第6章 白き嘘、黒き祈り
夜の森。
雪明かりが、黒い影を浮かび上がらせていた。
レオンは血に濡れた衣のまま、木の根に寄りかかっていた。
意識は朦朧としている。
痛みよりも、体の重さが勝っていた。
誰かが、彼の傷に触れる。
「……起きないで。動いたら、死ぬわ。」
その声を、彼は知っていた。
目を開ける。
炎のような金髪が、雪の光に照らされて揺れている。
イレーネ。
「……どうして、ここに。」
「あなたを見捨てられなかった。」
短い言葉だった。
けれど、その一言が胸に刺さる。
「俺を助けたら、どうなるか分かってるのか?」
イレーネは唇を噛んだ。
「分かってる。
私は――裏切り者になる。」
沈黙。
雪が落ちる音だけが、二人の間を満たしていた。
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イレーネはレオンの傷に手をかざした。
聖なる光が、彼の肩を包む。
「……治癒魔法?」
「そう。でも、これは神の加護じゃない。
私の……祈りの残滓。」
レオンが苦く笑う。
「神に背いてまで俺を助けるなんて、君らしくないな。」
イレーネの指が震えた。
「そうね。
でも、あの戦場であなたが死ぬのを見て……
それだけは違うと思ったの。」
「何が?」
「あなたが望んでいる平和が、もし本物なら。
それを壊すのは、神じゃなくて私たちだって。」
イレーネの声がかすかに震えた。
レオンは静かに息を吐いた。
「……ありがとう。」
彼女は顔を背けた。
「勘違いしないで。助けたいのは、あなたじゃない。
私が信じた“正義”を、まだ信じたいだけ。」
「それでも、救いだよ。」
イレーネは何も言わず、焚き火に木をくべた。
二人の影が、ゆらりと重なった。
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数日後。
雪解けの谷間に、小さな山小屋があった。
イレーネは、レオンをそこに匿っていた。
「連合の追手が来るわ。
でも、ここなら数日は持つ。」
レオンは窓の外を見た。
「逃げないのか?」
「逃げるわけにいかない。
私には、まだ“神聖連合の将”という立場がある。」
「それを捨てればいい。」
イレーネが静かに笑った。
「あなたと違って、私は祈りを捨てられないの。」
「それが苦しみの源でも?」
「……祈りを捨てたら、私じゃなくなる。」
レオンは何も言えなかった。
その横顔を見ながら、
彼はふと気づく――
イレーネの瞳に宿る痛みは、自分のそれと同じだということに。
戦い続けて、何も救えなかった者の瞳。
信じるものを壊してまで、なお生きる者の瞳。
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夜。
焚き火の明かりが、二人の顔を照らしていた。
「ねぇ、レオン。」
「なんだ。」
「あなたが信じる“平和”って、本当に人を救えるの?」
「分からない。」
「それでも、進むの?」
「進む。
たとえ、それで全てを失っても。」
イレーネは目を伏せた。
「……あなたって、本当に残酷ね。」
「そうか?」
「ええ。
そんな言葉を聞かされたら、誰だって――
あなたを憎めなくなるじゃない。」
レオンは何も返せなかった。
雪の外に、夜明けの気配が漂う。
それが二人にとっての、最初で最後の静かな夜だった。
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その頃――
聖都エル・セリオでは、処刑命令が出ていた。
「第一軍将イレーネ・カーディア。
異端者を匿い、神の律に背いた罪により――
死刑とする。」




