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遠雷のオーバーロード〜10歳の転生者は『雷魔法』と『神の蔵』で自由な自治都市を創る〜  作者: トール
第一章:大森林のサバイバルと雷霆の覚醒

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第045話:深淵の理と第十一の階梯

 


 迷宮都市タルタロスの表層は、欲望の澱みが煮詰められたような場所だった。一攫千金を夢見て泥を啜るハイエナどもの喧騒と、安酒に混じる吐瀉物の臭気。俺はそれらを背負い、陽の光が永遠に届かぬ断絶の淵――奈落の底へと一歩を踏み出した。


 階層を下るごとに、空気の質が決定的に変容していく。

 鼻腔を突くのは、大森林の生命力に満ちた腐葉土の匂いではない。むせ返るような鉄錆の重み、そして何百年も積み重なった古い血の、乾いた、だが執拗な死の臭気だ。

 肌にねっとりとまとわりつく瘴気は、氷を押し当てられたような冷たさを伴い、侵入者の生命力を一削りずつ奪おうとする迷宮の明確な「殺意」を伝えてくる。


 壁面に点在する不気味な発光鉱石の青白い光が、俺の『蒼黒の鱗羽鎧スケイルメイル』をヌメヌメと照らし出した。闇と光の境界線で、鎧の青鱗が深海の怪物の如く怪しく脈動する。


 かつて、窓のないオフィスで終わりのない残業という名の迷宮に摩耗していた佐藤通(32歳)だった頃、俺は誰かの家畜としてただ死を待つ存在だった。だが、今の俺の前には、明確に屠るべき「敵」と、その対価としての「絶対的な利益」がある。


「インベントリ」


 虚空に低く念じれば、時間が凍結された四次元の深淵が静かに口を開く。そこには、これまでに狩り取った魔物たちから摘出した、紫色に鈍く光る『魔石』が、山を成して鎮座していた。

 大森林の魔物が命を光の粒子として直接俺に還元したのに対し、この迷宮の魔物たちは、高密度の魔力を物理的な「核」として体内に結晶化させている。


「……五層を越えたか。生態系の『質』が変わるな」


『気配察知 Lv.2』のレーダーが脳髄を鋭く刺した。

 前方、暗闇の奥から響いてくるのは、肉や骨が擦れる音ではない。巨大な岩塊同士が軋み合い、地面を粉砕する無機質な轟音だ。


 姿を現したのは、迷宮の壁面そのものが意志を持ったかのような巨躯――ストーン・ゴーレムの群れ。三メートルを超える岩の巨人が四体、そのスリット状の頭部から赤い殺意の眼光を点滅させ、俺という異物を排除せねばならぬとばかりに進み出てくる。


「ただの石ころが、魔石を電池にして動く自律型ドローンか。……実に非効率だ」


 俺は右手に握る、落雷の力を宿した黒い金属棒を静かに持ち上げた。

 レベル10に至った俺のスペックにとって、世界はあまりにも鈍重だ。巨人が振り下ろした丸太のような岩の腕。風を切る咆哮が耳元を掠めるが、俺の視界ではそれは水飴の中を沈んでいく羽毛に等しい。


 俺は最小限の挙動で死の軌道を躱し、懐へと滑り込む。

「硬い外殻を物理で叩く必要はない。中枢の回路を直接焼けばいいだけだ」


 黒い棒の先端を、ゴーレムの胸部――魔力反応が最も密集しているコアへと押し当てた。


「『ショック』、浸透出力」


 ――バギィィィィッ!!


 耳を劈く放電音。数万ボルトの青白い閃光が岩の隙間を縫い、毛細血管を走る魔力回路を瞬時に焼き切る。動力源を絶たれた巨人は、断末魔すら上げられず、ガラガラと乾いた音を立ててただの瓦礫の山へと成り果てた。


 残る三体。宙を蹴り、壁を蹴り、三次元的な軌道で死のダンスを踊りながら、俺は次々と巨人の急所へ雷撃を叩き込んでいく。ものの数分、空間に残されたのは焦げたオゾンの匂いと、静寂だけだった。


『解体・加工 Lv.2』を起動し、銀色の牙ナイフを一閃させる。視界に走る幾何学的なガイドラインに従い、接合部を正確に断ち切って、胸部の奥底からソフトボール大の高純度魔石を引きずり出した。

 指先に伝わる、抽出されたばかりの魔石が放つ微かな熱。


「これほどのエネルギーを、ただ魔物を動かすためだけに浪費するとは。宝の持ち腐れだな」


 俺の目的は、冒険者のように泥にまみれて日銭を稼ぐことではない。このダンジョンというシステムそのものをハッキングし、魔石を全自動で抽出し続ける「巨大なエネルギー採掘プラント」へと作り変えることだ。

 そのために、深淵にあるはずの「コア」を目指す。


 六層、七層、八層。

 深くなるにつれ、魔物の悪辣さは増していく。猛毒の糸を吐くアビス・スパイダー、影から斬撃を放つシャドウ・ストーカー。だが、そのどれもが俺の足を止めるには至らない。毒の糸は雷の熱波で焼き払い、空間転移の予兆はレーダーで先読みして「出オチ」にする。

 すべては冷徹な「作業」だった。俺は呼吸を乱すことなく、命を刈り、魔石をえぐり出し、インベントリの闇へと放り込み続けた。


 そして、十層。


 景色が唐突に開けた。そこは広大な地底湖が広がる、巨大な静寂の空洞。

 天井から垂れ下がる鍾乳石の先端から、一滴の雫が湖面を叩き、波紋を広げる。地底湖の水面は、高濃度の魔力を含んで妖しく青白く発光し、幻想的な美しさを湛えていた。


 だが、その静謐を、湖底から浮上する規格外の「暴力」が打ち破った。


 ドゴォォォォォォンッ!!


 水面が爆発するように盛り上がり、飛沫と共に姿を現したのは、八つの首を持つ巨大な水蛇――ヒュドラ。

 大森林の覇者アクア・サーペントすらも児戯に思えるほどの、圧倒的な質量と威圧感。十六の赤い眼光が、俺という極小の獲物を逃さぬとばかりに射抜く。


「ギシャァァァァァッ!!」


 咆哮と共に放たれたのは、岩をも溶かす猛毒のブレス。

 俺は大きく後方へ跳躍し、着地した岩場がジュウウウと紫色の煙を上げて溶けていくのを冷めた瞳で見た。


「これほどの怪物が十層か。……ダンジョンという仕組みは、大森林より遥かにタチが悪いな」


 俺は黒い金属棒を構え直した。相手の巨体は水に浸かっており、雷魔法との相性は抜群だ。だが、八つの首を同時に葬らなければ、その驚異的な再生能力で瞬時に蘇るだろう。


「ならば、再生する暇すら与えない圧倒的な熱量で、水ごと蒸発させるまでだ」


 俺は『雷魔法』を解放する。天候操作への干渉さえ可能となった、俺の絶対的な魔力の奔流。

 地底湖の天井付近の空気が急激に冷やされ、魔力で構成された巨大な雷雲が、意志を持って形成されていく。


「なぶる趣味はない。一撃で終わらせるぞ」


 危険を察知したヒュドラが、八つの首を一斉に突き出してきた。そのすべてが俺の肉体を捉える、その刹那。


「『天雷ケラウノス』」


 ――バギィィィィィィィィィィィィッッ!!!


 視界が白銀に塗り潰された。

 天井の雷雲から放たれた数万ボルトの雷霆が、一直線に地底湖を貫く。直撃を受けたヒュドラは、悲鳴を上げる間もなく八つの首すべてが同時に炭化し、内側の魔力が暴走して爆散した。

 強烈なプラズマの熱波が湖水を一瞬で沸騰させ、猛烈な水蒸気爆発が地底空洞を揺るがす。


「っと……」


 俺は衝撃波を鎧で弾き流し、着地した。

 水蒸気が晴れた先、そこには半分以上が蒸発した湖と、黒焦げになってピクピクと痙攣するヒュドラの骸だけが残されていた。


「……終わったな」


 俺が黒い棒を下ろした瞬間、ヒュドラの骸から、これまでの魔物とは比較にならないほど膨大な光の粒子が立ち上った。それは吹雪のように、狂おしい熱を持って俺の身体へと吸い込まれていく。

 俺の魔力回路が歓喜の叫びを上げ、全身の細胞がマグマのような熱に包まれる。ドクン、と心臓が肋骨を突き破らんばかりに大きく跳ねた。


『ポーン。規定の経験値到達を確認しました。レベルが上がりました』


 無機質で、どこか聖歌のようなAI音声が脳髄を震わせた。レベル10という壁を越え、次なる階梯へと足を踏み入れた瞬間だった。


「ステータス・オープン」


 名前:トール

 レベル:11

【HP 400/400】 【MP 850/850】

【STR 48】 【VIT 52】 【INT 88】 【RES 50】 【AGI 68】 【DEX 60】

 《スキル》

 マジックバッグ Lv.3 / 解体・加工 Lv.3 / 気配察知 Lv.3

 管理者権限:支配領域 Lv.2

 《魔法》

 雷魔法 Lv.5


「……スキルが一気に進化したか」


 特に『管理者権限:支配領域 Lv.2』の進化は大きい。これなら、より広範囲かつ複雑な迷宮システムの「書き換え」が可能になる。

 ヒュドラの骸から、人間の頭ほどもある深緑色の巨大な魔石を摘出し、インベントリへ放り込んだ。


 俺の視線の先には、地底湖の底――ヒュドラが守っていたであろう空間に、幾何学的な模様が刻まれた巨大な石扉があった。

『支配領域 Lv.2』の感覚が、その扉の向こうに、このダンジョン全体を制御している「コア」が存在することを明確に捉えている。


「冒険者どもが命懸けで石ころを拾う時代は、今日ここで終わりだ」


 俺は黒い金属棒を肩に担ぎ、不敵な笑みを深く、深くその貌に刻んだ。


「このダンジョンの法則をハッキングし、湧き出る魔物を全自動で処理して、魔石だけを抽出するベルトコンベアを構築する」


 戦国時代の堺を超える、絶対的な自治都市。その心臓を永遠に動かすための、無尽蔵のエネルギー源。

 それを掌に収める準備は、今、完全に整った。


 迷宮都市タルタロスの深淵。俺は冷徹な支配者の歩みで、そのさらなる奥底へと、音もなく沈んでいった。

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