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喧嘩からの友情

作者: 蓮田 蓮

 JS-TC-外回り線の昼下がり。窓の外は、のんびりとした郊外の景色が流れていた。ホームに止まった電車に、大きなスポーツバッグを担いだ坊主頭の高校生達が乗り込んで来た。全部で6人。みんな同じ野球部の仲間らしく、汗のにじんだTシャツと日焼けした肌が部活帰りを物語っていた。

「ふぃ~、疲れたな~!」

「マジ、今日のノック地獄だったわ!」

 荷物を足元に置き、扉脇のシートに腰を下ろすと、全員がスマホを取り出して動画を見始めた。

「うわ、来た来た!昨日の新作!」

「それ、俺も見たわ。ヤバい、神タイミング!」

 盛り上がる彼らの笑い声が、昼間の静かな車内に心地よく響いていた。その時。


 次の駅に停車すると、もうひとつのグループが乗ってきた。パブリックスクール風の制服に身を包んだ4人組。見た目は優等生っぽいが、眉間にしわを寄せ、他人を威圧するその様子は、まぎれもなく“中身ヤンキー”だった。

「なんだよ、邪魔くせーな!」

「よぉ、そこどけよ」

 わざとカバンを引っかけ、野球部グループの前に立ちふさがる。睨み合い、空気がピリッと張り詰めた。

「通れるだろ」

 短く返された一言に、制服ヤンキーの眉がぴくりと動く。反撃が来ると思っていなかったのだ。気まずい沈黙を残したまま、電車は発車メロディを鳴らして扉を閉めた。


「ちっ、あっちに座ろうぜ」

 制服ヤンキー達はボックスシートへ移動した。だが、野球部の楽しそうな笑い声は、ずっと耳に刺さっていた。

「……うるせぇな」

「あいつら、何盛り上がってんだよ」

 苛立ちが募る中、一人が勢いよく立ち上がる。

「ちょっと、黙らせてくる」

「おい、やめとけって」

「次なんかやらかしたら停学だぞ」

 にも関わらず、制服ヤンキー2人は立ち上がった。彼らが近づくのに気づかず、野球部は動画に夢中で楽しく盛り上がっていた。

「うるせーんだよ、お前ら!」

 ドスのきいた声に、車内の空気が一気に凍った。

「何様だよ」

 野球部の一人がゆっくり立ち上がる。睨み合いは、今度こそ本気の喧嘩寸前だった。他の乗客達は一斉に距離を取り、見て見ぬふりを始めた。時々ある一触即発は、やり過ごすのが一番だと身をもって知っていた。


 その瞬間、車内アナウンスが流れた。

「この先、電車が大きく揺れます。お近くの手すりにおつかまりください」

 だが、睨み合いう高校生の耳には、その注意放送は届いていなかった。

「うわっ!」

「うおおっ!」

 電車がガタンと大きく揺れ、制服ヤンキーが野球部の荷物の上に転がり込んだ。その拍子に、野球部の一人のスマホがツルッと滑り、制服ヤンキーの膝にぶつかり足元へ転がり落ちた。

「こ、コノヤロー!」と拾い上げた彼が、画面を見た瞬間、口をポカンと開けた。

「おろっ?汐海さんじゃん」

「は?」

「おい見せろ!」

 制服ヤンキーの一人が慌てて覗き込み、目を輝かせた。

「うわ、これ昨日の新作じゃん!やべぇ、見逃してた!」

「お前等も汐海さん好きなの?」野球部の一人が戸惑いならが尋ねた。

「当たり前だろ、俺、推しだぜ!」

 空気が一瞬で変わった。床に転がっていた制服ヤンキーが立ち上がって、野球部の一人の隣に座り込んだ。

「マジかよ!お前等も推しか!」

「この動画、神回だよな~」ボックスシートの制服ヤンキー達もシート席の方に移動して来た。

「俺、あのTV出演も録画してんだぜ!」少し自慢げに話しだすと一人が、

「うわ、いいな!俺途中で寝ちまって録れなかったんだよ!」と答える。

 喧嘩寸前の二つのグループが、なぜか“推しトーク”で爆笑し始めた。乗客達はぽかんとしつつ、ホッとしたように肩の力を抜く。あの喧嘩の中を通り抜けて車掌を呼びに行かなくて良かったと思っていた。

「俺達、この先の駅で降りるんだ」野球部達が荷物をまとめ始めた。

「運が良ければ汐海さんの交代、見られるぜ!」とっておきの秘密を打ち明けるように、少し自慢げに告げると、制服ヤンキーが驚いた顔をして「マジか!俺達も行くぞ!」と降りる気満々で立ち上がった。

 まるで昔からの友達のように肩を叩き合う10人の高校生。


 電車は減速し、次の駅に向かう。

「汐海さん、子供にも優しいしさ~」

「ファンサもすげぇしな!」

「一度でいいから直接見てぇよな~」

「俺、次の駅から通う事にするわ」

「おい、それ俺も!」

 ワクワクと笑い声が響く車内。さっきまでの殺伐とした空気は、電車の揺れとともに吹き飛ばされたように何処にも無かった。

 そして電車は駅に到着する。

 喧嘩一歩手前だった10人は、すっかり「汐海さん仲間」となっていた。大きな荷物を抱えて、みんなでホームへ降り立った。


 JS-TC線は今日も、色々な人達を乗せて走り続ける。その中には、ちょっとした“推し”で繋がる、予想外の友情もあるのだ。


 後日の駅員談「たまにあるんですよ。喧嘩になりそうなグループ同士が、汐海さんの話で急に仲良くなる事が。あの人、ホント凄いですよね(笑)」


おわり

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