(14)
撃鉄が強大な音を打ち鳴らす。と同時、銃口の先端から目に捉えられないほど高速の弾丸が発射されたようだった。
それはいとも簡単に、男の肩胛骨付近を貫いた。
「がはぁっ!」
発せられた弾丸の直撃、男の全身が跳ね上がる。そのまま直立不動もままならず、地面に吸い寄せられるように倒れてしまう。
両腕を前へと伸ばし、オアシスで水を求める旅人みたいな格好で崩れた男。
……その姿はどうみても、一つの命が失われたかのようであった。
「お、おい、本当に死んでないんだろうな、あの男」
(大丈夫なのだ。近づいてよく見てみるのだ)
スカイツリーの言葉を頼りに、崩れ落ちた男へと歩みを寄せる。
見てみると周りの人達もざわめいていて、『何が起きたんだ』という感じで男を眺めている。いきなり人が一人、倒れたのだから無理もない。
スカイツリーの言うとおり、男の背中を覗いてみる。何の変哲も無い黒の服装……の上に、淀んだ異空間のように蠢く黒い銃創みたいなものが出来ていた。
(まあ人間にとっては少々、特殊なダメージを与えてやったのだ。事実、この男はケガすらしていない。早い話が気絶させてやっただけ、なのだ。神のなせる技……神技とでも呼ぶが良いのだ)
「……ありえねぇ……」
男の顔を覗き込んでみる。
スカイツリーの言うとおり、死んでいるようには見えなかった。
男は勿論、顔見知りとかではない。どこからどう見ても見知らぬ男だった。当たり前だけども。
「あの、一体どうされました?」
「え」
いきなり呼びかけられたため、男から視線を外す。
気づくと目の前に警備員らしき人がやってきており、腰を掲げて俺に話しかけていた。この辺りの警備をまかなっていた人だろう。人が一人倒れるという騒ぎに気づかないはずもない、おかしいと思ってやってきたのだろう。
(秀介、適当にごまかすのだ)
先ほどから握っているハンドガン……こと、スカイツリーの声が聞こえてくる。どうやら普段と同じで周りの人には見えない状態のようだ。先ほど轟いた銃声すらも、周りの人には聞こえちゃいないのだろうなと思う。
俺は泳ぐ目をなんとかこらえて、警備員を見据えた。
「え、ええと。この人、俺の財布を盗んで走り去ろうとしたんですが……途中で転んでしまって、頭を打ったか何かでそのまま気絶したみたいです」
「! そういうことでしたか」
頭をフル回転させて、なんとかこの状況が不自然なものとならないよう、頑張ってみた。
明らかに俺が被害者だということを告げると、警備員の視線も緩いものとなった。もしかしたら、財布を盗むという犯罪はこの辺りで多発しているのかも知れない。……主にこの男がメインで。そう考えるとこの男を倒すことが出来たのもかなり僥倖と言えるだろう。
「わかりました、後の処理はこちらにお任せください。ああ一応、ご連絡先を控えさせてください」
「あ、はい」
(これで一件落着だねぇ)
警備員に言われるままに俺は自分の電話番号など個人情報を書き記した。
財布を盗まれた時は実際、かなり焦ったものだったけれど事態は思った以上に好転を見せた。まさか財布を取り戻すだけでなく、犯人を打ち負かしてしまうとは。
……今回の一件は、さすがに神様達にお礼を言わなくてはいけない。
「いや……なんだかんだで、お前らって凄いんだな。見直したよ。さすがは守り神というか、なんというか」
「はははっ、そうでしょうそうでしょう。少しは東京タワーの神のすごさ、伝わったかな?」
「ふっ、東京スカイツリーの神たるこの私にとっては、これくらいどうってことないのだ」
一件を終え、数分。
それぞれ人間型へと元通りになった二人はそれぞれ、自分が神であるということを強調しつつにやけていた。
……タワーとスカイツリーの神であること、あんまり関係無いやん。
「まあ、私が一人で撃っても良かったのだが……秀介に花を持たせてやったのだ」
得意そうな口調のスカイツリー。口ぶりから察するに、彼女自身のみでもあの男を退治できた模様だ。
まさかの銃という形態……なんだかスカイツリーのイメージに割と似合っている気がする。他にも何かに変形できたりするのだろうか?
「それに比べて、靴とは何なのだ。ハナっから私の銃で打ち倒せば良かったのだ。お前の役割はまさに不要だったのだ」
「なぁ!? んなことないじゃんか! 私が与えてあげた快走のおかげで、なんとかなったような物だって。そもそもあんなに遠くからじゃ狙撃なんてできっこないし!」
「秀介ならそこんとこ上手くやってくれるはずなのだ」
「はずってなんだよぅ!」
「だぁーっ! お前らケンカするなって!」
何かにつけて論争となる神様達だった。
この姿も傍から見たら一人で喋る変人……に見えるのかも知れないなぁ……。