4話 That's true:そうだね
心愛は立ち上がるとまず、
白銀美少女に美術部で一番綺麗な椅子を差し出した。
この椅子は先生が使う椅子で、絵の具で汚れておらず、
なぜかリクライニング機能までついている優れモノだ。
これなら白銀美少女がどこかの国のお姫様であっても、
少しの無礼で済ませてもらえるかもしれない。
恐る恐る対面に座らせてもらう。
これでいいだろうか。
いや、床に正座した方がいいかもしれないと
真剣に悩み始めた心愛に向かって彼女が言った。
「突然お邪魔してごめんなさい。
さっき山田先生から、居残り組の子がここにいるって聞いたから」
白銀美少女は日本語が堪能である。
見た目は海外の人なのに、普通に日本人みたい。
「1年の松原坂 ソフィア(まつばらざか そふぃあ)。
敬語はいらないよね。同じ1年だし」
むむ。なぜ自分が1年生だとバレたのだろうか。
そう思っていると、松原坂 ソフィアと名乗る
白銀美少女(怪物)が、心愛の襟を指さした。
ライオンを前にした小鹿のように震えながら自分の襟を見ると、
ようやく心愛は(怪物)の言っていることをようやく理解した。
赤は1年生。黄色は2年生。緑は3年生といった具合で、
陽明高校はスカーフの色で、学年が分かるようになっている。
まるで信号機みたいだが、ちょっと深い色になっているので、
制服にはよく合うし、心愛は気に入っている。
「あ、えっと。
お、おおおぉぉおんなぁじ・・・・・1年なんだ」
心愛は緊張のあまり、
オペラ歌手が発声練習をしているような声が出た。
「・・・」
「・・・」
まぁいいだろう。とりあえず声は出せたのだ。
この怪物を前にして話すことができるとは、
自分も少しは成長したのではないか。
「会うのは初めてね。
あなたも居残り組なんだよね?」
「そ、そそそ、そうです」
「敬語はいらないから」
「は、ははははいぃっ」
心菜は自らの成長を実感しつつも、
怪物と学年が一緒であるという奇跡を賜ったせいで、
神から10年の巡礼を課されるかもしれないという恐怖に震えはじめた。
名前を訊かれたので、心愛は恭しく名乗ることにする。
「ここで何をしてたの?」
「あっ・・・あっ」
まるで某アニメの黒くてへにょへにょしたキャラと同じ声を上げると、
自分は美術部で、少し絵を描こうとしていたと説明した。
「ふーん。こんな時期でも描くんだ。
なにかの賞を取るのが目標とか?」
心愛は生涯で一枚の絵しか売ることのできなかったゴッホを思い浮かべた。
そして
「コンクールで賞を取るのは美術部最大の目標ですが、
私にそんなことができる自信はありません」と伝えようとしたところ、
「賞をとって世間に認められる気はありません。
ゴッホもそうでした」と、死後数十億で取引される絵を描いた
ゴッホみたいに、今は世間に認められずとも、
将来は偉い画家になるのだ、みたいな発言になってしまった。
「そ・・・そうなんだ」
目の前の怪物は、口をあんぐり開けて目を見開いている。
いかな怪物といえ、心愛のビックマウスには大層驚いたようだ。
なんて恐れ多いことを口走ったのだ、私は。
しかし、彼女は心愛を真っ直ぐに見ると「すごいじゃん」と言った。
「あなたみたいにストイックな人、初めて見たかも」
「そ、そそそそうかな・・・?」
「この折れた筆は、どうしたの?」
「自分でやりました」
「その眼帯はどうしたの?」
「自分でやりました」
「・・・」
「・・・」
ちょっ。筆はともかく、眼帯も自分でやりましたって、
本当に頭おかしい子みたいではないか。
頭を抱えて叫び出したくなった時、
何を勘違いしたのか、怪物が目の前で輝かしい笑みを浮かべた。
「心愛って、いろいろとすごい人だったんだ」
確かに彼女の言う通り、心愛はもう少しで不登校になりそうなほど、
いろいろとすごい問題を抱えている。
そこで「じきに部長が解決してくれます」と祈りにも似た言葉を
口にしようとしたところ、「次期部長ですから」と
自信満々なエース部員のような台詞を口にしてしまう。
バカバカっ。私のバカ。
「そうなんだっ。すごい」
ぐっと手を握られる。うおお。やわらけぇ。
「あっ・・・こ、心愛って、し、下の名前」
「私のことはソーニャって呼んでよ。
大好きで尊敬する人には、そう呼んでもらうことにしてる」
「ええ? えええ?」
大好きってナニ? 尊敬ってナニ?
それに初対面で下の名前を呼び合うのは、
永続ぼっちを約束されてきた心愛には刺激が強すぎる。
「そ、そそそ・・・」
「そそそ?」
ソーニャが頬を寄せてくる。
ちょっと、その超絶可愛い顔を近づけないでくれ。
「そそそ・・・」
「そそそ?」
「ソーニャっぁぁぁあああああ! うぎゃあっ」
身体中に汗をかきながら、心愛は叫んだ。
長期休みの宿題を全て終わらせたあとのような清涼感が残る。
もう死んでもいいかも。
「うん。OKっ。
私お昼まだなんだけど、心愛ちゃんも一緒に食べようよ」
ソーニャは満面の笑みで立ち上がり、心愛の手を引いてくれた。
ありがとうございました。
楽しい話が書けたらいいなと思っています。