第3章 神聖連合の影
風が止まった。
空の色が、どこか重たい。
戦を止めたあの日から、三ヶ月。
無詩の名は、すでに各国に広がっていた。
「無詩――戦を止める亡霊ども。」
「神をも恐れぬ異端者たち。」
称賛も、憎悪も、同じだけ向けられる。
それでも、レオンは進んだ。
次に止めるべき戦がある限り、立ち止まらない。
⸻
その日、無詩の一団は南部高原を越えていた。
灰色の雲の下、遠くに見えるのは巨大な聖都――エル・セリオ。
リュナが不安げに眉をひそめた。
「本当に行くの? あの街は神聖連合の心臓部よ。」
レオンは頷く。
「ああ。戦の火種があるなら、踏み込むしかない。」
「でも、あそこは……」
彼の言葉を遮るように、風が鳴った。
丘の下――
白銀の甲冑をまとった騎士たちが並び立っていた。
その中央に、一人の女。
金の髪を束ね、白い軍衣を纏う。
瞳は氷のように冷たいのに、どこか祈りにも似た光を宿している。
神聖連合・第一軍将――イレーネ・カーディア。
「――無詩の旗を掲げる者、レオン・アークライト。」
澄んだ声が、風を切った。
レオンは一歩前に出た。
「名を知られているとは、光栄だな。」
「異端の名は、神の耳にも届く。」
イレーネの表情は微動だにしない。
「あなたたちの行為は、神への反逆。
戦を止めるという行為は、神が定めた試練への冒涜。」
「神が戦を望んだのか?」
レオンの声が低く響く。
「違う。だが、人が争うこともまた神の摂理。
あなたたちはそれを乱した。だから粛清する。」
剣が抜かれる音。
神聖連合の兵が一斉に構える。
レオンはため息をついた。
「……なるほど。これが“正義”か。」
無詩の仲間たちも武器を構えた。
グランが唸る。
「来るぞ、レオン!」
レオンは静かに旗を掲げた。
「戦う。だが、殺さない。」
「甘い理想ね。」
イレーネが呟いた。
次の瞬間、光が弾けた。
イレーネの剣が光をまとい、空気を裂く。
聖属性の剣技《神撃》。
レオンが受け止める。
衝撃が大地を揺らす。
金属が擦れる音。
火花の向こうで、二人の視線がぶつかる。
「あなた、本当に……殺す気がないのね。」
「当たり前だ。俺の目的は、戦を終わらせることだ。」
イレーネの剣が止まった。
その目に、一瞬だけ迷いが走る。
「……なら、あなたはきっと、神に殺されるわ。」
彼女は剣を収めた。
そして、静かに背を向ける。
「今日のところは引くわ。
けれど、次は容赦しない。
神の名の下に、あなたを討つ。」
白いマントが翻り、彼女は兵を率いて去った。
レオンは剣を下ろす。
その横顔に、微かな疲労と……哀しみが見えた。
リュナが近寄る。
「今の人……何か、知ってる顔みたいだった?」
レオンは首を振る。
「いや……けれど、あの瞳を見た瞬間、思ったんだ。
もしあの人が敵でなければ――俺は、救われたかもしれない。」
風が吹いた。
無詩の旗が、静かに揺れる。
レオンの胸の奥で、何かが確かに動き始めていた。




