12話 Commentary:解説
由美子とかさねは、ずっとぎこちなかった。
夕食後、終始口数少なかったかさねが早々に部屋に戻ってしまう。
「初詣。みんなで行こうって思ってたのになぁ・・・」
3人で皿を片付けているとき、由美子が呟いた。
「そ、そうですね。そう、ですね」
おろおろしている隣にソーニャが来た。
なんだか嫌な予感がして身構えてしまう。
「別に私は放っておいても良いと思う」
ああ、ソーニャはそう言うだろうなと心愛は内心頷いた。
だが、せめて由美子がいる前で言わないでほしい。
「・・・」
以前の心愛なら、ソーニャが言う通りにしたかもしれない。
自分に何ができるわけでもない。
何かしようとして、また失敗するかもしれない。
だが、由美子やソーニャに出会って、かさねの音を聞いて、
いろんなことを感じた心愛には、2人を放っておくことなど
出来ないと思った。
「わ、私は、ほ、放っておきたくない」
気が付いたら、ソーニャを真っ直ぐに見ながら言っていた。
彼女は一瞬目を尖らせたが、何も言わなかった。
翌日も、早朝からかさねは学校に行った。
何ができるかわからなかったが、
とにかく心愛も画材を準備して、音楽室に赴くことにする。
「・・・」
音楽室での2人は、交わすべき言葉を持たなかった。
不器用な心愛は、ただかさねの絵を描くしかない。
昼ご飯の時間になったとき、
心愛は朱色のチューブを手に取っていることに気付く。
あれ、なんでこの色を使おうとおもったんだっけ。
心愛は何となく、かさねの顔を見た。
彼女は頬だけでなく、額や首まで真っ赤だった。
「か、かかか、かさね先輩・・・?」
駆け寄って腕に触れた瞬間、かさねの体が下にずり落ちた。
心愛は叫びながら体を支え、同時に取り落としそうになっていた
フルートを空中でキャッチした。
「ふおおお・・・っ!」
かさねの首はぐったりして、心愛にしなだれかかってくる。
「うおおおお・・・こりゃまいった」
心愛は膝を曲げてゆっくりと座ると、
ポケットの中からスマホを取り出した。
由美子に伝えるために連絡用アプリを立ち上げる。
「あ、まちがえた」
SOSではなく、鼻毛の長いマッチョアフロが名言を述べている
スタンプを送ってしまった。
すぐに『どうしたの?』と返信がくる。
由美子に心愛の頭を心配させてしまう事態になってしまったが、
とりあえず連絡は取れた。
フルートとかさねを支えた手が限界を迎えようとしたとき、
由美子と呼ばれたのであろう山田と、ソーニャが
血相を変えて音楽室に入ってきた。
「ああ・・・助かった」
山田と由美子がかさねを病院に連れて行っている間、
ソーニャと心愛は飲み物や熱冷シートや、おかゆの材料を買いに行った。
「根を詰め過ぎたのが原因らしい。
解熱剤を飲ませたから、あとはちゃんと食べて寝るれば治るってさ」
寮までかさねと由美子を送ってくれると、山田はそう言った。
「ありがとうございました」
山田を見送ると、3人でかさねに食べさせるおかゆの下準備をした。
由美子は静かに泣いていたが、
誰もそのことについては触れなかった。
心愛とソーニャが部屋にいると、由美子がやってきた。
かさねが目を覚ましたという。
3人でおかゆを作って、部屋に持って行くことにした。
「ああ・・・迷惑かけたな美術部。
それに、松原坂も悪かった」
かさねの頬は赤らんでいるが、
倒れた当初よりはかなり顔色が良くなっていた。
「いいえ。全然気にしてないんで。
それより、熱はいいんですか」
ソーニャがため息交じりに言った。
ちょっと。
そんな言い方をしてケンシロウが目覚めたらどうするの。
心愛はそう心配したが、
「ああ。ちょっとあるけど、だいぶ下がったよ」
かさねは弱々しい笑顔を見せるだけで、怒らなかった。
「あ、あの。かさね先輩。
お、おかゆ、食べて下さいっ」
まずはかさねにおかゆを食べてもらうことになる。
「ありがとう」
心愛がお盆をテーブルに置くと、かさねはベッドから下りた。
「由美ちゃん先輩のレシピで作ったんです」
「そうか。ああ、うまい」
由美子にぺこぺこしながら食べるかさね。
結構食べるペースが早い。食欲はしっかりあるのだ。
これならすぐに良くなるかもしれないと心愛はほっとした。
食べ終わったかさねをベッドに戻してやる。
食器を片付けようとする由美子をかさねが止めた。
「松本部長に、話があるんです」
由美子は食器を掴んだ手を一瞬停止させると、
震えながら膝の上に戻した。
「私は居ない方がいいですよね」
ソーニャが立ち上がり、心愛も後に続こうとした。
「いや、2人ともいてくれ。できればだけど」
ソーニャは目を細めると、ため息を吐きながら座った。
心愛も音を立てないよう慎重に腰を下ろす。
かさねが肩を大きく上下させて深い呼吸をした。
勝ち気な目は、なぜか心愛を見ていた。
「・・・っ」
思わず両手を胸に当ててぎゅっとシャツを掴んだが、
目は逸らさなかった。すると、かさねは少し頷いたようだった。
「松本部長。
コンクールのこと、すみませんでした。
自分のせいで、全国に、行けなくて、すみませんでした」
かさねが肩を震わせながら頭を下げた。
どれだけ悩んできたのかひしひしと伝わるくらい、
彼女は真剣な様子だった。
「他のやつらの、噂も聞きました。
こうなるんだったら、松本部長が吹いた方が良かったって。
その方が、陽明の演奏が出来たんじゃないかって」
「やっぱりねー」
かさねが下げた頭の上に、由美子がため息を放り投げた。
しかしその息は決して冷たくはない。
むしろ、ひまわりのように明るくて暖かいものだ。
「かさねちゃん。今から私、本音で話すから。
心愛ちゃんも、ソフィアちゃんも、聞いててほしい」
由美子が居住まいを正して、コホンと咳ばらいをした。
「私、中学校からフルート始めた。
中学でもずっとファーストだったよ。
そして陽明に入って、1年生からまたファーストで吹いて。
勉強もね、全然両立できた。
やれば、やるだけ上手くできるんだ、私」
由美子の口調から遠慮というか、奥ゆかしさが消えている。
心愛はびっくりしてソーニャと目を見合わせた。
「全部簡単だった。正直つまらなかった。
つまんないけど、自分の人生はこんなものなんだって、
ずっと思ってた」
かさねが目を見開き、心底驚いた様子でいる。
ちょっと、びっくりしすぎて息してないんじゃないか。
「驚いたでしょー。
他の人に言ったのは初めてだよ」
由美子は人差し指を立てて軽快に言った。
「周りから見れば、私って友達100人みたいな感じらしいけど、
本音で語れる友人なんて、ホントは一人もいないんだよ」
心愛は愕然とした。
由美子のような人に友人が1人もいないなんて信じられない。
「そんな私を好きになってくれる人なんて絶対にいない。
ちょっと悲しかったけど仕方ないって思ってた。
・・・かさねちゃんに会うまでは」
由美子はかさねにひたりと視線を合わせた。
「新入生としてかさねちゃんが部室に入ってきた日のことを、
今でも覚えてるよ。
自己紹介のとき、私に憧れて陽明に来たって。
私を越えたいって、言ってくれたよね」
由美子が両手を軽く合わせて、にこっと笑みを浮かべた。
「有言実行だった。
かさねちゃんは、すごい勢いで私の背中を追いかけてくれた。
本音を言うと、私は焦った。勉強との両立も難しくなったくらい。
正直、負けたくないって思ったよ。
言葉を交わすことはなかったけど、音楽でぶつかり合えたと思う。
ああ、私は本音で語り合えてるって、思ったんだ」
かさねの涙が頬を伝って、アゴをつるりと滑ってはじけた。
「部長にぶつかる度、さらに高い壁になって跳ね返されて。
もう絶対に追いつけないかもって、思ったことが何度もありました」
由美子が一度目を伏せると、まるで大切なものを
やさしく包み込むように、両手を組み合わせた。
「・・・そっかぁ。そんな先輩になれてたんだ、私」
「なれてます。
今でも、ずっと、松本部長は自分の目標です」
横目にソーニャの目が真っ赤になっているのを見て、
心愛も泣きそうになる。
「かさねちゃんのフルートに、
私のフルートは正真正銘、本気でやって本気で負けたの。
それで私は、自分のことがやっと誇らしいと思えた。
ありがとう。かさねちゃん。陽明高校に来てくれて。
私の、後輩になってくれて、ありがとう」
かさねが声を上げて泣きだした。
心愛はもらい泣きを余儀なくされる。
「そんなかっこいいことを言って。
先輩はくやしくなかったんですか?」
おいソーニャ。この場面であなたなんてことを言うの。
しかし、由美子は腕を組むと、うんうんと頷いた。
「もちろん死ぬほど悔しかったわよー。
でも、勝ち負けじゃなくて、そういう満足の仕方もあるんだって、
気付くことができた。
だって、やりきったのよ! それで負けたの!
これは、私にとって一生の宝物。
全部かさねちゃんのおかげ」
「松本部長・・・」
「あなたが吹いた陽明が最強だった。
それは私が保証する。
誰かが文句を言うなら、私が踏み潰す。
たとえかさねちゃんであってもねー」
由美子の中でなりをひそめていた魔女が姿を現す。
こえー。
「部長なのに、無茶がすぎませんか」
「もう部長じゃないもーん」
顔をしかめたかさねに、由美子が手を差し出す。
「私を越えたあなたが部長をすれば、陽明は全国に行ける。
これは確約だよ」
「な、なんか話が変わっていないっすか?」
「そうね。
でも、これは私の最初で最後のわがままなんだからさ。
ねっ。ねー?
受け取ってよ。受け取るしかないよ、これはっ」
「・・・ああ、もうっ」
こらえきれなくなったかさねが、由美子の手を取った。
2人の間を大切な何かが伝わっていくのを感じる。
「えへへ。強引でごめんねー」
「いいっすよ。先輩が意地っ張りなのは知ってますから」
ふふっと、由美子が笑う。
ファーストは奪えても、かさねは由美子には敵わないのだ。
ありがとうございました。




