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3話 Idioms :2つ以上の

今年の年末年始のお休みはちょっと長い。

28日が土曜日だったので、年明けの5日まで9日間もあるのだ。

その間、学校や寮からはほとんど人がいなくなる。


他人の存在がないことは心愛に一時の安らぎを与えるだろうが、

あまりにも人が少ないと逆に不安になるのが人のサガというものだ。


休みに入り、寮生はおろか、寮母さんすら消えた建物からは、

なんかお化けが出そうな雰囲気があった。


心愛はちょっと怖くなったので寮を出て学校に赴き、

年末当番だという若い教師に、

ちょっと校内で過ごさせてもらえないか頼むことにした。


「まぁ、居残り組は、寮でじっとしていも退屈だからって、

学校に来ることは結構ある」


山田と名乗った教師は、心愛を優しく受け入れてくれた。


普通の学校ではこういうことは許されないのかもしれないが、

山田はその辺緩いらしく、心愛を職員室まで招き入れると、

温かいココアをごちそうしてくれた。


「中井 心愛ここあだけにな」


山田があまりさむいことを言うので、

心愛は学校の景色が一瞬まっしろに染まったと見間違えた。


しかし『さむい山田』は親切にも、心愛が学校で過ごしやすいよう、

休みの間図書館と美術室を開放してくれると言った。


「エアコンのブレーカーも上げといてやる。

じゃ、俺は駅伝見るから」


『さむいが優しい山田』のいる職員室から出ると、

心愛は図書館へ向かった。


誰もいない暗い廊下は寒々として、何だか氷の中を歩いているみたいだ。

ペタペタと自分の足音が廊下の奥まで響いていくのが聞こえる。


窓の外を見ると、普段はぎゅうぎゅう詰めになっている広い駐車場に、

ぽつんと一台だけ軽自動車がとまっているのが見えた。

きっと山田のものだろう。


本当に学校から人がいなくなっているのだと心愛は思った。

世界に自分だけが取り残されたような気分になる。


図書室に入ると、心愛はエアコンと明かりをつけた。

乾いた本の表紙に触れながら、本棚と本棚の間を蛇行して進む。


「うへへ。ひとりじめ~」


いつも道の端から端へ渡り歩いてきた『孤独な旅人』心愛は、

ひとたび誰もいない空間に放たれると、

『少しだけ自由に歩ける孤独な旅人』へとクラスチェンジする。


やがて図書館の奥まった場所に、

ちょうど外から死角になっている場所を見つけた。


「ほうほう、ここに財宝ですか」

ちょっと得意になって呟く。


陰キャの悲しい性か、こういう場所を見つけるのが、

小さな頃から得意なのだ。


午前中は音の消えた図書室で、

窓ガラスに張り付いた氷のような染みを、ずっと見つめ続けていた。


お腹が空いたので自販機で『バナナミルクセーキ♡ バナナ感2倍‼』

を1本買った。500mlでありながら、価格は160円。


これでもかというほど甘く、ねばっこい飲み心地を気にしなければ、

一食分に相当するカロリーを秘めている。


飲み物なので人の邪魔にならない所であれば、

どんな場所でも食事することができる。


これぞぼっちの最終兵器といえよう。


「あ・・・そっか」


今は人がいないのだから、そんなもの買わなくても、

どこでも座ってゆっくり食事を摂れたのではないか。


心愛は買ってから自分の愚かさ気付く。


どうやら心愛には、『ぼっち根性』という、何の誇りにもならない

負の産物が完全に沁みついているようである。


「・・・はぁ、もうヤダ」


身の内に収まりきらない『ぼっち根性』が、

黒いオーラを発生させ、心愛の周囲1メートルを染めていく。


どんよりした黒いオーラを身にまとったまま、

心愛の足はペタペタと美術室に向かった。


美術室はいつもテレピンの匂いが充満している。

心愛はちょっとだけこの匂いが好きだ。


「ああ~。心愛よぉ~。

ここに来てどうしようというのかぁ~」


心愛は愛用の席(絵の具が背もたれに塗りたくられた一番古い椅子)

に腰かけると、ヒロインを遠くから見つめる噛ませ犬を演じた。


そうこうしているうち。


「・・・むぅ・・・むむむむうっううううっ」


心愛は急にお腹が痛くなってトイレに駆け込んだ。

きっと寒いところで冷たい物を飲んだからだろう。


氷のように冷たいトイレに座り込んで、

負け犬みたいに頭を抱える。


本当なら今頃、お母さんの温かいご飯を食べている頃だろう。

最近描いた絵を見せて、お父さんが褒めてくれていたかもしれない。


お腹が落ち着き、美術室に戻ると虚無感におそわれた。

私はいったい何をしているのだろうか。


目が勝手に、からりと乾燥した年末の寒空を映した。

眼帯のせいか、空は白くて狭かった。


心愛は気が付くと、画材道具を準備しはじめていた。


絵の具をパレットに垂らし、

ガムテープをぐるぐる巻いて応急処置を施した筆を取る。


絵を描くとき、心愛はほとんど指に力を入れない。

だから今もそうしようとしている。


でも、できなかった。

手の中でバキバキと割り箸が折れるような音がする。


お母さんに買ってもらった筆は、心愛自らの手によって、

再度真っ二つに折れてしまったのだ。


「あれ・・・?」


心愛は驚愕に目を見開いて、筆を見た。

バキバキになった筆は、もう二度と使えないだろう。


「え?・・・っえ?・・・ええ?」


心愛は壊れたブリキのおもちゃみたいに、筆と寒空を交互に見た。

何度見返しても、事実は変わらなかった。


その時、バンッと強烈な音を立てて美術室のドアが開いた。


あまりにも凄まじい音だったので、

心愛は心底ビックリして椅子から転げ落ちた。


「ぎゃあ」


何が起こったのか心愛は自分でもわからないので、

ありのままを話そうと思う。


まず、誰もいないはずの校舎で、力を入れすぎて筆が折れた。


次に美術室のドアが開いた。

ドアは勢いよく反対側にぶつかって、反動で戻ってきた。


それをバシッと掴んだ白い手を見えた瞬間、

心愛の尻と床が衝突する。


尻にはけっこうな痛みが走ったが、

それでも美術室に侵入して来ようとする人物の顔を拝もうと、

心愛は必死の思いで顔を上げた。


片手に尻、片手に折れた筆、顔は引き攣っているといった状況だ。


入って来た人物は、陽明高校の冬服を着た女子であった。

だが、普通の女子ではない。


乾燥した空気をものともせず、その髪はしっとりと光を反射していた。

色は目も眩むほどのプラチナブロンド。

絵の具でも、これほど目映い色を表現するのは難しいかもしれない。


揃った前髪の下には、人知を超えた美しい顏があった。

尖った顎と鼻先。柔らかそうな唇。

ぱっちりと二重なのに、斬れるように細くなった目尻。

すべてが女子の理想を体現したような姿だった。


造形は言うまでもない、が、彼女はとにかく白かった。

髪も肌も、何もかもが全体的に白い。うほー。眩しい。


リア充を象徴する短いスカートを揺らして、彼女がやってくる。

近付いてきた顔立ちが、何か海外の人っぽいなと思って、

心愛は思わず「エキスキューズミィ」と口走った。


「日本語で大丈夫。

生粋の日本生まれだから」


きっすいとは、なんぞ?

純国産の日本人である心愛が、海外の人っぽい女子から

発せられる日本語がわからない。これいかに。


彼女が手を伸ばしてくる。まっしろ。

綺麗に切り揃った爪が見えた。


さっきまで尻を掴んでいたテレピン臭のする手で、

彼女の手を掴んでしまった。犯罪にならないだろうか。


恐ろしい整い具合の顔がすっと笑みを浮かべる。

生じた輝きは心愛の黒いオーラをかき消すにとどまらず、

景色さえも一段階明るくした。


「Wow(うわ~おぅ)」


心愛はネイティブでもないのに、

そのときばかりは適切な発音で言った。


もしかして、マジモンの天使と出会ってしまったのか。

読んで頂いて、本当にありがとうございました。

文章を読みやすくするため、難しい漢字をカタカナにしたり、

カタカナで表現をするように工夫をしていますが、結構気に入ってます☆


次話は来週末に更新をいたします。よろしくお願いします。

また、ご意見ご感想は随時募集をしています。お気軽にお願いいたします。

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