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7話 Springtime of life:アオハル

鍋は本当に美味しかった。


ソーニャがかさねと由美子に、心愛のことを次期部長だとか、

ゴッホの生まれ変わりだとか吹聴した(原因は心愛だが)

以外はいたって平和だったし。


それから4人でお風呂にはいって、

寝るときは部屋の床に布団をしいて、ソーニャと隣同士で眠った。


全部が夢みたいで、夢なら醒めて欲しくなくて、

心愛はなかなか寝付けなかった。


眠りが浅かったらしく、かなり早くに目が覚めた。


ソーニャはクゥクゥ眠っていて、しばらく起きそうにない。


起こさないようゆっくりと布団をはがして、

着替えをすませた。


心愛は普段の休日でも制服でいることが多い。

小さな頃から、あんまりオシャレには興味がないのだ。


寮には学校指定のジャージを着ていたり、

制服を崩して着ていたりする生徒もいるから、

心愛が悪目立ちすることはないので、ひじょーに助かる。


夜の冷たさを残した廊下へ出る。


本当なら朝練の生徒がちらほら姿を見せている時間ではあるが、

今はだれもいない。


しんとした木目の床をスリッパがパタパタ音を立てないよう、

つま先に力を入れて歩く。


陽明高校の寮は歴史ある建物らしく、

床だけではなく壁面も全部木造である。


あまり注目して見たことはなかったが、

所々についたシミや、天井に不規則にぶら下がっている裸電球など、

なかなか趣を感じるものがある。


共有スペースに行くと、由美子がもうすでに起きていて、

ご飯を炊いて味噌汁と卵焼きを作っていた。


いい匂いを嗅いだ瞬間、お腹が鳴った。


夜あんなに食べたのに、もうお腹が空くなんて不思議だなぁ。


「おはようございます」

「おはよー。心愛ちゃん早いのねー」


「い、いえいえいえ、先輩の方が」


由美子はばっちり決めた制服にエプロン姿。

それなのに後ろ姿がお母さんみたいだった。


「そうだねー」


由美子がおたまを鍋の端にひっかけて、

ちょっとだけアゴを上に向けた。


「・・・ずっと、このくらいに起きる生活だったからねー」

「そ、そうなんですね」


きまずくなって心愛は話を変えることにした。


「せ、先輩も、せせせ、制服着ているんですね」


「うんっ。お揃いだねー」

「は、はい・・・ててて、手伝います」


「ありがとー。お皿とお茶碗出してくれる?

あと汁椀も人数分」


テーブルに人数分の箸を並べていると、

かさねが起き出してきた。


「あっ! お、おはよう、ごじゃります」

「おう。美術部か。おまえも部活行くのか」


かさねは昨日ソーニャがしゃべってからというもの、

心愛のことを『美術部』と呼ぶようになった。


『美術部次期部長』でなくてホントによかった。


「い、いえ・・・私は今日は・・・」

「根性無しが」

「・・・」


熱血すぎるかさねは朝ごはんを食べると、

茶碗を洗ってさっさと学校に行ってしまった。


その後、心愛と由美子は並んでゆっくりご飯を食べた。

まだ窓の外は真っ暗だ。


「心愛ちゃん。エプロン似合ってるー」

「そ、そうですか?」


心愛は由美子に借りたエプロンを見下ろした。


ピンク色だが媚びていないデザインのエプロンは、

確かに心愛が着てもおかしくない感じはする。


「それ、あげるね」

「えっ?! そ、そんな、悪いですよっ」


「私は今着てるのがあるし。お古で悪いんだけど」


少し申し訳なさそうにする由美子を見て、

心愛はありがたく頂戴することに決めた。


お返しは何がいいだろう。饅頭くらいしか思いつかない。


「心愛ちゃん制服もすごく似合ってるよねー。

とっても可愛いー」


心愛は顔が熱くなった。


「せ、先輩の方が、本当に、似合ってもす」


「ありがとう。この制服可愛いよねー。

もうすぐ卒業だから、なんだか勿体なくて着ちゃった」


由美子が舌を出して笑った。

おうおう。世の男子どもがほっとかないだろうこれは。


「あ、あの」

「なに?」


「す、すごいですね。

ゆ、由美ちゃん先輩。何でも、つ・・・つくれるから」


「お料理のこと? 心愛ちゃんもできるよぅ」


由美子の申し出により、

心愛は年末年始の間、料理を教わることになった。


食事を済ませて茶碗を洗うと、さっそくレクチャーは始まった。


「じゃあ、まずはおむすびからねー。

ラップを使ったら簡単だから」


由美子の提案で、心愛は昼にかさねが食べるための

おむすびを作ることになった。


責任重大である。

ちなみに、音楽室まで持っていくのは誰がするのだろうか。


「あの子、放っておいたらご飯食べないで練習するから」


「そ、そうなん、ですか」

「そうなのよー」


「か、かさね・・・先輩は、普段どのくらい練習をするんですか?」


「そうだねー。

平日は最低でも5時間、休日は10時間してるかもー」


ひえ。

さすがケンシロウの異名を持つ女。


「あちちち」

「熱かった? ちょっと冷ましてからでもいいかなー」

「は、はい」


「す、すみません。由美ちゃん先輩。

いろいろ教えてもらって。

先輩は・・・そ、その、い、忙しくないんですか?」


「受験のこと?」


いかん。

センシティブな質問をしてしまった。


「もう進路は決まったから。推薦。

保育士さんになりたくて、短大に行くんだ」


「え。T大は・・・」

「行かない行かない。うふふ」


「ち、ちなみに、が、楽器は。このあとは・・・」


ちょっと待て。

もっとセンシティブな質問になった気がする。


心愛の問いに、由美子は遠い目をした。


「んーあんまり考えてないかなー。

大学にも同好会はあるみたいだけどねー。


心愛ちゃんは、進路とか考えたりするの?」


進路。

ただ毎日生きるのに一生懸命で、考えたこともなかった。


心愛は牧師の家に生まれたゴッホを思った。

「私はゴッホになります」

ゴッホを思うあまりゴッホになろうとしてしまう

頭のおかしい女子となった心愛を由美子は笑わなかった。


「そっか。

それはいい目標だね」


由美子が少し悲しそうに笑った。

今、彼女は何を考えているのだろう。


訊こうとして心愛はやめた。

ありがとうございました。

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