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9話 Recommend:推薦します

31日はみんなで年越しをすることになった。


かさねが部屋からこたつを持ってきて、

もうひとつの共有スペースである広い座敷に設置する。


座敷にはエアコンがないので、

心愛と由美子が部屋からファンヒーターを持ってきた。


「これで足りますかね?」


「うーん。ココ寒いからねー。

ソフィアちゃんは、ヒーター持ってる?」


「はい。ありますけど、それが何ですか?」


ソーニャは由美子を横目で見ると、

炎上しそうな女優みたく髪を後ろに流した。



多分悪気はないのだろうが、非常に攻撃的な態度にみえる。


おいおい、先輩にその態度はまずいって。


「よよっ・・・よよよYO」


慌てた心愛はラップが始まる前のウォーミングアップを奏でながら、

金ちゃん走りで2人の間に割り込んだ。


「ゆ、由美ちゃん先輩・・わ、私も一緒に取ってきます」

「え、ちょっと、心愛」


「よろしくねー」

「へい」


愛想笑いを貼り付けた心愛は由美子にヘコヘコしながら、

ソーニャを引っ張って部屋に向かった。


心愛は内心ため息をついた。


『いざこざ発生装置』ともいえる心愛が言える立場ではないが、

ソーニャの態度は率直すぎるがゆえに軋轢を生みやすい。


それに、何だか彼女はそれを望んでいるようにも感じる。


あんまり目を放さない方が良いかもしれないなこりゃ。


悩みながら歩いていると、

厚めの座布団を4枚抱えたかさねとすれ違った。


「美術部。どこ行くんだ」

「そ、ソーニャの部屋から・・・ひ、ヒーターを取ってくるんです」


「そうか。あそこやっぱ寒いから、上着も持って来いよ」

「は、はい」


部屋からヒーターを引っ張り出すことに成功した心愛と

ソーニャが座敷に戻ると、4人で買い出しに出かけることになる。


15分歩いたところにスーパーがあるそうだ。


ソーニャが先頭で、その後ろにドリンクなど重いものをのせるために、

かさねが自前の自転車を押して続く。


後ろで由美子と心愛がならんで歩いた。


「何か欲しいものあるー?」

メモとペンを持った由美子が訊く。


かさねが振り返る。

「自分は、年越しそばが食べたいっす」


「お。いいねぇー。ソフィアちゃんは?」

「私はコーラとピザが好きです」


「い、意外とジャンクフード、す・・・好きなんだ」


心愛が呟くと、ソーニャが振り返った。

寒さのせいか少し頬が赤い。


「変?」

「へ、へん・・・じゃないけど」


「いいわよー。コーラとピザも採用ねー。

あと適当にお菓子も買うから、心愛ちゃんよろしくねぇ」


語尾にハートがついていそうな声を出して由美子が言ったとき、

ずいぶん年季の入ったスーパーに辿り着いた。


煌々と蛍光灯を輝かせるスーパーは、31日の夕方を

置き去りにするかのように、くっきりとした存在感を示している。


3人を追って店内に入るとき、

心愛は自分のこころがオドっていることに気付く。


何のお菓子を買おうかな。


みんなの好みを訊いた方がいいかな。


年越しのおそば楽しみ。ピザも楽しみだなぁ。


「でへへ。でゅふふふふ・・・」

「なんだおまえ。気持ちわりぃな」


心愛があまりに気持ち悪い笑みを浮かべていたのだろう、

近付いてきたかさねに尻を叩かれた。


買い物は一旦、そばの材料を集める由美子とかさねチームと、

お菓子やピザを集めるソーニャと心愛チームに別れることになった。


「でゅふふふ、ふふふふ」


かさねに尻を叩かれてなお、

心愛はニヤニヤするのを止められなかった。


もうずっとかさねに叩いてもらっていないと、

心愛は人に戻れないのかもしれない。


カートを押していたソーニャが笑い続ける不審者へ振り向く。


「何を、笑ってるの?」


ソーニャはカートを端にずらすと、つかつかとこちらにやってきた。

ぐいっと白銀の美少女が鼻が触れるほど顔を近付けてくる。


「わ・・・」

「何か、面白いことがあるの?」


「い、いやぁ・・・ななな、なんでもない、よ」

「嘘」


顔を逸らしたら、無理矢理両手で挟まれて元に戻された。

ああ、美少女の手に顔を挟まれるなんて、ちょっと幸せかも。


幸せ絶頂にいる心愛から手を離すと、ソーニャが口を尖らせた。

何だか不満なご様子だ。


「最近おかしいの」

「お・・・おかしいって、ななな、何が?」


おかしいのはまぎれもなくココにいる心愛のことであろう。

それは否定のしようもない。


しかし、ソーニャは黙ったままなにも言わなかった。


「・・・あ、あの。ソーニャ?」


ソーニャと顔を突き合わせたまま突っ立っていると、

ちょっとだけ周りにどう見られるかが気になった。


おろおろしてしまう。


これって、ちょっとおかしな状況だよ。

誰かになんか言われないかな。


「私、他人なんてどうでもいいの。


だって、流行がなんだとか、

あの子があの子のことをどう思っているかとか、


あの子は調子に乗ってるとか、気に入らないとか、

裏切ったとか、見た目がキレイだとか、ブサイクだとか、


そんなどうでもいいことばっかりなんだもの」


ソーニャの台詞を聞いて、心愛は視線を戻した。


目が醒めるようなブルーの瞳がこちらを見返してきて、

心臓が鷲掴みにされる。


「私は、わたしらしく生きたいから。

だれの真似もしたくないし、気にしたくもない」


まるで自分にいいきかせるような言葉。

ソーニャの過去に一体なにがあったのだろう。


「・・・う、うん」


心愛は目をそらさない。まばたきすらしない。

したら絶対にダメだと本能が告げていたからだ。


「それなのに、心愛だけはダメなんだ」

「え・・・わ、私?」


ソーニャが頷く。

涙が出ていないだけで、彼女は泣いているように見えた。


「誰に変って思われても、調子に乗ってるって思われても構わない。

だけど、心愛にだけはイヤ。


心愛にだけは、変って思われたくない」


「そ・・・そ、そうなん、だ」


「うん。そうなの。こんなの初めてなんだ」


ソーニャが心愛の手を握ってくる。

その手は心愛より大きいけど、細くて頼りなげだ。


彼女の背景を何も想像できないまま、心愛は握り返す。


「心愛は私にとって特別。

心愛は・・・私のこと、どう思ってるの?」


言ったソーニャがまた少し近付いた。


もうすぐキスをしてしまいそうな距離まで。

心愛は動揺しつつ、ゴッホを思い浮かべた。


そう。

心愛の思考の先端には、いつもゴッホがくっついている。


そして心愛は、「ソーニャはとっても綺麗で、憧れちゃうな」と

言おうとして、「私はゴッホの絵に憧れている」と全く回答に

ならない台詞を口走った。


はぁ?


「私はゴッホの絵に憧れている」って、確かにそうだけど、

ソーニャ関係ないじゃん。


バカなの、私は。

本当にバカなのかぁ。


後悔がドトウのごとく心愛に牙をむいたとき、

「ぶふぉおおっ」とソーニャが吹き出した。


ちょっと唇が触れたと思った瞬間、ソーニャの口内から発射された

大量のツバが心愛の顔にふりかかった。


「おうおうおう」


ツバのふりかけられたオットセイと化した心愛は、

家主に見つかった泥棒のようにつま先立ちで後退った。


なんと滑稽なことだろうか。


「あははははははははははぁっ!

ほんっとに・・・ほんとうに、心愛はぁ・・・うひひひ!」


目の前にいたのは、腹を抱えて笑うソーニャだった。

髪を振り乱して、目に涙を浮かべて、彼女が笑っている。


「びゃはははっはあっうきゃきゃきゃきゃっ!!」


まるでお猿の奇声のように、ソーニャは笑い続けた。


呆気に取られていた心愛だったが、

つられて面白くなってしまう。


「うへ・・・へへっへっへ・・・うへへっへっ」


腹を抱えて笑う超絶美少女と、

不気味に笑うオットセイの共演である。


しばらく地獄絵図は続いたが、そこに声がかかった。


「なにやってるんだ。おまえら・・・」

「なになにー? これどういうじょーきょー?」


呆れた様子でこちらを見つめるかさねと、

面白そうなところに出くわしたと喜ぶ由美子によって、

閉演は告げられた。

ありがとうございました。

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