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【1】遠雷のオーバーロード ~ブラック企業を憎む元社畜、剣と魔法の世界を『産業革命』と『全自動システム』で完全支配し、星の理すら買収(M&A)する~  作者: トール
第二章:鋼鉄の産業革命と見えざる経済支配

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第101話:システムの限界と白銀の渇望

 


 迷宮都市タルタロスと城塞都市を繋ぐ『白銀の街道』。その大動脈が完全に拍動を始めたことで、この双子都市はかつての四倍にも及ぶ人口を呑み込み、膨張し続ける巨大な生命体へと変貌していた。


 季節は秋の終わり。窓の隙間から忍び込む北風は、肺の奥を刺すような冷たさを孕み、遠からずこの地を凍結させる「白き死」の到来を予感させる。


 だが、隠れ家の最上階から下界を見下ろす俺の瞳に、極寒に怯える民衆の姿はない。

 俺が構築した『温熱インフラ』が地下から熱を供給し、無尽蔵の食糧が胃袋を満たす。絶望的な飢えと凍死という「野蛮な死」は、この都市から完全に駆逐されていた。


「……人は、豊かな環境を与えられれば、自然と増えるものだな」


 アンティークの執務机に置かれたグラスの中で、琥珀色の魔酒が揺れる。

 爆発的に増加する人口。それは労働力であると同時に、次世代への「投資対象」でもあった。


 この日、俺は新たな統治機構を稼働させた。

 企業内教育機関『揺り籠』。

 それは、迷宮に潜る親たちが「子供の世話」という非効率なタスクから解放され、より労働に没頭するための託児所であり、同時に、次世代の労働者を俺の論理で染め上げるための洗脳装置だ。


「トール様……この子たちの瞳に宿る光は、もはや親ではなく、あなた様だけを向いています」

 管理を任せたシスター・クレアが、複雑な表情でそう報告してきた。

 教育、食事、安全。そのすべてを俺が提供することで、子供たちは無意識のうちに「トール=世界の守護者」というロジックを深層心理に刻まれていく。


 これ以上、誰にとっても合理的な幸福があるか?

 俺は冷徹に、その「黄金の檻」の稼働を承認した。


 ***


 数週間後。

 都市が「白き死」の猛吹雪に包まれる頃、システムの悲鳴が俺の脳内に直接届き始めた。


「……ぐっ、あ……」


 深夜。隠れ家の執務室で、俺はこめかみを押さえ、激痛に顔を歪めた。

『管理者権限:支配領域 Lv.5』。

 拡張された俺の知覚は、吹雪に閉ざされた都市の隅々までをリアルタイムで監視している。

 だが、その情報量が限界を超えていた。


『揺り籠』に収容された数万の子供たちのバイタル、都市全域の温熱システムの圧力、街道の魔力残量。

 さらには、依存と熱狂の中で迷宮へと突き進む冒険者たちの殺意と絶望。

 それら数百万のパラメータが、俺という一個体のハードウェアに濁流となって流れ込み、オーバーロードを引き起こしているのだ。


(INT 150……。これほどの演算能力を持ってしても、この巨大な「回路」を制御しきれんというのか……!)


 視界の端で、赤い警告ログが激しく明滅する。

 それと同時に、現実の都市にも物理的な限界が訪れていた。


「トール様! 緊急事態です!」


 扉を叩き割るような勢いで、グレンが転がり込んできた。その顔は、極寒の夜だというのに脂汗で濡れている。


「地下の温熱パイプ、および魔導導線に……『血管障害』が発生しました! 供給されるエネルギーが多すぎて、既存の鉄と銅の導線が熱で融解を始めています! このままでは、数時間以内に都市の暖房が全停止し、数万人が凍死します!」


「……わかっている」


 俺は椅子から立ち上がった。

 脳を焼くような情報負荷と、都市を焼き切ろうとする物理的負荷。

 原因は同じだ。俺が創り上げたこの「巨大なプログラム」に対し、現実の物質——ハードウェアがあまりにも脆弱すぎるのだ。


 鉄や銅といった旧時代の素材では、俺の覇道を支えきれない。

 人間の脳という生物学的な組織では、この帝国の未来を演算しきれない。


「グレン。既存の規格をすべて破棄する」

「は……? 破棄……!? しかし、代わりの素材などどこにも……」


「見つけに行く。いや、抉り出しに行くんだ」


 俺は窓辺へ歩み寄り、凍てつく闇の向こう側——大森林の深淵を凝視した。


「魔法と機械の境界を融解させる、究極の超伝導体。……魔力銀ミスリル。それさえあれば、俺の脳も、この都市の血管も、真の意味での『ハードウェアの更新リプレイス』が可能になる」


「し、しかし、ミスリルはもはや伝説の……! この猛吹雪の中、大森林の底を掘り起こすなど自殺行為です!」


「黙れ。俺が決めたロジックに、不可能という変数は存在しない」


 俺は月光を吸い込む『蒼黒の鱗羽鎧』を重厚に鳴らし、窓を蹴り開けた。

 室内に暴力的なまでの猛吹雪が吹き込み、書類を舞い上げ、酒瓶をなぎ倒す。


「システムの心臓は、俺が直接書き換える。……留守の間、この歪な回路を死守しろ」


 背後に立ち尽くすグレンと、影から見守るザイードたちを一瞥し、俺は一歩を踏み出した。


 窓から、白濁した虚空へと躍り出る。

 十一歳の小さな肉体が、重力を置き去りにして冬の深淵へと吸い込まれていった。


 これが、革命の第二段階——『産業革命』への出発だった。

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