第5章 滅びの光
春が訪れることなく、世界は燃えていた。
神聖連合は、各国に勅命を下した。
「異端組織《無詩》は、神の秩序を乱す悪しき者。
これを討つこと、すなわち神への奉仕である。」
その布告が読み上げられた日、
レオンの旗は正式に――「世界の敵」となった。
⸻
山岳の洞窟。
無詩の仲間たちは焚き火を囲んでいた。
リュナが苦笑を浮かべる。
「世界の敵、ね。
たいした出世じゃない。」
グランが煙草をくわえて笑う。
「まあ、戦を止めるほどの奴が平和に生きられるわけねぇか。」
レオンは黙っていた。
焚き火の炎が、彼の横顔を赤く染める。
「……世界を敵に回すのは、構わない。
でも、俺たちが“敵”になる理由を、
本当に誰も考えないのか?」
「考えないさ。
信仰の言葉は、いつだって考えるより先に信じるものだから。」
リュナの声は淡々としていた。
沈黙が落ちる。
洞窟の外では、雪が溶け、遠くの村が燃えている。
⸻
翌朝。
無詩の一団は南へ移動していた。
だが、その道の先に待ち受けていたのは――
神聖連合と、連合国軍の合同討伐部隊。
数千の兵が、黒い列をなして丘を埋め尽くしていた。
リュナが顔をしかめる。
「囲まれたわね。」
グランが剣を構える。
「全員で突っ切るしかねぇ。」
レオンは首を振った。
「違う。逃げる。」
「は?」
「この戦に勝っても、何も残らない。
俺たちは“戦を止める”者だ。
生き延びて、次を止めるために生きる。」
そう言って、彼は旗を背負い直した。
その姿に、仲間たちは誰も逆らわなかった。
⸻
逃走の途中。
山道の先、吹雪の中に影が現れた。
白銀の軍馬。白いマント。
――イレーネ。
彼女の姿は、以前よりも険しかった。
その手には、光を帯びた剣。
「レオン・アークライト。
これ以上の逃亡は、神の赦しを失う。」
「赦し? 俺は最初から祈っていない。」
イレーネが剣を構える。
「なら、あなたを討つ。
それが、この世界の秩序を守る唯一の道。」
レオンは剣を抜かなかった。
「俺を討てば、戦は終わるのか?」
イレーネの動きが止まる。
「……終わらない。けれど、あなたを討てば――
人々は再び、神を信じられる。」
「それが“平和”だというのか?」
彼の問いに、イレーネは答えられなかった。
雪が降る。
白と黒の旗が、風に舞う。
「イレーネ……俺は、お前を敵だと思いたくない。」
「……私もよ。」
ほんの一瞬、二人の距離が近づく。
だが、その瞬間――
背後から矢が飛んだ。
グランがレオンを突き飛ばす。
「伏せろッ!」
矢が肩を掠め、レオンは倒れ込む。
血が雪を赤く染めた。
「レオン!」
リュナの悲鳴が響く。
神聖連合の兵たちが雪原を駆け下りてくる。
イレーネが振り返り、怒鳴った。
「待て! 命令はまだ――!」
だが止まらない。
兵たちは狂信に駆られ、矢を放ち続けた。
「やめろ!!」
イレーネが叫ぶ。
だが、その声すら雪にかき消された。
彼女は剣を投げ捨て、レオンの前に立った。
「もう撃たないで!」
矢が頬をかすめ、彼女の白いマントを裂く。
それでも、彼女は立ち続けた。
「この男は……人を殺していない!」
兵たちの動きが止まる。
沈黙。
風が、旗を揺らした。
レオンは血の中で、かすかに笑った。
「……お前は……やっぱり、優しいな。」
イレーネが泣きそうな声で言った。
「もう喋らないで。
あなたを助ける方法を……」
「いいんだ。
俺が死んでも、誰かが“戦わずに生きる”ことを選べるなら。」
その言葉に、イレーネの瞳が震えた。
彼女は、自分でも理解できない感情を抱いていた。
憎しみでも、信仰でもない――
ただ、彼という存在を失いたくないという、痛みに似た想い。
⸻
夜。
吹雪の中で、無詩の仲間たちはレオンを抱えて撤退した。
彼は意識を失い、血の跡だけが雪を染めた。
丘の上、イレーネはその跡を見つめていた。
そして、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「……もし、あなたの平和が本当なら。
私の信仰は、何を守っていたの……?」
雪が静かに降り積もる。




