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【1】遠雷のオーバーロード ~ブラック企業を憎む元社畜、剣と魔法の世界を『産業革命』と『全自動システム』で完全支配し、星の理すら買収(M&A)する~  作者: トール
第二章:鋼鉄の産業革命と見えざる経済支配

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第109話:色彩の侵略、鋼の制服

 


 城塞都市の空気を変えたのは、音だけではなかった。

 それは「色」だった。


 第一工場の地下、巨大な攪拌槽かくはんそうが重低音を響かせながら唸りを上げている。かつて、高貴な紫や鮮やかな紅を出すためには、希少な魔物の血液や、特定の季節にしか咲かない花の抽出液が必要だった。だが、俺がバルカスに命じて開発させたのは、魔法に頼らない「化学の色彩」だ。


「トール様……この鼻を突くような臭い、これが『美』を産み出す源だとは、未だに信じがたい」


 鼻を布で覆いながら、バルカスが巨大なタンクを見上げた。

 タンクの中では、廃材から抽出したコールタールをベースにした合成染料が、魔石の熱によって煮え立っている。


「美とは希少性のことではない、バルカス。美とは『均一性』だ。誰でも、安く、同じ色を身に纏えること。それが、この世界の古い色彩感覚を破壊する」


 攪拌槽から引き上げられた綿布は、かつての平民には許されなかった鮮烈な「トール・ブルー」に染め上げられていた。一点のムラもなく、千枚、万枚と複製される色彩。それは自然界には存在しない、計算し尽くされた工芸品の色だ。


 だが、染色の完成は始まりに過ぎない。俺が次に生産ラインに流させたのは、表舞台に立つ華やかなドレスではなかった。


「……トール様、これは?」

 バルカスが怪訝そうに、手のひらに乗る小さな布切れを見た。


「ショーツとブラ。……下着だ」


「シ、シタギ? このような、肌に直接触れるものを、これほど大量に?」


「そうだ。衣類における真の覇権は、外側ではなく内側から始まる」


 俺は冷徹に断言した。

 この世界の住民は、下着に対して無頓着だった。粗末な麻布を巻くか、あるいは何も着けない。だが、一度でも、蒸気式紡績機が生んだ極細の糸で編み上げられ、計算された曲線を持つ俺の「下着」を身に着ければどうなるか。


「清潔、快適、そして程よい締め付け。一度この感触を知った人間は、二度と元の不衛生な生活には戻れない。下着は消耗品だ。汚れる、破れる、そして買い換える。リピーターを産み、人々の肌に直接『俺のシステムの感触』を刻み込むための最良のデバイスなんだよ」


 工場の第二ラインでは、すでに数千単位の下着が袋詰めされていた。

 孤児たちの手によってパッキングされたそれは、グレン商会を通じて都市の全階層へとバラ撒かれる。安価に、そして大量に。


 依存は、人々の最もプライベートな領域から静かに浸透していく。


 続いてラインが吐き出したのは、厚手の丈夫な布で作られた「ワンピース型の作業服」だった。

 無駄な装飾を削ぎ落とし、ポケットの配置を人間工学的に最適化されたそれは、都市で働く工員や職人たちへと支給される。


「これを見ろ、バルカス。全員が同じ服を着て、同じリズムで働く。これこそが『効率』の視覚化だ。個性を消し、役割を与える。この作業服を着た瞬間、彼らはただの浮浪者ではなく、俺の都市を動かす重要な『部品』へと昇華されるんだ」


 青い制服に身を包んだ何百人もの労働者が、規則正しく歩む光景。それは、王都の貴族たちが愛する「バラバラの豪華さ」を圧倒する、集団の美学だった。


 だが、俺の拡張は止まらない。

 次なる標的は、この世界の「力」の象徴――冒険者たちだ。


「冒険者向けアンダーウェアの試作はどうなっている?」


「はっ、仰せの通りに。魔力の伝導率を高める銀糸をわずかに混紡し、汗を即座に吸収・拡散する特殊な織り方を採用しました。これならば、灼熱の砂漠でも極寒の雪山でも、快適に動けるはずです」


 バルカスが自信満々に提示したのは、肌に吸い付くような薄い漆黒のインナーウェアだった。

 冒険者という、気難しく、自己主張の激しい連中を屈服させるには、圧倒的な「機能性」を叩きつけるのが一番だ。

 死と隣り合わせの彼らにとって、快適さは生存率に直結する。


「彼らにこれを『最新の魔導装備』として高値で売りつけろ。高嶺の花であるほど、連中は喜んで飛びつく。そして気づくはずだ。どんな魔法の剣より、この一着のインナーの方が自分たちの命を救っていることに」


 そして、最後。

 工場の最深部、厳重に閉ざされた第三ラインから、その「最終形態」が姿を現した。


 それは、鈍い光沢を放つ、重厚なウールの軍服だった。

 肩には金色のモール、胸元には整然と並ぶ銀のボタン。それは機能美の極致であり、同時に「階級」という名の圧力を象徴する装束。


「……美しい」

 バルカスが息を呑んだ。


「軍服は、ただの服ではない。それは、死を恐れぬ兵士を製造するための『型枠』だ。これを着た者は、己が一個の人間であることを忘れ、国家……いや、俺の意志を体現する剣となる」


 俺は、完成したばかりの軍服の襟元を撫でた。

 かつてのブラック企業で、俺たちが着せられていた安物のスーツもまた、一種の軍服だったのかもしれない。個を殺し、組織のために尽くすための。

 だが、俺が作るのは、搾取されるための服ではない。

 世界を呑み込み、再構築するための、征服者の正装だ。


「染色、下着、作業服、特殊装備、そして軍服……。衣類による支配の円環が完成したな」


 窓の外では、夕闇に沈む城塞都市が、工場から漏れる「トール・ブルー」の光に照らされていた。

 誰もが俺の服を着て、俺のパンを食べ、俺の言葉を話すようになる日は、そう遠くない。


「バルカス、全ラインを最大稼働させろ。在庫が山を成すのを待つ必要はない。完成したものから順に、世界へ叩きつけてやれ。王都の貴族どもに、本物の『流行トレンド』を教えてやるんだ」


 蒸気機関の咆哮が、一段と高まった。

 鋼鉄の心臓が送り出すのは、もはやただの熱ではない。

 それは、世界を均一の色に染め上げる、冷徹なまでの産業の意思そのものだった。









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