第9章 世界を敵に
夜明け前の空は、鉄のように重かった。
イレーネは山頂に立ち、遠くの地平を見下ろしていた。
そこには――無数の旗が翻っていた。
無詩の旗。
「これが、レオンの望んだ世界……なの?」
リュナが隣で息を呑む。
「人々が自分の意志で戦を止めるために立った。
でも、皮肉ね。
“止めるための戦い”が、今度は“奪い合い”を生んでる。」
各地で蜂起した無詩の民たちは、
神聖連合と戦い、
その連合を恐れた他国までもが、
“平和のため”と称して互いに攻め合っていた。
世界は、もう一度、燃え始めていた。
⸻
イレーネは、古びた地図を広げる。
その中央――「旧聖都」の名が赤く印されている。
「ここが……レオンが最後に目指した場所。」
グランが眉をひそめる。
「まさか、あの焦土に何があるってんだ。」
リュナが、古文書を取り出した。
「“祈りの炉”――神聖連合が最初に作った大魔法装置。
人の祈りを力に変える、世界の根源みたいなもの。」
「レオンはそこを壊そうとした?」
イレーネは静かに頷いた。
「そう。
神に祈る限り、戦は終わらない。
だから、祈りそのものを――止めようとした。」
グランが息を呑む。
「そんなことしたら、信仰そのものが崩壊するぞ。」
「それでも、レオンはやった。
世界の平和のために、ね。」
イレーネは剣を見つめた。
柄に刻まれた古い紋章。
それはレオンの遺した印。
「私も行く。
“祈りの炉”を止める。
それが、彼の願いなら。」
リュナが頷く。
「最後まで付き合うわ。」
グランが苦笑する。
「やれやれ、また世界を敵に回すのか。」
「ええ。今度こそ、本当の意味で。」
⸻
数日後。
旧聖都の廃墟。
灰の街に、風が吹いていた。
中央には、巨大な塔――祈りの炉。
今も微かに、白い光を放っている。
イレーネたちが近づくと、
地面の魔法陣が淡く輝き始めた。
「……罠?」
「いや、違う。」
リュナが目を細める。
「これは、レオンの魔力痕。
誰かが残した“記憶の封印”よ。」
光の中から、声が聞こえた。
「――イレーネ、これを見ているなら、俺はもういない。」
レオンの声。
イレーネは息を呑んだ。
「俺は、戦いで世界を救うことはできなかった。
だが、人が祈ることをやめない限り、
争いもまた終わらない。
だから、これを君に託す。」
光が形を取り、
彼の姿が現れた。
「“祈りの炉”を止めろ。
世界を敵に回してもいい。
俺の願いは、君の自由だ。」
映像が消える。
イレーネの頬を、涙が伝った。
「……あなた、そんなことを私に押しつけて。」
リュナがそっと肩に手を置く。
「でも、あなたにしかできない。」
イレーネは頷いた。
剣を構え、塔へと歩き出す。
「レオン。
あなたが願った“平和”を、
今度は、私が終わらせる。」
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その瞬間。
空が裂けた。
無数の飛行魔導艦が現れ、
光の槍が降り注ぐ。
「全軍、攻撃開始!
無詩を討て!」
神聖連合、帝国、東方諸国――
すべての国が、一つの命令のもとに動いていた。
世界が、本当に一つになった。
だが、それは“平和”のためではなく、
“イレーネを殺すため”だった。
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「……そういうことね。
“平和”を語る限り、人はまた戦う。」
イレーネは剣を握り直した。
「なら、終わらせよう。
この世界ごとでも。」
無詩の旗が翻る。
灰の中に、光が差す。
「レオン。
見ていて。
私は、あなたの夢を壊して、
本当の“平和”を創る。」




