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 俺達三人はぐいぐいと引き寄せられるように、声の元へと急いだ。

 耳を穿つ、明瞭かつ繊細な歌声。

 辿り着いた先に存在するのはもちろん、滝上竜一その人――――

































 では、なかった。








「え……誰だ?」


 俺達の目線の先に存在していたのは、全くの別人だった。

 茶色に染められた潤いのある短髪。若干くたびれた感じのさせる風貌がワイルドで、男らしい顔立ち。滝上竜一よりもいくつか年上であろうという風貌……見た目は三十代といった感じだ。

 大半の人間は素通りするものの、幾人かの人達が足を止めて一様に男性の声に酔いしれている。

 腕に抱えた赤茶色のアコースティックギターが小気味よい音を掻き鳴らし、男性の口からは滝上竜一と聞き紛うほどよく似た美声が。


「すごいねぇ、そっくり」

「ああ。びっくりするぐらいに似てるな」


 隣で驚きつつも、目を輝かせているタワー。

 彼の見た目は優男風の滝上竜一とはかけ離れているが……声の質はそれこそ、同じと言えるような物だった。初めて滝上竜一の声を聞いた人に、続けてこの人の声を聞かせたら間違うんじゃないかというくらい、似ている。


 俺は歌っている男性の隣に立て掛けられていた簡易的な立て看板に注視した。

 『星野守 ほしのまもる』 そこにはそう書かれていた。それが実名なのか歌をやる上での作られたネームなのかは定かではない。どちらにせよ、覚えやすくて語呂の良い名前だと俺は思った。

 彼が歌っている曲は聴いたことがないものであった。きっと星野守さん自身がオリジナルで作り上げた歌なのだろう。明るい雰囲気のラブソング。姿は違えど、声は滝上竜一と同じ。俺もタワーもスカイツリーも、その美声に取り込まれてしまった。

 ぼけーっとその場に立ち尽くす三人。ただただ、見とれてしまった。素晴らしい声が間近で響いているのだ、それも滝上竜一にそっくりな声が。硬直してしまうのも当たり前だった。

 そうして聴き惚れていると時間が経つのはあっという間、というもので。星野守さんは先ほどから歌っていた曲を歌い終えた。


「こんにちは!」


 ふぅと息を突きながらギターの弦から指を離す星野守さん。

 そんな彼に、明るく大きな声で挨拶の言葉を掛けるタワーの姿が。……って何やってんだおい!?


「やあ、こんにちは」


 いきなり突っ込んでいったにも関わらず、星野守さんは顔をくしゃりと微笑ませ、快く挨拶を返してくれた。


「すごいですねぇ、こんな美声が出せるなんて……尊敬します! めちゃくちゃ感動しましたっ!」


 嘘偽り無く、本気で尊敬していることがうかがえるタワーの挨拶。路上の人間に目を輝かせて尊敬を覚える神……シュールな光景だなぁ。

 どうやらタワーに物怖じと人見知りという概念は存在しないようだ。

 タワーに続くように俺とスカイツリーも男性の元へと歩み寄る。


「素晴らしかったのだ。衝撃を受けたのだ。お前の歌声は洗練されているとしか言いようがないのだ」

「ありがとう。それだけ喜んで貰えると俺も嬉しいもんだよ」


 ぶっきらぼうにスカイツリーも星野守さんへ声を掛ける。その姿はオーディションの審査員のごとく偉そうな感じだ。

 しかし、初対面の方をお前呼ばわりか。いや、そもそもそういう高圧的な態度の方が神様っぽいと言えばぽいのだが……。


「いつもここで歌っているんですか?」


 二人に続けて、俺も質問をしてみた。


「いや、今日はたまたまここを選んだんだ。色んな場所を点々と、ね。多くの人に聞いて貰えるように、場所は毎回変えてるんだよ」


 俺の質問にも笑顔ですんなりと答えて頂いた。その話し声は落ち着いていてハスキーで、とても格好良い。

 こういう人って、すごい。街の中で歌っているというのはかなり目立つ行為だ。たくさんの人が通るわけだから、人々の目線も気になるだろう。変な奴が絡んでくるかも知れない。それでも自分のやりたいことを通す。かなり実直的な行為だ。

 ロンリ……あまり社交的ではない俺にとっては、結構なハードルの行動だと思う。


「あ、CD配ってるんですねぇ」


 タワーがちらりと、星野さんの足元に置かれていたプラカゴの中を見て言う。中にはプラスチックのCDケースが大量に入っていた。星野さんの持ち歌が収録されているCDだろう。

 タワーの瞳からは『これ欲しい』という雰囲気がぷんぷん滲み出ていた。


「ああ、でも無料じゃないよ」

「お幾らです?」

「五百万円」

「高いっ!?」

「ははは、嘘だよ。はい、どうぞ」


 星野さんの冗談に激しいリアクションを見せるタワー。

 にこにこと微笑みつつ、星野さんは屈んでCDケースを三つ取り出すと、俺達三人に手渡してくれた。描かれた曲目を見ると、四曲入っているのが見えた。今歌っていた歌も、この中に収録されているのだろう。


「貰っちゃっていいんですか?」

「ああ勿論。その代わり、たくさんの友達に勧めてくれると嬉しいかな」


 俺の問いに星野さんは冗談めかして言う。広報活動って奴だ。実際の所、こういった口コミみたいな広がりはバカに出来ないというのを聞いたことがある。一人が二人へ、二人が三人へ。一度広がりを見せ始めたものは数珠つなぎに広まっていくから、小さな所から始まった宣伝がやがて大きな輪を結ぶことだってあるという。

 と、いうことは……この人は、あまり有名な人ではないのだろうか。素晴らしく良い声をしているというのに。滝上竜一に似て。


「いやぁ~、しかし最初は滝上竜一かと思いました。すごい良い声が響いてくるなって、思わずここまで駆け付けちゃったんですよねぇ!」

「はははっ、そうだったのか。そう思って貰えたのなら、ここで歌っていた甲斐があったね」


 談笑しつつあるタワーと、星野さん。穏やかな光景である。 

 ……しかし俺は一瞬の間だけ、不穏な空気を見た。それはタワーが滝上竜一と口走ったわずかなタイミングの時である。殺気…………は物騒すぎる表現かも知れないが、星野さんからとてつもなく冷たい何かを感じ取った。表情は笑っているのに、心は笑っていないような――そんな、何か。

 その正体が一体何だったのかと考えてみたが……きっと、星野さんはそんなやりとりを何度もしているのだろう。滝上竜一に似ている、その事実があったからこそ、俺達はここまで駆け付けてきたわけで。

 ……そんな風に思ってしまう人間は、俺達が初めてであるはずはないだろう。


「ストリートミュージシャン……中々にワイルドな響きなのだ。私は応援しているのだ。頑張れなのだ」

「ありがとう。君みたいな子に応援されると嬉しくなってくるね」


 握手を交わすスカイツリーと星野さん。内心、この子はどうしてこんな口癖なんだろうと思っているに違いない……。


「あの、もう一曲聴いてみたいんですけども」


 俺は星野さんにリクエストをしてみる。純粋なる興味だ。

 初見では滝上竜一とそっくりだと感じたけれども、意識して聞いてみれば絶対にどこか違うはずだ。それを見定めたい。


「よし、それじゃあ君のリクエストに応えて、一曲歌おうか。とっておきのをね」


 星野さんはギターに手を添えると、演奏を開始する。細やかに動かされる指のひとつひとつが綺麗な音色を弾き出す。これこそ芸術だ。手に収まるような道具から導き出された音は、離れたたくさんの人に届く。改めて考えてみるとすごいことだ。

 音楽の道へ進む人というのは、そうした感動に身を焦がされた人々なんだろうなというのは、素人の俺にもなんとなく想像できる。この感動を多くの人に伝えたくて、何より自分がそんな感動を起こしてみたくて、音色の道へ進むんだ。

 そんな思想が頭をよぎりながら、俺は星野さんの放つ歌声と音色に耳を傾けた。

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