第一章「壁の町」
「アラン。この壁の先では、サーで作ったとってもおいしい食べ物が売られてるらしいよ」
ツァヴィーカは目の前に広がる壁を見て。目を輝かせながらそう言った。アランは、
「いつか、この壁の先に行けるといいな」
と言った。しばらく話していると一人の軍人がやってきてこう言った。
「こんなところに居たら危ないじゃないか。いつ北に攻撃されるか分からないんだぞ」
「はーい」
アランたちはそう返事をして家に帰り始めた。
帰っている間、二人はこう話していた。
「アラン、壁の向こうの食べ物はどんな食べ物なのかな」
「ここの食べ物よりもおいしいんじゃないか。高い建物もあって豊かそうだし」
「そうね、ここよりももっと甘いお菓子があるのかな」
「そうだな。ここでお菓子といったらザムパンくらいしかないからな。きっと、俺たちが見たこともないような美しいお菓子があると思うよ」
「いつか、食べてみたいわね」
「きっと食べれるよ」
そう話している間に、二人はそれぞれの家に向かう分かれ道まで来た。
「さようなら」
「また明日」
そう言葉を交わすと、二人はそれぞれの帰り道を歩んだ。
アランが家に着くともうすでに
夕食はできていて、食器の準備をしているところだった。
「お帰り。今日はルヴャイが好きなツェオテンよ」
アランの母親の暖かい声が家に響いた。その後、アランが夕食を食べ終わるとこう言った。
「壁の向こうの町にはどんな食べ物があるのかな」
アランの母はこう返した。
「見たこともない肉、見たこともない野菜、見たこともない果物でできた食べ物があるんじゃないかしら」
それを聞いたアランは壁の先への期待を膨らませた。
しばらくたち、ずんぐりとしたテレビのボタンをアランが押し、電源をつけた。
「今日は、南北分断から五十年になります。ここでどのような経緯で分断が起こったのか再確認しましょう。」
「今から百二十三年前、協和党現在の北アランの大領主が不法に非常事態宣言を行ったことで民主党、国民党現在のアラン政府が大領主を解任、その後協和党が北アランとして独立したことで南北は二つの国家となったわけで」
「えぇ、それから北アランによる首都侵攻を防ぐ目的で、百十年前、壁が建設されたわけですよね」
「そうですね…一刻も早く南北統一が行われるといいですね」
「この百十年で約五十四万人が壁を越えて行ってしまいました」
「壁を越えた後、処刑されたという情報が入ってきていますが、なぜこのようなことが起きてしまうのでしょうか」
「えぇ、専門家の見解によると北のスパイによる扇動の可能性があるとされています。現在、政府は北アランに入国しないよう呼び掛けています」
テレビでは南北分断に関するニュースが流れていたが、まだ小学生のアランにはどういうことなのかが分からなかった。
そして、アランは母の呼びかけにより就寝することになった。
その夜、アランは少しの夢を見た。それは花火が打ちあがる夜に、宴が行われているというものだった。しかし、宴が行われているところに見覚えのなかったアランは、周りを探ることにした。すると、地名は全て北のものであり、アランが警察に怯えながら隠れたところで夢は終わった。
朝、アランは気味の悪い夢を見たと思ったが、いつも通り朝食を食べて学校に行く支度を済ませた。
アランは通学路の近くに見える壁を気にしつつも車があまり通っていない片側三車線の道路沿いを歩き学校に向かうといつもより道に居る軍人の数が多いことに気が付いた。
すると、ちょうどこの時に一人の軍人に話しかけられた。
「君、今から学校か。ここの道は危ないから、今日は別の道を通っていきなさい」
そう言われたアランは慣れないながらも別の道で学校に行くことになり、いつもより少しだけ到着が遅くなった。
「あっ、おはよう。アランいつもより遅いじゃん」
アランは、そう同じ組の人からそう話しかけられた。
その後、アランが友人と会話をしているとチャイムが鳴り、授業が始まる。
「今から、一時間目の授業を始めます」
組長の声が教室に響く。そして先生が、
「今日は南北の生活を比べてみたいと思います」
と言い、南北分断に関する授業が始まった。
「北の食べ物には大量の砂糖、炭水化物が入っており、とても健康に悪いです」
「皆さんは普段どのようなものを食べていますか」
アランの近くの席の人がこう発表した。
「私は普段、野菜が入ったフォテンを食べています」
「いいですね。ほかにはありませんか」
「よく、果物を食べています」
みんなの発表が終わると、
「皆さん健康的でいいですね。このようにアランでは健康的な食べ物が食べられています」
先生がそう言ったところでアランは後ろからこう聞いた。
「これはきっと「へんこうほうどう?」ってやつだよ。本当はここよりももっといい食べ物がたくさんあるはずだよ」
それはツァヴィーカの声だったがアランは気づくのに少し遅れた。
「それでは、次は北の家について話します」
「じゃあまず、みんなで自分たちの家がどんな家か話し合ってみましょう」
そう先生がいうとみんなは自分の家について話し始めた。
「私の家は一軒家よ」
「俺はマンションの三階に住んでるぜ」
など様々な家を挙げていった。すると先生が、
「皆さん、半分くらいの人は一軒家に住んでいて、もう半分は集合住宅に住んでいますが五階くらいまでしかありませんね」
「北は土地が狭く、狭い部屋がたくさん集まった高い建物に住んでいて、大変な暮らしをしています」
このような授業がもう少し続いたころ、チャイムが鳴り、
「これで、授業を終わります」
の掛け声で授業が終わった。
その後数時間たったころ、
「皆さんさようなら」
この掛け声とともに学校の子供たちは下校し始めた。
その中でもアランは特に早く家に帰っていった。
「ただいま」
家に帰るとアランはそう言って、支度を始めた。その様子を見たアランの母は、
「はい、今月の配給切符」
そう言いアランに数枚の果物の配給切符を渡した。
アランはそれを受け取ると急いで、市場へと向かう。信号を渡り、路地を通りいつもの果物の店に着いた。
「いらっしゃい。今日は何を買うのかい」
店主の優しい声とともに、アランは新鮮な果物の香りに包まれながら果物を選んでいた。
「これください」
アランはそう言いながら店主に黄色い果物を渡した。
「じゃあ、切符一枚ね」
店主がそう言うとアランは配給切符を彼に払った。
「まいどあり」
店主の声と共に帰ろうとしていたアランだったが何か思い出したようで店主にこう聞く。
「壁の向こうには何があるの」
二人の間に少しの沈黙が流れたが店主はこう答えた。
「子供のころ、少しだけあの壁の先に行ったことがあるが、あそこはよかったぞ。ここみたいな配給切符がなくてお金ってもんがあって、それがあると何でも自由に買えるんだよ。百年以上前の話だけど、いろんな機械があって生活が豊かでみんなが幸せだったよ。あっ、この話は周りの大人にするなよ」
その話を聞いたアランは、
「へー、俺も壁の向こうに行ってみたいな」
と言ったが、
「このことはおじさんとの秘密にしてくれ」
と店主が言った。
「警察に聞かれたらまずいんだ」
彼のその言葉を聞き、アランは家に帰っていった。
家に帰ったアランは、家の倉庫で昔の本を探していると一冊の本を見つけた。その本では全国を旅する青年が様々なところで様々なことをして自分がいたことを残していた。
しかし、アランはその物語には感動しなかった。それはアランが、この地がこんなにも美しく素晴らしいもので、壁の向こうにはそのような世界が待っていると思ったからだ。
次の日、アランが学校に行くと彼はこんなうわさを耳にした。
「二枚の壁の間に兵士が居て、悪い子はそこに連れられてしまう」
というものだった。
その噂はたった一日で学校中に回り、アランやツァヴィーカも知っている。
その日はうわさが回るだけで何も起こらなかった。
帰りの時間にカーンカーンと言う音が鳴り、
「校内で人命にかかわるうわさが流れていますがこれは全て嘘でありそのような事実は確認されていません。繰り返します…」
こんな放送が流れたが何の意味もなく、次の日登校した生徒たちの論争が白熱するだけであった。
「この放送が流れてわざわざ嘘っていうことは何か隠そうとしているんだ」
「いいや、僕たちを安心させるためにしっかり嘘を嘘って言ってるだけだ」
「俺のマンションは壁から近いけど、壁は二枚あってそこに兵士が居た」
「そうだ、これは事実に違いない」
「クラスで突然いなくなった人はいないだろう。だからこんなうわさは、しょせんただのうわさだ」
授業が終わり、休み時間になるたびにこんな議論が行われていた。
そんな中、ツァヴィーカがこう言う。
「アラン、あの壁を一緒に越えよう。壁の向こうには素晴らしい世界が待ってるはずだから」
「うん、もちろんさ。ツァヴィーカ」
「じゃあ、約束してくれる」
「約束するさ。絶対に一緒に壁を越えよう」
その会話が終わるころにはチャイムが鳴っていた。
その日の授業が終わり、アランとツァヴィーカは家で支度をして、壁の前に集まった。
「今からこのロープを使って壁を上り、二つ目の壁も超えるんだ」
アランがそう言う。
そして二人はその計画通りに壁にロープをかけた。一つ目の壁を越えると、兵士につかまらないようにその時に出せる全力で壁と壁の間を走り抜け二つ目の壁にロープをかけた。
ツァヴィーカが二つ目の壁を登り切ったとき、アランは兵士に足をつかまれ、落ちてしまった。
「ツァヴィーカ、僕にかまわず先に行け。早く、行くんだ」
アランがそう言うと、ツァヴィーカは覚悟を決め、壁の向こう側に降りた。
「おい、小僧。何をしてるんだ。壁の先は危険だから渡るんじゃない」
一人の兵士がそう言った。そしてアランは、部屋に連れてこられることになる。
「どうしてこんなことしたんだ」
一人の兵士が聞く。アランは、
「壁の向こうにはきれいな世界が広がっていると信じている」
と言った。しかし兵士は、
「そんなことがあるわけないだろ。北の宣伝に騙されるんじゃない」
とアランの心を突き刺すように言った。しかし、
「お前はまだ小学生だ。大人ならとっくに始末していたとこだがそうはいかない。施設でしっかり反省しておくんだな」
と兵士は言った。
その後アランは数日間、更生施設に行き国に関する教育をされたのち家に帰されることとなる。
「もう二度とこんなことするんじゃないよ」
「死ななかっただけまだましと思った方がいい」
アランは兵士たちにそう声をかけられた。
だが、アランはそんなことも気にならないくらい衝撃的なものを目にしていた。
それはツァヴィーカの家族が処刑されている様子だ。
ほんの少しの間、アランは何も考えられなくなっていたが、
「おい小僧、こうならなかっただけましだと思えよ」
兵士の一言でアランの意識は一気に引き戻され、この国の異常さを知りそれと同時にこの国から逃げ、自由と言う名の星を手に入れることを決意した。