第四章「新年の夜明け」
二十月十一日、この世界ではあと五日で新年を迎えるためアランたちは、普段の訓練に加えて、新年祭の準備もしていた。
「おいおい、基地なのにこんな飾りつけして何をするっていうんだ」
深夜、飾りつけを行うイーはそう言った。それにアランは、
「お前、新年祭を知らないのか」
と言った。
「田舎者でもさすがに知っているぞ。農地に祈りをささげてザムパンを食べるんだろ」
イーはそう言う。それを聞いてアランはこう言う。
「俺の知っている新年祭とは違うぞ。俺の知っている新年祭は今みたいに数日前から飾りつけをして、当日は肉とかのごちそうを食べるものだ」
イーは、
「肉を食べれるなんて都会の事情はわからないな」
と言った。しかし、
「おーい、あくしろよ」
と言うほかの兵士の声によりアランとイーの話は終わり、再び飾りつけを始めた。
二十月十五日、新年祭まであと一日となったとき宿舎の飾りつけはもうすでに終わっていて、兵士たちは訓練が終わった後あすの新年祭に向けて料理を作っていた。
「ギダにツェに…サーをそれぞれ一口大に切り分けて」
アランは慣れない料理だが、明日に向けて必死に頑張っていた。
「そっち、野菜切れたか」
鍋の前に居る兵士はアランにそう聞いた。
「もうできたよ」
アランはそう言った。それを聞いた兵士はアランが切った野菜を順番に鍋に入れ、煮込んでいた。
翌日、この日は一年で最後の日二十月二十日。新年祭はこの日の夕方から翌日の昼にかけて行われる。夕方、訓練が終わったアランたちは昨日作っておいた料理を順番に受け取り、食堂で宴を行っていた。
「この一三〇四〇年も今夜で最後だ。この一年の業務に拍手を」
上官がそう言うと兵士たちは一斉に拍手をはじめた。
数々の料理がそこにはあったが、アランは野菜と肉のスープを好んで食べていた。彼にとってそのスープは長い軍生活の中で家族を思い出させてくれる味であり、同時に家族に対する一抹の不安を感じる味でもあった。比較的地位の高い軍の中でも食事に肉が出ることはない、あるいは出ても少しだけであり兵士たちは肉の味に夢中になっていた。
食事を終えたアランは、騒がしい宴会場を抜けて廊下の窓からシャインサンの方向を見つめていた。シャインサンは少し遠くからでもわかるほどに明るく、北側の大きな花火も少しだけ見えていた。そして、ここは軍事境界線のすぐそばであり、シャインサンとは逆側からも明るい花火が見えていた。
その中でもひときわ大きな花火が軍事境界線の向こうで上がっていた。それは何かの文字のようだった。
「かべ…あっても…きょう…だい…壁があっても皆兄弟」
アランの眼には花火の文字はそう見えた。彼の頭の中にある一言が来る。
「約束するさ。絶対に一緒に壁を越えよう」
その瞬間、彼は思い出した。自由への渇望とツァヴィーカとの約束を。
彼は急いで宴会場に戻りイーものとへ駆け寄った。
「ここをこっそり抜け出そう。今ならできるかもしれないんだ」
そのアランの言葉にイーは一瞬困惑したが「約束」の話を思い出し、
「ああ、分かった。燃馬車を盗んで今すぐにシャインサンへ向かおう」
こう言った。
彼らは警備のすきを突き軍の燃馬車を一台盗みシャインサンを目指し走り出した。
「道路から出たらだめだ。山を経由して向かえ」
イーがそう言うと、アランは山中へとハンドルを切り、ポルベンの基地を抜け出すことに成功した。それから百四分間、燃馬車を走らせ、シャインサンの都市部に到着した。
「ここからは燃馬車では無理だ。あとはお前ひとりで頑張れよ。これが最後の言葉になるかもしれない。頑張れよ」
イーがこう言い彼らが燃馬車から降りるとアランは、
「そうだ。必ず成功させてみるよ」
と言った。
時刻は深夜四十五時過ぎ。都市部に入ったといえどまだまだ壁までは長く、アランは数か月前の記憶を思い出しながら壁のある中心部へと走り出した。
(ここの大きな店を左に曲がると確か学校が)
アランはそのように次々と角を曲がっていくと何度も行ったことのある大きな公園へと着く。彼はそこを懐かしいと思いながらも、
(よし、ちゃんと壁の方に近づけている)
という喜びの方が大きかった。
もうすぐで〇時を回り年が変わろうとしているとき、アランはようやく彼が住んでいた地区にたどり着き、祭りもより大規模に行われていた。
「君、急いで走っているけど。もしかして君もあの花火を見て壁に行っているのかい」
一人の若者がアランに話しかけた。アランは、
「そうだ」
と答えると若者は、
「そうか、頑張れよ」
といった。
そしてついにアランは壁の前にたどり着くことができた。壁の前では民衆が屋台の客引きが飛び交う中、壁の向こうの花火に夢中だった。中には壁を壊そうとする者もいて、警察と小競り合いが発生していた。
アランがしばらく周りを見回していると年越しのカウントダウンが行われていた。
「二〇、一五、一四」
そう続いていく中で民衆はより激しくなっていき、
「三、二、一、〇」
年越しのその瞬間、民衆は一斉に壁を壊し始めた。民衆は軍人と警察が止めに入ると思い、自分たちの体で盾を作りそれらの脅威から壁を壊す人を守っていた。しかし、軍人たちはそれを停めようとせず、逆に民衆と共に壁を壊し始めた。民衆は一枚目の壁を壊し終わると二枚目の壁を軍人と共に突破しようとする。壁の向こうからも金属音が聞こえ、ついに壁の一部が崩れ北側とつながった。
初めて北側に入ったアランは戸惑いながらも必死に、
「ツァヴィーカ、ツァーヴィーカ・ヘルウィック」
と叫んだ。しかし、いくらたっても返事は来ない。アランが諦めかけていたその時。
「その声はアラン。アラン・ルヴャイなの」
と懐かしい声がアランに聞こえた。
二人は声を掛け合いながら民衆の中を進んでいくとついに数年ぶりの再会を果たした。
「あなたは本当にアラン・ルヴャイなの」
「ああそうだ、ウォルカス小学校のアラン・ルヴャイだよ」
その言葉と共に二人は境界線の上で抱擁を交わした。