第三章「守るべきもの」
一三〇四〇年一四月二一日未明、アランは鐘の音ではなく強い揺れで飛び起きた。
アランはそれが人生で初めてのものだったためそれが何かすぐには気づくことができなかった。しかし、それも誰かの声ですぐに解決する。
「地震だ」
アランはその言葉を聞いて驚いた。なぜなら彼は地震など紙の中の記録に過ぎなかったからだ。
そして、兵士が混乱しているとき、一つの放送が入る。
「北海岸への派遣が決定。一二五部隊の隊員は至急、出動準備を」
これがアランの初めての指令だった。
「おいお前ら。早く準備を済ませろ」
教官がそういうことでアランは一瞬にして冷静さを取り戻した。
アランは訓練でしたように服を着替え、物資を持ち、数十人乗りの燃馬車に乗る。燃馬車が順番に出発していくとついにアランたちの番が来た。初めての任務でアランは少し緊張していたが彼は今なら何でもできると思っていた。
「えー、皆さんは到着したらまず、人命救助に当たってください。繰り返します。皆さんは到着したらまず、人命救助に当たってください」
車内でそう放送が流れた。それに続けて乗っていた管理役の兵士が、
「お前ら、二日以内にできるだけ早く多くの人を救助しろ。救助した人は一番近くの避難所に連れていけ」
と言った。
「俺は戦うことが得意なのであって、誰かを守ることが得意なわけじゃないから、お前が救助の頼みの綱だ」
イーがそう言う。それにアランはこう答えた。
「分かった。町の住民は絶対に助ける」
「約束だぞ」
アランにイーは言った。
「もちろんさ」
アランもそう応えた。
そうこうしているうちにポルベンを出発した燃馬車は北海岸のリウツウィックに到着しようとしていて管理役の兵士もこう告げる。
「もう到着するぞ。いつでも救助に取り掛かれるようにしておけ」
それを聞いた兵士たちは、ひっそりと覚悟を決めていた。
現場に到着すると兵士たちは唖然とした。
そこに広がっていたのは話の上の存在だった地震によって見るも無残に消えていた町であった。
「なんだこれは。こんなところに人が残っているとでもいうのか」
と一人も兵士が言う。それを聞いたのか管理役の兵士が、
「ここには誰もいないように見えても、建物の下には数えきれないほどの人が居る。鼓動の一つ聞き落すな」
と言うと。その言葉を聞いた兵士たちは瓦礫を掘り返し、必死に救助を始めた。
しかし、しばらくたってもアランたちは一向に被災者を見つけることができなかった。本当に見つかるのかと疑っていると、アランは小さいが鉄板がたたかれる音を聞き逃さなかった。
「こっちだ」
アランはそう言うと周りの兵士と瓦礫をどかしていく。すると、崩れた建物の中には小さな子供が力尽きそうなか細い腕であの音を鳴らしていた。
「大丈夫だからな。とりあえず、避難所行こうか」
その子を見たイーがこう言うと子供は小さく頷き、イーのもとについていった。
イーは避難所へ向かおうとしていた時に
「俺は信じているぞ」
とアランに呼び掛けた。アランは返事をせずにイーのもとに振り返り笑顔を見せた。
先ほどの経験を活かしてアランは、
「生存者の方は近くにあるもので大きな音を鳴らせてください」
と周りに呼び掛け地上からでは気づくことのできない被災者を探し出し、救助していた。イーは現場と避難所を往復し、被災者を避難所に送り届ける。大きな瓦礫でも数人で持ち上げ救助する。そんな兵士の姿は被災者からは大きな希望になっていて、それはまるで戦闘訓練で先陣を切ったアランに向けられたまなざしであった。
救助をしている間に日が暮れていく。
「そろそろ、寝る、準備を、するぞ」
誰かがそう呼び掛けると全員は燃馬車に集まり、荷物の中から食料を取り出した。食料の袋を開けると中にはあまり大きいとは言えない硬い棒状の食料と小さなザムパンがあった。とても少ないように見えるかもしれないが、彼らにとっては命の綱であり数少ない元気の素である。
「おいしいな」
「ああ」
そんな会話だけが飛び交い、兵士は最小限の食事を最大限に味わっていた。
食事を終えた兵士たちは燃馬車の硬い座席の上で寝ている。しかし、建物も灯も流された町で夜空は見て見ぬふりをしているように静かに輝いている。
アランたちは朝日が昇るより前に本部からの連絡で目を覚ました。
「こちら本部。直ちに救助活動を」
それを聞いた兵士たちは朝食を食べ、燃馬車に乗り避難所を経由して別の区画に行こうとしていた。
しかし、出発したその時地面は再び揺れだす。
「小さいから今のは無視だ」
管理役の兵士もそう言うが、避難所に着いたとき兵士は違和感に気づいた。
「海から波が来るぞ」
兵士の誰かがそう言うと管理役の兵士はこう言った。
「できるだけ多くの市民を乗せて山の上に行け」
聞いた兵士たちは避難所の人々を次々と燃馬車に乗せ、場所が足りなくなると燃馬車の上にも人々を乗せていった。しかし、出発の時にアランは見た。燃馬車に乗ることができずに避難所に取り残された人々を。アランはほかの兵士に、
「あの人たちを見捨ててもいいのか。今乗っている人も残された人も命の重さは同じなんだ。」
こう問いかける。しかし、
「全員助けようとして全員死んだらどうなんだ。こいつらは乗れた。あいつらは乗れなかった。ただそれだけだよ」
とイーは言うと、アランは諦めて今乗っている人だけで避難することを選択した。
アランたちが燃馬車で山に登った時にはもうすでに避難所は流されていて、跡形もなくなっていた。
「俺たちは救えなかった」
アランがそう呟くもすぐにイーが、
「俺たちは救えなかったんじゃなくて、ここに乗った人を救えたんだ。そして乗せなかったからと言って死んでいるわけではない。自力で山に登ったり、波に流されながらも生き残ったりしているかもしれない」
こう言った。そんな中本部からこう連絡が入った。
「波により生存者がいる可能性が著しく低下した。今から物資運搬の業務に変更する。すぐにポルベンまで戻ってこい」
その連絡により兵士たちは一旦ポルベンまで戻り、燃馬車を大型のものに変えていた。
「できるだけ多くの物資を詰めろ」
そう言われながらもアランは食料、毛布、燃料を燃馬車に詰め込み管理役の兵士を変えて再びリウツウィックへと向かう。
二回目は何事もなくリウツウィックに到着し、救助を行っていたところの近くの避難所で物資の提供と炊き出しを行うことになる。
アランたちは燃馬車から物資を下ろし、避難所の中に運び込む。自分たちの食事も最低限で、活動することもままならなかったがそれでもアランは仕事を続け、避難所に二週間分の物資を運びきったがこれだけでは仕事は終わらない。持ってきた食料を使い被災者に料理を提供することも兵士の仕事だ。アランは慣れない料理に苦戦するも限りある材料で作った料理が被災者に力を与えていることに大きな喜びを感じていた。
しかし、喜びはすぐに終わることとなる。翌日、避難所にいた百四十歳のおばあさんの持病が悪化してしまった。彼女は普段から薬を服用していたものの、この状況では薬を手に入れることができなかったのだ。彼女はこの地震で夫と息子、三人の孫を失っていて、三人の子供と五人の孫と共にこの避難所に来ていた。
「母さん、せっかく生き残ったんだ。だからいかないでくれ」
彼女の息子はこう言った。しかし、彼女は子供たちにこう告げた。
「私はもういいんだ。百四十年も生きていたらもうそれで十分さ。地震から生き延びて少しでも長く生きられたことに感謝しているよ」
それを聞いた子供たちは燃え尽きそうな命の前で、長く長く涙を流しそれぞれが感謝を伝えた。それを見ていた周りの人も共に涙を流す。もちろんそこにはアランたちも含まれている。
数十分がたつ頃には彼女の動きも少なくなっていき、やがて「ありがとう」と言い安らかに一本の蝋燭は燃え尽きた。
「皆さん盛大な拍手をお願いします」
彼女の息子の一言により避難所の中には長い間拍手の音だけが響き渡っていた。
夕食の時間になると昨日のように兵士たちは炊き出しを行う。しかし、そこには兵士だけでなくおばあさんの子供たちもいた。
「一緒に調理をさせてください。母の味をここのみんなにも味わってほしいからです」
その言葉に管理役の兵士も涙を流し、快く受け入れられた。
「塩はこれくらいでギダの筋は抜いて…」
彼女の子供たちはある材料で必死に彼女の味を再現していた。
完成した料理は兵士を含めた全員で食べた。彼らは生へのありがたみを感じ、彼女の一家へ深く感謝をしていた。
翌日、避難所の前には多くの花が飾られていた。ここら辺の花は波に流されて無いと思われていたが崩れた建物の隙間や近くの山の中からとってきて、おばあさんのために供えられていた。
それから、アランたちは様々な避難所で物資の支援と炊き出しを行ってきて二十月十日になり、最後の物資運搬の作業を始めていた。二か月以上この仕事を続けていた彼らは、もう作業に完全に慣れ切っていた。
「ふう、あと半分だ」
アランがそう呟く。
「おう、頑張れよ」
兵士の誰かがそう返す。アランはそれを忘れたものの、それは確かに心の支えになった。
時計の針が二十三時を回ったころ照りつける太陽と寒い空気の中、兵士たちは全ての物資を下ろし終えた。
「これでやっと終わりか」
アランがそう言うと、イーは、
「ああ、長かったな」
と言った。兵士たちは作業が終わるや否や自分たちの荷物を燃馬車に詰め込み、帰る準備をしていた。
「おーい。早くしないとおいていくぞ」
一人の兵士がそう言うと、
「分かった。今から準備する」
とイーが言った。
アランとイーは荷物を燃馬車に自分たちの荷物を載せ、出発の準備をしていた。しかし、準備中の彼らに一人の少女が話しかけた。
「あの…」
それにイーは、
「どうしたんだ」
と返した。少女は、
「皆さんに感謝を伝えたいんです」
と言った。イーが兵士たちを集めると少女は話を始めた。
「私はこの地震により家族を亡くし帰るべきところもなくなってしまった中、この避難所に来ました。最初は両親もいない中自分一人で生活できるか不安でした。しかし兵隊さんが私たちに物資を恵み、明日の食べ物に困る私たちのために料理も作ってくれて、毎日の心の支えでした。この二か月間、本当にありがとうございました」
これを聞いた兵士たちは静かに涙を流し、
「何があっても絶対に守ってやるからな」
イーがそう言うと少女は、
「うん」
と返事をし、
「さようなら」
と両者は別れを告げ少女は避難所へ、兵士たちは燃馬車へと戻っていった。そして兵士たちは燃馬車を走らせ、ポルベンへと戻っていった。