ももちゃんが好きなわけである」
「お、おう」
なんか誰々が好きですって、面と向かって言われるとすごい恥ずかしい。
頬の辺りがとてもむず痒くなる。
「そこで、だよ。もし、秀介と味沢さんがくっつくなんていう、素晴らしい出来事が東京タワーの神様によって成功したのなら――――秀介は迷うまでもなく、東京スカイツリーよりも東京タワーの方が良いものだと思うよね?」
「な、なんだって?」
「ふふふ。思うよね?」
「そ、そりゃあ魅力的な提案な気はするけど……お前、神の力で恋を成就させるのは無理だとか言ってなかったか?」
「うん。直接は無理」
言いながらタワーは両手の人差し指をクロスさせて×印を作る。にんまりと頬を緩ませながら話を続けていく。
「だけどね、間接的には色々出来るってわけだよ。直接が無理だとしても、東京タワーの神様であるこの私が、秀介のために一肌脱げば……やれないこともないってことさぁ!」
「随分と自信満々だな……」
根拠があるんだかないんだか、よくわからない感じの彼女であった。
つまり、タワーは恋のキューピッド的な役割になってくれるということだろうか。
……うわー。全然成功しそうにない気がするぞー。おまけに恩着せがましい感じがするぞー。大丈夫なのか、これ。
「となったら、作戦を決めないといけないね。待っててね秀介。明日の学校を楽しみにしているといいよ! 東京タワーの神様は頼りになるってところを、見せてあげるから!」
鼻息荒く豪語するタワー。自信満々のようである。……心配だ、心配しかない。
「と、タワーの奴は言っているが。スカイツリーはどう思う」
「なんで私に振るのだ。知らん。まぁ、せいぜい大失敗でもかますといいのだ。そうしたら秀介も東京スカイツリーの方が素晴らしいと気づくはずなのだ」
……そこはやっぱり、譲れないんですねぇ。
タワーに任せるというのはなんとなく心配なんだけれども、考えてみると……現状で俺と味沢さんの距離はまるで進展しそうにない。待ちの姿勢ではなかなかチャンスというのは巡ってこない物なのかも知れない。
ここは一つ、神頼みもありか。……神だけに。
俺は不安ではあったが、とりあえずタワーにやれるだけやらせてみることにした。
そして翌日がやってくる。
いつも通り、何の変哲もない学校の一日。――に普通ならばなるはずなのだが、今回はひと味違った。
それが訪れたのは一時限目の授業の時である。教室の中で生徒達が黙々と授業を受け続ける中、タワーの奴は行動に出た。
別に自分の姿が見えている訳でもないのに、まるで忍者のように足取りゆっくりと、教室の前の方にある味沢さんの席まで歩み寄ったタワーは、彼女の机に手を突く。
そしてそーっと味沢さんの耳元に口を近づけた。
「そなた、味沢ももは港秀介を好きになーる。好きになーる。好きになーる――」
そして呪文を唱えるように何度も告げた。静かな教室の中にタワーの声だけがこだまする。
……この声、本当に聞こえるのは俺だけなんだよな。クラスの人間にもし、聞かれでもしてたら大変どころじゃないぞ。責任は取ってくれるんだろうな。そこんとこどうなんだ、神様さんよ。
「何をしてるのだ……」
「おいスカイツリー。あいつは一体、何をやってるんだ?」
「見てのとおりなのだ。ただ単に、聞こえもしない声を耳元で囁いているだけ……なのだ。何をやってるかなんて、むしろこっちが聞きたいのだ」
「じゃあタワーの奴は無意味なことしてるって訳か?」
「無意味と言えば無意味だが……ただ、あの子は普通の人間に比べると神を認識できる能力に長けている様子なのだ。もしかするとだが、サブリミナルのようなわずかな効果はあるかも知れないのだ」
「……マジで?」
「保証は出来ないのだ」
頬をぽりぽりと掻きながら、スカイツリーはかぶりを振る。
見た感じ、タワーの行為は本当に微々たる結果しかもたらしてくれないように見える。……やっぱり、期待するのがおかしいってもんか。
「さあ、次の作戦だよ。今度は二人にも協力してもらうからね」
タワーが次の作戦とやらを持ちかけてきたのは昼休みの時間が始まる少し前だった。
二人というのは、もちろん俺とスカイツリーのことだ。
「何でお前の協力を私がしなくちゃいけないのだ」
「細かいこと言うなってー。貸しイチだよ貸しイチ。とにかく合わせてくれるだけでいいから」
スカイツリーの言うことももっともである。そんなスカイツリーを押しのけるように、タワーは自らの考えに俺達を巻き込む様子だ。俺もしょうがないから、彼女に乗ってやる形となる。
「よぅし、ではまず第一段階の準備。――――でやっ!」
タワーが目を閉じ、何かに集中するように念じると……彼女の体からまばゆいばかりの光が溢れた。その光が収束して体の中に収まっていったかと思うと、変身した魔法少女みたいに、彼女の衣服は別の物へと変化していた。
その衣服は……
「う、うちの制服!?」
「ご名答。なかなか似合ってるでしょ?」
なんとタワーの奴は、我が校の制服である濃紺のセーラーとスカート姿になっていた。サイズもばっちり合っている模様である。これまた神様の得意とする擬態って奴なのだろうか。
「ささっ、スカイツリー。あなたもこの姿に変身するんだよ」
「な、なんで私が……」
「いいからいいから」
半ば強引に提案するタワー。
ぶつくさと文句を垂れるスカイツリーだったが、渋々と何やら念じ始めると、タワーとはベクトルが違う、闇のような黒い光に包まれる。そしてその光が収まっていくと、同じようにスカイツリーもうちの制服姿になっていた。これもまた、スレンダーなスカイツリーの体型によく合致したサイズだ。
ひらひらしたミニスカートの下からは白いすらっとした足が覗く。そういえばスカイツリーの奴はいつもジーンズを着ているから、なんかこう生足というのは新鮮――
「じろじろ見るんじゃないのだ!」
「……すみません」
神様に頬を赤らめて怒られてしまった。これ以上セクハラまがいの視線を向けると噛みつかれそうである。
「ったく、これでどうするつもりなのだ」
「ふふん。ここからが私の腕の見せ所だよ」
タワーの奴は悪い顔でにんまりと微笑んだ。