第2章 無詩の誓い
戦火の匂いは、まだ消えていなかった。
だが――
その焦げた大地の中にも、小さな芽は生まれる。
無詩。
旗の下に集った者たちは、まだ十数人ほど。
誰もが傷つき、誰もが何かを失っていた。
レオンはその中央に立ち、
焚き火の光に照らされながら言った。
「俺たちは、国を持たない。
神も、王も、信じない。
けれど――この手で世界を変える。」
彼の声は、静かだが確かだった。
「戦場に現れ、どちらかの味方をすることもある。
だが、俺たちが信じるのは“勝利”ではない。
――終戦だ。」
仲間たちの間にざわめきが走る。
「戦を……止めるために戦う?」
「そんなことが、できるのか?」
レオンは微かに笑った。
「誰もやらなかった。
なら、俺たちがやる。」
⸻
夜が明ける。
無詩は初めての行動に出た。
西部国境地帯――ロドニアとセルヴァの国境紛争。
数千の兵が睨み合う戦場へ、
レオンたちはたった二十名で乗り込んだ。
丘の上から、戦場を見下ろす。
槍の列、魔法陣の光、叫び声。
「……地獄だな。」
グランが唸る。
リュナが呟く。
「ねぇレオン、どうするの? この数、まともにぶつかったら死ぬわよ。」
レオンは無詩の旗を掲げた。
「見せてやるさ。
“戦わずに、止める戦い”を。」
⸻
夕刻。
両軍が激突しようとした瞬間――
突如、戦場の中央に黒い旗が立った。
無紋の布が、血と煙の中で風に舞う。
「な、なんだあれは……!」
「どこの軍の旗でもないぞ!」
ざわめきが広がる。
次の瞬間、旗の前に立つレオンが声を放った。
「この戦、今すぐ退け!」
その声は、戦場全体に響いた。
魔力を帯びた声――《共鳴》。
兵たちは一瞬、動きを止めた。
その隙をついて、無詩の隊が中央へ突入する。
だが斬ることはない。
彼らは敵の槍を弾き、盾を砕き、武装を奪うだけ。
誰一人、殺さない。
「殺さずに押し返すだと……!?」
敵将が叫ぶ。
レオンはその前に立ち、剣を交差させた。
火花が散る。
「神に祈って戦うなら、俺は人の名で止める!」
彼の剣が閃き、敵将の槍を弾き飛ばす。
一撃も殺さない。
それでも、その気迫だけで戦線が崩壊していく。
やがて両軍の兵士たちは、剣を下ろした。
沈黙。
レオンが旗を掲げる。
「この戦、ここで終わりだ。
勝者も、敗者もいらない。
今日の犠牲が、無駄にならないように。」
誰もが息を呑んだ。
そして――
最初に膝をついたのは、ロドニア軍の若い兵だった。
「……もう、戦いたくない。」
その声が広がり、
セルヴァの兵までもが武器を置いた。
戦は、止まった。
⸻
夜。
無詩の野営地。
グランが酒をあおりながら笑った。
「まさか本当に止めちまうとはな……!」
リュナがレオンに微笑む。
「あなたの理想、ちょっとだけ信じてあげる。」
レオンは静かに頷いた。
「信じるんじゃない。
選ぶんだ。
“戦わない”という選択を。」
焚き火の火が揺れた。
誰かが小さく拍手をした。
それが次第に広がり、夜空へと響いた。
無詩の仲間たちはその夜、
初めて“笑った”。
戦の中で、確かに平和の種が芽生えた瞬間だった。




