第7章 審判の火
聖都エル・セリオ。
白い石畳に、灰色の空が映っていた。
鐘の音が鳴る。
それは祈りの合図であり――同時に、処刑の刻を告げる音だった。
広場には数千の群衆が集まっている。
彼らの視線の先、処刑台の上。
両手を縛られた女が、静かに立っていた。
金の髪が風に揺れ、瞳には恐れの色がない。
――イレーネ・カーディア。
「異端者を匿い、神の律を破った裏切りの将。
この者をもって、神の怒りを鎮める。」
司祭が高らかに宣告する。
イレーネは目を閉じた。
声を出さず、ただ心の中で呟く。
「……レオン、あなたが無事でありますように。」
⸻
その祈りが届くように。
遠く、聖都の外れの丘。
黒い旗が風に翻る。
無詩の旗。
「本気で行くのか、レオン?」
グランが唸る。
「イレーネを救えば、もう完全に戻れねぇぞ。」
レオンは無言で頷いた。
その瞳は、燃えていた。
「――俺たちの戦いは、誰かを救うためにある。
たとえ、それが世界を敵に回すことでも。」
リュナが呆れたように笑う。
「相変わらずね、ほんと。
……でも、行くなら私も行くわ。」
無詩の旗が掲げられた。
⸻
昼。
聖都の門前。
鐘が鳴り響くその瞬間、地鳴りが走った。
爆風。
門を包む光。
土煙の中から、黒い外套を纏った男が歩み出る。
「――レオン・アークライト!?」
兵士たちが一斉に剣を構える。
だが、彼は止まらなかった。
「俺は戦を止める者だ。
だが、今日だけは――止められない。」
剣を抜く音が響いた。
風が唸り、聖都の門が裂けた。
⸻
処刑台。
イレーネの足元まで火が近づく。
司祭が声を張り上げる。
「今こそ、神の御名において――」
その瞬間、爆風が広場を揺らした。
兵士たちが吹き飛び、炎が散る。
黒い旗が、火の中に翻った。
「――誰も殺させはしない!」
群衆が悲鳴を上げる。
イレーネは目を見開いた。
炎の向こうに、彼がいた。
あの日と同じ瞳で、真っすぐに。
「どうして……来たの?」
「助けに来たに決まってる。」
「そんなことしたら、あなたまで――!」
「構わない。
お前を死なせたら、俺の理想は嘘になる。」
火花が散る。
剣と光の奔流がぶつかる。
神聖連合の精鋭たちがレオンに襲いかかる。
彼は一人で十人を受け止め、誰も殺さず、ただ弾き飛ばした。
その背中に、無詩の仲間たちが続く。
グランが叫ぶ。
「レオン、台の鎖を切れ!」
レオンが駆け上がる。
剣が閃き、鉄の鎖が断たれた。
イレーネが自由になる。
彼女は一瞬、涙をこぼした。
「……どうして、ここまで。」
「俺は、君に“平和”を見たからだ。」
イレーネは何も言えず、彼の胸に飛び込んだ。
その瞬間、
背後で光が弾けた。
聖堂の頂上――
神聖連合の司教が両手を掲げ、巨大な魔法陣を展開していた。
「異端者ども! 神の光で消えよ!」
純白の光柱が空を裂いた。
世界を焼くような閃光。
リュナが叫ぶ。
「やばい! 全員伏せて!」
だがレオンは立っていた。
「逃げろ、みんな!」
「レオン!」
「いいんだ……これは俺が選んだ戦いだ!」
光が迫る。
イレーネが手を伸ばす。
「ダメ――!」
レオンは振り返り、微笑んだ。
「ありがとう。
君が祈るその光が、いつか世界を照らすことを願う。」
光が爆ぜた。
白と黒が交わり、世界が一瞬、無音になった。
⸻
――静寂。
広場の跡に、レオンの姿はなかった。
焼け焦げた旗だけが、風に舞っている。
イレーネはその場に膝をつき、
嗚咽を押し殺しながら、手の中の焦げた布を握りしめた。
「あなたが信じた世界を……
私が、繋いでみせる。」




