(12)
最高だった。最高のステージだった。
この世に、確かに神様は存在していたよ。ステージの上に神は降臨なされた。
滝上竜一が歌いつくす数時間、ずっと夢の中に居るようだった。滝上竜一と会場と観客が一つとなって作り出す、あの空気は実際に味わってみないと感じることのできないものだ。
まさに至高の時間だったと言えよう。
「良かったな……」
「良かったねぇ……」
「良かったのだ……」
俺、タワー、スカイツリー。三者が一様に顔を微笑ませていた。
滝上竜一のライブは無事終わりを迎え、俺達は会場の外に出て来たところだ。時間も夜の十時とあって、外は既に暗闇に包まれている。訪れたときが既に夕方であったのだから当然だ。
大勢の帰る人達でガヤガヤと騒がしい人ごみの中、会場最寄りの駅まで歩いていく最中である。
「しっかし、最初にバラードから入るとはね! 驚きだったよ」
「確かに、あれは衝撃的だったというか……予想してない始まり方だったな」
タワーが言うように、滝上竜一は一番最初の曲目をバラード曲、『remind you』で歌い始めた。ライブの出だしと言えば会場を盛り上げるために、テンションの高い曲を選ぶことが多いような気がするが、そんな常識の逆をいくあたり、流石は滝上竜一である。
「私は特に四曲目が好みだったのだ。男の心情を吐露するような絶妙な歌詞……ロックな曲調が、なかなかにワイルドだったのだ」
「『アドバンテージネオ』か。あれは良かったよな……俺も大好きな曲だ」
「思わず聞き惚れてしまったのだ。私の隣にいた人なんて泣いていたのだ。感情移入度がヤバイレベルなのだ」
普段は冷静な感じのスカイツリーも声の調子が高くなっており、子供のように興奮していた。(実際、見た目は子供なのだが)
ライブ内容の記憶はしっかりと頭に残っているが、自分がどんな風にしていたかはあまり覚えていない。適当に俺達三人は拍手にジャンプにかけ声合わせに手を振ったりと、とにかく超盛り上がっていた。
「なんかもう、私ってば一発で滝上竜一のファンになっちゃったね! 滝上竜一サイコー! 秀介にDVD見せて貰った時から凄い人だとは思ってたけど、実物は予想以上に凄かったねぇ。あー、いつまでも聞いてたかったなー」
興奮したままひと喋りした後、残念そうな顔をするタワー。
……人間のファンになる神様というのもどうかと思ってしまうが、それはそれ。そこは滝上竜一が神様以上の存在であったという結論付けで構わないように思える。
「なんかあっという間だったな……。楽しい時間って奴は、どうしてこうも早く過ぎ去るんだろうな。楽しいときだけ二、三倍速ぐらいで時が経っているとしか思えない」
「それだけ充実していたということなのだ。私ももう少しだけ、彼の舞台を見ていたかったのだ……」
眉をつり下げてスカイツリーは悲しんだ。どうやらかなり名残惜しい様子だ。もちろん、俺も最高に名残惜しい。あの素晴らしい舞台が一夜限りだなんて。明日、明後日と続けて楽しみたい衝動に駆られる。
しかし夢の時間は終わってしまったのだ。明日からはまたいつもの日々が始まる。なんとも空虚。いや、別に毎日がつまらないというわけではないが、今日の過ごし方が別格であったために普段の生活に戻ることがなんとなく寂しい。
「私、今日から滝上竜一の守り神になろうかなぁ」
「おいこら。俺の守り神になったんじゃないのか」
「冗談だよぅ。だってー、秀介を守るっていったって何も起きないじゃーん」
タワーがぶーぶーと不満げに文句を垂れる。確かにタワーの言うとおり現状は何も守るべき事項は起きていやしないが、そんなこと俺に言われても困る。
「そうだ、今から楽屋裏に忍び込もう。そうすれば滝上竜一にまた会える!」
「何言ってんだ。お前は神様だから出来るかも知れないけど、俺はどうするんだよ」
「大丈夫、秀介はここで待っててくれればOKだから! 私が秀介の分まで楽しんでくるよ!」
「俺が良くねぇよ!?」
まさに神様特権の乱用であった。……タワーにだけそんな美味しい思いををさせてたまるものか。
「とにかく、次のチケットもなんとかして手に入れるのだ。来年もまた絶対に来るのだ」
「……それはちょっと気が早すぎないか?」
不満そうな顔でご満悦そうなスカイツリーだった。スカイツリーの言うとおり、来年……かはわからないが、次回もまた絶対に来たいと思う。一年に一回のライブを楽しみに生きている人もいると耳にしたことがあるけれど、その気持ちが今回でよくわかった。
何にせよ、今日のライブは終わった。帰ろう――そう思って伸びをしようとした、その時だった。
ドンと衝撃がぶつかった。背後からだ。
その正体は一人の男によるものだった。見知らぬ男が俺にぶつかったかと思うと、謝りもせずにその場をタッタッタと走り抜けていく。
黒っぽい服装に身を包んだ小柄なその男は人ごみの中を、器用にすり抜けながら走り去っていく。
「全く、前見て歩かない人だなー。失礼だねぇ」
「……。……? あれ……ない、ないぞ」
「? どうしたのだ、秀介」
自分の身に感じる違和感を元に、俺は自分の手元を漁る。軽くなった衣服。もしやと思い、手を中に突っ込んで動かしてみても一向に見つけることが出来ない。
俺は前方を見据えると、徐々に遠くなっていく先ほどの男を睨み付けて、言い放つ。
「今の奴……俺の財布盗みやがった!」
「えぇっ!?」