第021話:暁の疾駆と城門の盟約
第021話:暁の疾駆と城門の盟約
盗賊の宝物庫から金銀財宝と羊皮紙の地図を『マジックバッグ Lv.2』の深淵へ飲み込ませ、静寂に包まれた空虚な洞穴。俺はその中を歩き出そうとした瞬間、洞窟の最深部、さらに奥から漂う獣の濃厚な匂いと、微かな鼻息に足を止めた。
新たなる異能『気配察知 Lv.1』のレーダーをその一点へと収束させる。
網膜の裏側には、粗末な木材で組まれた馬小屋、そこに繋がれた数頭の頑強な馬、そして無骨な荷台を持つ馬車の輪郭が、熱源のように鮮明に浮かび上がった。
「……丁度いい足があるじゃないか」
俺は低く呟き、広場で無様に転がっている盗賊たちを冷徹に見下ろした。
数十万ボルトの『ライトニング・ボルト』を全身に浴びた彼らは、肉とオゾンが焦げる鼻を突くような異臭を漂わせ、意思とは無関係に四肢をビクンと跳ねさせている。もはや、指一本動かす自由すら残されてはいない。
重厚な鉄鎧に身を包んだ頭目を含め、俺は彼らの手足を太い麻縄で乱暴に縛り上げた。
レベル8、STR(筋力)40へと昇華した俺の肉体にとって、大人の男など米俵ほどの重さもない。俺は彼らを次々と担ぎ上げ、馬車の荷台へと無造作に放り込んでいった。荷台が重く沈み込むたび、木の軋む音が洞窟内に虚しく反響する。
「さあ、お前たちには俺の『身分保証』のための追加の供物になってもらおうか」
御者台に飛び乗り、手綱を鋭く引き絞る。
「出せッ!」
鋭い掛け声と共に手綱を叩くと、馬たちは恐怖に駆られたようにいななき、夜明け前の静寂を切り裂いて走り出した。
平野を疾走する馬車の激しい振動が、『蒼黒の鱗羽鎧』越しに伝わってくる。
ギア・クロウの鉄羽と、アクア・サーペントの青鱗を編み上げたこの鎧は、俺という十歳の小さな器を世界のあらゆる暴力から隔絶する絶対の防壁だ。
夜明けの空気は研ぎ澄まされた刃のように冷たく、頬を撫でる風が森の湿り気を完全に拭い去っていく。
地平線の彼方、夜の帳を押し上げるようにして現れた城塞都市のシルエット。馬車の疾駆に合わせ、その威容はみるみるうちに天を衝くような巨大な壁へと変貌していった。
やがて、朝日が平野を黄金色に染め上げ、影を長く伸ばし始めた頃。
俺の操る馬車は、巨大な城門の前で土煙を舞い上げながら、急停止した。
そこには、あの商人・グレンたちが、俺との盟約通りに震えながら待機していた。
「あ、あれは……!」
土煙の中から現れた、血塗られた馬車。
御者台から軽やかに飛び降りた俺の姿に、グレンと門を警備していた衛兵たちが、一斉に肺から空気を失ったかのように息を呑んだ。
「待たせたな、商人殿。約束通り、門での合流だ」
「あ、あなた様は……! その馬車は、一体……!」
グレンが震える指先で荷台を指差す。
俺は事も無げに肩をすくめ、黒い金属棒を担ぎ直した。
「ああ、俺の『野暮用』のついでに拾ってきた連中だ。あんたを襲った盗賊団の頭目と、その残党だよ。アジトごと潰しておいた」
その一言が、周囲の時を物理的に止めた。
荷台の中で、麻痺に苦しみながら呻く鉄鎧の男。それを見た盗賊の残党が、絶望に満ちた悲鳴を上げる。
グレンは、かつて取引で対峙したどんな大商人よりも、目の前の「十歳の子供」に冷徹な強者の影を見出し、その身を戦慄に震わせていた。
「これで、あんたの『手柄』はさらに重厚なものになったはずだ。賞金も、名声もな」
俺は冷徹な声音で、グレンの瞳を射抜くように見据えた。
「さて、取引を完遂させよう。こいつらをくれてやる代わりに、俺の街での『絶対的な身元保証』と、あらゆる『便宜』を約束してもらう」
十歳の唇から紡がれる、あまりにも完成された損得勘定。
グレンはもはや、畏怖という名の檻に囚われていた。彼は泥に額を擦りつけるほどの勢いで、深く、深く頭を下げた。
「……は、はいっ! 命に代えましても! このグレン、あなた様を我が商会の最重要の恩人としてお迎えし、あらゆる手配をさせていただきます!」
衛兵たちは、高名な商人が幼い少年に平伏する異常な光景に戸惑いながらも、グレンの強固な保証により、俺の入場を無条件で許可した。
重厚な鉄格子が、腹の底に響くような軋み音を立ててゆっくりと開かれていく。
(……盤面は、完全に俺の支配下にある)
誰かの家畜としてすり減る日々は、あの大森林の奥深くに埋めてきた。
戦国時代の堺の如く、圧倒的な富と武力を背景に、この世界の頂点と対等に渡り合う。
その野望を実現するための「通行証」を、俺は最も美しい形で手に入れたのだ。
俺は、神の蔵に溜め込んだ莫大な富と、人間を超克した絶対的な力を胸に秘め。
人間の強欲が渦巻く文明社会へと、不敵な笑みを刻み込みながら、力強い一歩を踏み出した。




