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海の終わり  作者: りいち
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昔の自分

「あの子、優しかった?」


帰りに寄ったスーパーマーケットで夕飯を選びながらそう聞くと、英吉は笑顔でうん、と答えた。

俺はふぅん、とわざと素っ気なく返し、からあげパックを買い物かごに入れた。


「お姉ちゃん、ぎゅーってしてくれた!お母さんみたいにしてくれた!」


「……ふーん。良かったな……」


いいよな子供って……。いや、別に深い意味はないけど。





昼間集まってた、廃工場を出たあと、ナンパをしに行くと言い出した真二達の誘いに気分が乗らず、なんとなく家へ帰ったらいきなり電話がかかってきて驚いた。


電話の相手が交番、と言うのを聞いて、またか……と一瞬身構えたけど、どうやら今回は俺の素行のことではなく、弟のことだった。


英吉が迷子になったのを交番に連れて来てくれた人がいるからすぐに迎えに来てくれとのことだった。

一般人に説明するときの警官の口調は柔らかいんだな、としみじみ思う。

そりゃ高校生の暴力沙汰の時とは声のトーンも違うだろう。



溜め息を吐きながら家を出た。

だいたい、英吉はあの女と家を開けたはずだった。それが今は一人で迷子になっている。

あの女のことだ。どうせ買い物か電話か何かに夢中で目を離したのだろう。つくづく母親に向いてない。

なんて、内心ムカつきながら交番に行った。

だけどそのムカつきは、英吉を抱いたあの子を見た瞬間に吹き飛んだ。



電車のあの子が、俺の弟を抱いている。

その異様な光景に思わず思考が止まった。近くで見ると、平行についた二重の幅が印象的だった。







「愛地ー、お母さん帰ってくるかなぁ」


レジに並んでいると、ふいに英吉が呟いた。

後ろに並んでいる親子連れが視界に入ったのだろう。寂しそうに、俺の服の裾を掴んでいる。

俺は英吉の頭をぽんと叩き、笑った。


「あとで電話してみるよ」


「うん……」


しかしその日、家に帰ると玄関には靴が並んであった。それを見た英吉の表情がパッと明るくなる。間違いない、あの女の靴だ。

嬉しそうに玄関を上がっていく英吉を尻目に、もう一足、普段あるはずのない男の靴に気が付く。


「……のババァ」


また男を連れ込んでやがる。



おかあさーん!と英吉の声が居間から響いた。


続いて俺も居間に入る。

女と知らない男がふたり一緒に俺を見上げた。



「てめぇ……」


目の前の男を俺は知っている。

何年ぶりかの怒りがカッと沸いてきた。

男は俺を見て数秒後、あぁ、と何かを思い出したかのように声を漏らす。息子の顔も、忘れていたのだ。


「愛地か。でかくなったな」


「なに人ん家で寛いでんだ」


「ははは……厳しいこと言うな」


力なく笑う男に、咎めるような瞳で俺を見てくる女。

持っていた買い物袋をぎゅっと握り直して冷静さを保った。

6年前、俺と母親を捨てた男が、今更何をしにきたというんだ。


しかし、目の前の男の変わり果てた姿に驚いたのも真実だった。

こんなに、弱々しい印象を持つ男だったろうか。

あの頃はもう少し大きく見えたが、無精髭にくたびれたスーツの男を見ると、老いとはまた違った惨めさが漂っている。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。十和子、さっきの話考えといてくれ。またな、英吉くん」


「うん、ばいばい!」


重い腰を上げて男は立ち上がる。突っ立ったままの俺に生気のない笑顔を見せ、そのまま横を通りすぎて行った。

すかさずその後を追いかける母親。


玄関先でふたりが何かを話している。

英吉はテレビをつけ、夕方のアニメを見始めた。


「どうしたの?」


異変に気が付いたのか、心配そうに俺の顔を下から覗き込む英吉。子供は敏感だ。


「……」


やがて元旦那を見送った母親が居間に戻ってきた。


俺を見て非難の言葉と共に軽蔑の視線を投げてくる。


「あんな言い方しなくてもいいでしょ。あんたのお父さんなのよ」


「息子を捨てて他の女と暮らす男を父親とは言わねえだろ」


「あんたねぇ……!」


「わかんねぇな、英吉ひとり放って元旦那を家に連れ込む神経が。英吉は交番に保護されてたっていうのによ。てめぇの息子だろ」


「え……本当なの?」


戸惑いを見せながら母親は英吉を見る。

申し訳なさそうな表情をした英吉が小さく頷いた。


「そう、ごめんね英吉」


母親に頭を撫でられた英吉は嬉しそうに抱き付いた。

その場しのぎで優しくすれば、それで全てが許されると考えているこの女が俺は嫌いだ。


子供を愛しているようで、この女が一番愛しているのは自分だ。

そしていつだって、子供よりもその場しのぎにしかならない男との時間をとってきた。

英吉はまだ子供だからこの女の狡さが分からない。昔の俺が、そうだったように。


「いつまでもそれで、誤魔化せると思うなよ」


「英吉、向こうの部屋で遊んでおいで」


そう言われた英吉は、素直に従いテレビを消して居間を出ていった。

居間には俺と母親が残される。

しんと静まり返った空間で、母親は俯いたまま言った。


「……あの子は、あんたとは違うわ」


相変わらず俺の目は見ない。


「何であの男と会ってたんだ。まさか再婚でもするのか」


「違う。あの人とはもう、そういうのじゃないから。子供には関係のない話よ」


母親はめんどくさそうに言う。うま


「……仕事の時間だわ。今日夜勤なの」


隣の部屋でひとり遊んでいる英吉に声をかけ、母親は出て行った。



母親が出て行ったあと、隣の部屋から英吉が顔を覗かせる。

上目使いに俺を見て、言った。


「お母さんのこと、怒らないで」


「……」


「お母さんと仲良くしなきゃだめだよ」


「……怒ってないよ。ごめんな」



スーパーの惣菜をレンジで温め、皿に移し変えた。

炊いておいた白米をよそい、箸と飲み物を用意する。


「晩飯。お腹好いたら食え」


「愛地は?」


「俺は今からバイト。帰るの遅いから、早く寝ろよ」


「うん……」




英吉を独りで留守番させる時、毎回自分を思い出す。

これは、誰もが通る道なんだと、自分に言い聞かす。


俺は当然、英吉の父親ではない。俺たちはたまたま同じ女の腹から出てきただけだ。






昔の自分

(似てるようで、どこか違う)




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