第1章 異端の旗
赤い空が燃えていた。
砕けた城壁、倒れ伏す兵、焼け落ちる村。
戦は、もはや日常だった。
その地獄の中で、ただ一人、男が立っていた。
黒い外套。
風にたなびく、色を持たない旗。
その布には、何の紋章も刻まれていない。
――無詩の旗。
「……もう祈ることに意味はない。」
男――レオン・アークライトは、
血に濡れた剣を地に突き立て、
静かに呟いた。
その瞳は、諦めではなく、怒りでもなく、
ただ、痛みに似た静けさを宿していた。
「神の名のもとに、どれだけの命が奪われた……?」
戦場に吹く風が、彼の声をさらう。
焼けた匂いと、祈りの残骸。
どこかで、誰かが泣いている。
レオンは振り返らず、ただ前を見た。
「俺はもう、神に祈らない。
――人を、信じる。」
そう言って、彼は旗を掲げた。
それは、どの国にも属さぬ旗。
どの神にも縋らぬ旗。
ただ「祈りなき平和」を象徴するもの。
無詩――祈りを持たぬ者たちの旗。
⸻
数日後。
辺境の村、エリオス。
戦火に焼かれ、瓦礫と化した教会に、
数人の男たちが身を寄せていた。
「レオン様、本当にやるんですか?」
「やる。」
短い返事に、周囲の空気が引き締まる。
「我らは、もはや神に見放された民だ。
けれど、人が人を救うことは……まだ、できる。」
そう語るレオンの手には、
古びた剣と、折れた祈りの護符。
かつては神聖連合の聖騎士。
だが今は、裏切り者として名を消された男。
「無詩――それが俺たちの名だ。」
沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのは、
戦で家族を失った傭兵のグランだった。
「……いいだろう。俺はもう祈りに飽きた。」
続いて、魔術師の少女リュナが杖を立てる。
「面白そうね。どうせ生きるなら、誰かを救う方がいい。」
レオンは頷いた。
「俺たちは武で戦う。
だが、奪うためじゃない。
――止めるためだ。」
その夜、彼らは誓った。
どの国にも属さず、戦場に現れては、
武で戦を止める存在になることを。
“平和を武で守る者”――それが、無詩の始まりだった。
⸻
夜明け。
村の丘の上。
風に無詩の旗が翻る。
それはまだ、粗末な布切れにすぎなかった。
けれど、
その旗の下に集まった者たちは、
確かに「何か」を信じ始めていた。
レオンは小さく呟いた。
「この旗が、血に染まろうとも。
俺たちは祈らず、ただ願う。
――平和のために、戦う。」
風が、旗を高く揺らした。
その日、無詩の伝説が始まった。




